楓ルート 四
週も明けた頃、梅雨の到来であいにくの天気となった中。
部室では多くの部員たちがアビカに打ち込んでいた。
特に、大会を控えている選手たちの集中力は相当なものだ。入部当初と比べると、中々静かになっていた。
「……負けました」
部室に来て早々、白栞に捕まった俺は、デッキ調整に付き合わされることとなっていた。
「結翔、今度はビートダウン使ってよ! 多分同じデッキ同士のマッチアップも発生すると思うし、調整したいんだー」
大会前の調整ともなると、さすがに俺のデッキを使うわけにはいかない。というのも、俺の使っているコンボデッキは俺が0から作ったオリジナルの構築となっており、練習相手としては適していないのだ。
と言うわけで、俺は白栞からデッキを借りて対戦相手となっていた。
「お、おう。でもちょっと休ませてくれよ」
流石に、慣れないデッキを続けて回すのはいつも以上に疲労するのだ。自分で組んだデッキではないので、各カードの採用理由やプランニングを考えながら対戦する必要があり、いつも以上に頭を使う必要があった。
「久遠さん、それなら自分と一戦お願いします!」
俺が休憩に入る事を待っていたのか、部員の一人が白栞に声をかけた。
確か先輩だったはずだが、白栞に対してかなり畏まった態度を取っている。これも、実力がものを言うアビカ部の特徴ではあるのだろうが……。
「うーん……。まあ、結翔が戻ってくるまでならいっか」
あまり乗り気では無さそうな白栞だが、特に断る理由も無いためか、対戦を承諾した。となれば、俺はこの席を明け渡した方が良さそうだ。
デッキを片付け、使われていない席に移動する。
脳内で先ほどまでの対戦を振り返ってみるが、やはり白栞には到底及ばないのだと再認識させられただけだった。慣れていないデッキを使ったとはいえ、結局全敗だ。
「ふー……。きっついな」
両腕を上まで伸ばすと、背中が思っていた以上に痛んだ。
集中すると、どうにも前のめりになってしまう。数戦でこれなのだ、大きな大会に出るとなると、体力よりも腰のダメージの方が厳しいかもしれない。
「あれ。白栞とのスパーリングは終わったのか?」
横から声をかけられた。見ると、千夏がデッキケースを片手に立っていた。
「ああ。ちょっと体力がな……」
「一時間くらいしか経ってないだろ。大丈夫かよそれで……」
「うっせー。慣れないデッキ使って白栞と戦って、一時間ももてば充分だろ」
千夏のようなアビカサイボーグと一緒にされては困る。こいつは底なしの体力で、放っておくと一日中アビカができるのだ。
よもや本当にサイボーグなのではあるまいな。
「ま、白栞も結翔には期待してるんだろ」
「よせよ。俺じゃあいつの相手は務まんねーよ」
客観的に見ても、俺と白栞の実力はあまりにも差がある。ノリで白栞に勝ち越すだのと言うことはあるが、それが現実的ではないのは俺自身が一番よく分かっていた。
だと言うのに、あいつは俺に対して過度な期待を寄せている。まるでいずれ自分に並ぶのだと信じて疑っていないのだ。
そして、もう一人の幼馴染も。
「まあ、ちゃんと練習してけば来年にはいい線いってるんじゃねーの? 頑張って追いついて、白栞を満足させてくれよ」
そう言うと、練習を再開しに席に戻って行った。
千夏も、白栞ほどでは無いが俺への期待が見て取れる。練習すれば、もっとショップバトルに出ればと言われて早数年。
確かに、それだけ打ち込めば今よりは間違いなく強くなるだろう。裏を返せば、今はその程度しかアビカに触れていないのだ。
アビカは好きだし、遊んでいて楽しい。強くなれるならそれに越したことはないし、夢に見てしまう程度にはアビカで勝ちたいと思っている。
だが、それはあくまで思っているだけだ。本気で日本チャンピオンを目指して行動しているわけじゃない。
勝つためにアビカをするのは、想像以上に苦しい。それは経験からとうに分かっていた。
かつて白栞に惨敗した後、俺だってすぐにそれを受け入れられたわけじゃない。当然、白栞に勝つために努力をしたのだ。
様々なデッキを研究し、プレイングを学び、環境や構築を考察した。
ネットに溢れている情報を必死に探し、解説を見聞きして勉強もして。
苦しんで苦しんで、やっと俺が一段上の実力を手に入れた時。あいつは、既に二段も三段も上にいたのだ。
追いつけない、と思った。
あるいは今よりもっと努力し、全てを削って打ち込めば、今白栞がいるところにはいずれ到達できるだろう。
だがその時、あいつは更に上にいるのだ。そして、俺はそこを目指すために削れるものをもう持っていない。苦しみをやりがいと感じて乗り越える強さも無い。そこに楽しみを見出すこともできない。
心は、完全に折れていた。
以来、アビカへの向き合い方を変えた。
あくまで趣味の一つ。コミュニケーションツールの一つとして扱うようになった。
そこに、後悔はない。だが、幼馴染たちの期待に応えられないことは、今でも僅かに心苦しいのだ。
「結翔くん、ここ座っていいかな?」
声の主は楓だった。俺は頷いて肯定する。
「ありがと。今、休憩中?」
「ああ。楓もか?」
「僕は今さっき対戦が終わって。結翔くんがここに座ってるのが見えたから、抜けてきたんだよ。一戦どう?」
そう言って、デッキケースを机の上に置いた。
「良いけど、俺じゃ練習相手にならないぞ」
「大丈夫だよ。僕は別に大会に出るわけじゃないから」
確かに楓は、今回特に大会にエントリーしていない。
だが、これだけセンスのあるやつが俺とばかりアビカをやっているのも、なんだか勿体無い気がした。
それこそ、白栞や千夏と練習すれば、メキメキと腕を上げるだろう。
「俺より、白栞たちとやった方が強くなれるぞ」
楓は、一瞬キョトンとした顔をした。
「別に、僕は強くならなくてもいいよ。楽しく遊べるくらいにはなったし、充分かな」
俺の考えていることと一見同じに聞こえるそれは、しかし根本的に俺とは違うということがすぐに分かった。
俺は諦めの気持ちでそう思っているが、楓は本心で思っているのだ。
練習しなきゃとか追いつきたいとか、あいつに勝ちたいとか。そういう気持ちではない。ただ、楽しいと思えるだけの強さ。それだけあればいいのだと。
「だから、僕は結翔くんと遊べれば満足だよ。さ、やろ?」
「……おう。そうだな、やろう!」
俺は、カバンから自分のデッキを取り出した。
結局、今日も大きく負け越したことに変わりはない。
だが、いつもの部活よりも、とても楽しかった。
いつか俺が強くなりたいと思ったら、その時にはまた取り組めばいい。
苦難も楽しみ、結果を出す喜びを求める道もある。
そして、こうして遊びたい相手と楽しく遊ぶ道だってある。
アビカは、ルールの範囲で自由でいいのだ。俺が今まで教えていたことを、この日改めて学べた気がした。
──千夏side──
練習も一区切りというタイミングで、いつものようにノートにメモを取ろうとした時だった。
同じく対戦が終わったのであろう白栞が、アタシの前に立っていた。
だが、その視線はアタシには向けられていない。どこを見ているのかと視線の先を見やると、結翔と桂木が対戦の準備を進めていた。
「ねえ、千夏」
呼ばれて、視線を白栞に戻す。その雰囲気は穏やかではない。
「あの子、ちょっと結翔に近すぎじゃない?」
あの子、とは桂木のことだろう。
「……いや。友達ならあんなもんだろ」
机を挟んでアビカをする。こんなのはごく普通の事だ。別に手を繋いでるとか、ボディタッチがあるわけでもない。
それを言うなら、幼馴染とはいえアタシや白栞の距離感の方が周囲から見れば目立つだろう。
だが、白栞にはそんな考えは無い。こいつは、本当に結翔のことが好きなのだ。その気持ちを十年持ち続けて今日に至る。
「近いよ。まだ知り合って二ヶ月だよ? いくら何でも男女であんな仲良くするのは不自然だよ」
「そ、そうか……? アタシはよく分かんねーや。悪いな」
そう言って、席を立つ。普段のふざけたテンションとは違う白栞には、あまり関わらない方がいいと判断したのだ。
どうせすぐに結翔にちょっかいをかけて落ち着くだろう。そう思っての行動だった。
どうせ、部活ももうすぐ終わるのだ。白栞から離れるついでに、鞄を取りに部室のロッカーへと向かった。
だから、白栞の最後の言葉は、アタシの耳まで届かなかった。
「……邪魔だなァ、あの子」
窓の外には、重い雨雲が広がっていた。
君がカードを引いたなら @nanashino-G
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