…風紀乱しちゃったね
あれから数分歩き、彼女の自宅が見えた。
記憶に残る家と少しだけ違って感じる。
「お母さん、ただいま」
「お邪魔します」
久しぶりに訪れる家に緊張する。
挨拶をして玄関を上ると、パタパタとスリッパが近づく音が聞こえる。
「おかえりなさい、真希。…あら、久しぶりね洋介くん。ほんとにまあおっきくなったわね…」
「お久しぶりです。おばさんもお元気そうで」
数年ぶりに見るおばさんはしわが増え、時の流れを感じさせる。
「また来てくれて嬉しいわ。真希も近いうちに来てくれるって、楽しみにしてたのよ」
「お母さん…!」
「あはは…」
「ほらほら、早く上がって。私も話したいところだけど、まずは若い二人でね。お菓子と飲み物は後で持っていくから」
手で階段の方へ押しやられる。
「ちょっと…」
全生徒が憧れる風紀委員長でも、母親には勝てないらしい。
階段を登り左手の部屋に行く。昔よく遊んだ彼女の部屋だ。
「えっと…ベットにでも座って」
「了解」
「…」
辺りを沈黙が支配する。
さっきまで恋人繋ぎで手を繋いでいた。そのことが頭にあるせいか、手を繋ぐ前よりか心臓がうるさい。
気まずく感じ部屋を見渡すと机の上に写真が置いてあった。
「あれは…小学校の卒業式の?」
「そう。珍しく田嶋くんが泣いていたやつ」
確かあの日は、朝に雨が振っていた。
式の最中にはもう止んでいたが、地面はどこも湿っていた。
…なんで泣いていたのかは覚えていない。ただ、どこか悲しかったんだ。
懐かしい写真を眺めて、あの頃のことを思い出す。
「あの頃からずっと好きだったの」
写真を愛しそうな表情で眺めながら、彼女はポツポツと語り出す。
「色んなところに連れてってくれて、沢山遊びにいって。すごく新鮮だった」
「連れ回して沢山怒られたな」
懐かしみながら笑みが溢れる。
「いつからかあんまり話さなくなっちゃったけど、私はずっと田島くん…ううん、洋介のことをずっと見てた」
優しさを感じる真剣な目でこちらを覗く。
「外から見る洋介は退屈そうだった」
「…」
それは君が隣にいないからだ、そう言いたかった。
「だから、もっと学校をよくしよう…そう思って風紀委員に入ったの。そうしたら、いつの間にか委員長になっちゃった」
少しだけ茶化すように言う。
真面目で凛々しい風紀委員長の本音に胸が高鳴る。
「ずっと俺のためにやってたの?」
「…うん」
「バカなの?」
「…うん」
彼女の愛らしい不器用さに、思わず強く抱きしめてしまった。
「ごめんな…」
「いいよ、こうしてまた二人になれたから。間違ってなかったんだなって…」
背中をトントンと叩かれ、その優しさに涙腺が緩む。
「…俺みたいな奴といたら真希の評判が悪くなると思って、こんな地味でよく分からないやつと。だから、離れたんだ……」
あれは、高校生になりすぐのことだった。
同学年の女子が、放課後に残っている俺をきみ悪がっていた。
なんでも、放課後に女子の机に何かしてるんじゃないかと。一時期そんな噂が広がった。
一瞬で収束したから真希の耳には入らなかったらしいが、そんな奴と一緒にいるなんて気持ち悪いと言ったやつもいた。
その言葉を聞いて、ハッとした。
それから、少しだけ距離を置くようになった。
そうしたら、風紀委員に入りその長になっていた。自分と離れより高みに登って、近寄りがたくなってしまった。
「私のためにやってたの?」
「…まあ」
「バカなの?」
「…かもな」
「ほんとバカ。でも…そんなところが好きだったんだよ」
彼女の手が重なり、目を閉じて肩にコツンと頭を預ける。
「ねぇ、洋介…少しだけ風紀を乱して良い?」
「風紀委員長なのに…?」
時計が18時をすぎ、夕焼けが窓を染める。
「…風紀委員長なのに、あなたの前だと守れないの」
髪に付けた校章ピンを外しポケットにしまい、さっきより強く頭を押し付ける。
「だから…あなたの前でだけ、一人の女の子でいさせて」
顔をあげ、じっとしばらく見つめ合う。
やがて、二人の距離はゼロになった。
———
夕焼けがすっかり落ち、部屋の灯りだけが静かに揺れていた。
風紀委員長の部屋らしく、整然とした机の上に並ぶペン立てとノート。
でも、その中でひとつだけ乱れていたのは———ベッドの上のシーツだった。
「……風紀、乱しちゃったね」
「……まぁ、たまにはいいんじゃない?」
そう言って笑うと、真希は頬を染めて枕に顔をうずめる。
髪が少し乱れていて、その子供っぽさがどうしようもなく愛しかった。
沈黙の中でカーテン越しに月明かりが差し込む。その光の中で彼女がそっと手を伸ばした。
「……洋介、シャツ出てるよ」
「え?」
少し笑いながら、彼女が俺のシャツを整える。
その手が、ほんの少しだけ震えていた。
「……ほら、これで風紀回復完了」
「……どの口が言うんだよ」
「うるさい」
言葉ではいつも通り強がっているのに、その目元は今までで一番やさしかった。
「ねぇ、洋介」
「ん?」
「明日も……また、風紀乱してくれる?」
その囁きに、思わず笑ってしまう。
窓の外では風が通り抜け、カーテンが小さく揺れた。
幼馴染が風紀委員長なのに、俺の前だけ風紀を乱してくる。
幼馴染が風紀委員長なのに、俺の前だけ風紀を乱してくる @pastry-puff
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