楓ルート 三


「ねえ結翔くん。最近うちの近くにショップができたみたいなんだけど、明日ショップバトルがあるんだって。出てみようかと思うんだけど、一人じゃ心細くてね。一緒に来てくれない?」

 楓、と口に出すのも慣れ始めてきたある日の放課後。部活前に呼び止められた俺は、楓からショップバトルに誘われた。

 ふがいないことに、もはや勝率は完全に楓に寄っている上に、依然として実力を伸ばし続けている楓。

 どうやらショップバトルのモチベーションも上がってきているらしい。プレイヤーとしてはいい傾向だ。

「明日なら大丈夫だ。楓の家って、最寄りどこだっけ」

「そんなに遠くはないよ。学校からだと、結翔くんとは逆方向に二駅だね」

 なるほど、確かにそれならさほど遠くもない。どうせ明日は学校も部活も無いし、暇つぶしにゲームでもしようかと考えていたくらいだ。予定ができたなら丁度いい。

「んじゃ、白栞と千夏も誘っておくわ」

 あいつらも大会があるし、ショップバトルがあるなら練習にちょうどいいだろう。

「ああ、それなら僕が連絡しておくよ。誘っているのはこちらだしね」

「分かった。じゃ、俺にも明日の時間と場所送っておいてくれ」

「了解。ああ、一応言っておくけれど、遅刻厳禁だからね。何なら白栞ちゃんたちより先に待ち合わせ場所に着いてるように」

 俺が時間にルーズなのは、いつの間にか楓にまで知れ渡っているらしかった。

 とはいえ、幼馴染二人はともかく、まだ付き合いの浅い楓を待たせるのも申し訳ないのは事実だ。明日はいつもより二十分……いや、十五分……。

 うん、十分早く起きることにしよう。



 翌日。釘を刺された俺は少し早めに待ち合わせ場所に着いた。

「誰もいねぇ……」

 やはり十分前では早かったのではないかと考えていたが。

「お待たせ。待った?」

 と、間髪入れずに後ろから声をかけられた。


 振り返ると、そこには私服姿の楓が立っていた。

 淡いピンク色のワンピースに、白いカーディガンを羽織っている。


「ああ、いや。今来た」

 少しイメージとはまるで違う私服姿だが、まったく悪くない。

 所謂ギャップというのだろうか、そういったもの感じた。

「ふふ。それならよかったよ。じゃあ、行こうか」

 そういって歩き始める楓。

「え、でもまだ白栞と千夏が来てないぞ」

「ああ。二人はちょっと遅れてくるんだ。先に行こう?」


 そう言うと、楓はくるりと踵を返し歩き出した。

 大きな商業施設なども無く、今まで降りたことのない駅だったため、まったく土地勘がない。俺は楓に着いていく形で歩いていく。

 駅前は多少開けているが、建物はあまり大きくなく、少し古めかしい印象だ。

 見える範囲には広場や公園もなく、人通りもあまり多くなかった。

 確か、ショップまでは歩いて五分ほどと言っていた。


「結翔くんはコーヒーや紅茶は好き?」

「コーヒーは結構好きだぜ。たまに飲むくらいだけど」

「そっか。僕はどっちも好きで、よく飲むよ。コーヒーが好きなら、カフェとかも行くのかな?」

 移動中は他愛無い雑談になった。好きな食べ物だったり、休日の過ごし方だったり。

 楓が質問して、俺が答える。楓も自分の話を織り交ぜつつ……といった形で会話が進んでいく。

 話をしている内に、少しずつ楓のことを知れた。幼馴染の好みは把握できていたが、楓のことは何も知らなかったな、と改めて思った。


「さて、着いたよ」

 そうこうしている内に、目的地に着いたようだ。

「へえ、すごいな。めちゃオシャレなショップだ」

 赤レンガ風の外装に、木でできた窓枠。緑色の屋根の一階建ての建物で、さながらカフェのようだった。

 扉を開けて店内に入ろうとすると、カラフルな貼り紙が目についた。


『モーニング始めました』と書いてある。


「……いや、カフェじゃねーか!」

 さながらどころか、完全にカフェだった。

 何が面白いのか、ケラケラと笑う楓。

「ったく、からかうなよな」

 見事に騙されてしまったことに恥ずかしさを感じつつ、扉から離れると。


 不意に、俺の右手が柔らかく握られた。


「入ろうか」

 突然の接触で、咄嗟に言葉が出ない。

 そのまま手を引かれて、店内へと進んでいった。



「席、空いてて良かったよ。ここは結構人気があってね、ランチタイムは満席なこともあるんだ」

 そう言いながらメニューを広げる楓。

「コーヒーならこのページ。結構種類があるけど、好みの物はあるかな?」

 ページには、キリマンジャロやら何やら色々な豆の名前と淹れ方などが書かれていた。

 最近はすっかり暖かくなったし、アイスコーヒーが良いだろう。


「……ってそうじゃねえ!」

 つい流されてしまったが、そもそもカードショップに行ってショップバトルに参加するという話だったはずだ。

 白栞と千夏も合流する予定であり、呑気にカフェでくつろいでいる場合ではない。

「早く行かないとショップバトル始まるんじゃないのか⁉」

「ああ、それなら大丈夫だよ。まだ一時間は余裕があるからね」

 俺の懸念に対し、楓はメニューを眺めながら何事も無いように答えた。

 確かに、開催一時間前ならカフェでくつろいでからでも遅くはないだろう。

「そ、そうだった……のか。なら、いいんだけど……」

 そういう段取りだったなら、事前に教えてくれれば良かったものを。

 とはいえ、知っていたら俺が遅刻してきた可能性は大いにある。白栞たちの入れ知恵だったのだろうか。

「さ、注文何にする?」

「じゃあ……これをアイスで」

「うん、いいチョイスだね。すいませーん!」



 コーヒーが運ばれてくるまでの間、俺たちは先ほどまでのように雑談に興じた。

 楓はおでんが好きだという。意外な好物だった。

 ほかにも、動物が好きなことだったり、家事などは日頃から行っていることなど、学校では見られない一面を多く聞くことができた。

 こうして相手のことを聞けると、今までよりも身近に感じることができるものだ。

 正直、幼馴染二人以外の異性の友人は少ないし、話すときにちょっと緊張していたのだが。カフェのゆったりとした雰囲気も相まって、気付けばかなりリラックスして話を聞けるようになっていた。


「にしても、あいつら遅いな」

 ふと時計を見ると、かれこれ三十分は話していたようだ。あっという間に時間が過ぎており気にしていなかったが、二人そろってこんなに遅れるとは珍しい。

 何かあったのだろうかとスマホを取り出すが、特に連絡は来ていなかった。


「ああ、彼女たちならここには来ないよ」


「……来ない?」

「うん。ショップバトル開始の十五分前に、ショップで集合と伝えてある」

 その内容は、俺に伝えられていた内容とはまったく異なっていた。つまり、一時間前に呼び出されていたのは俺だけということになる。

「な、なんで……」

 当然、俺は困惑の声を上げる。しかし、楓は。

「なんでだと思う?」

 と、逆に俺に問いかけてきた。

 状況は呑み込めず、頭を必死に動かすが、理由など思いつくはずもなかった。


「……うーん、なるほど。思ったより白栞ちゃんに毒されてるのか、鈍感なのか。これは手を焼きそうだ」

 楓は、じっと俺の目を見つめながら、僅かに笑みを浮かべている。

 俺はなぜか視線を逸らすことができなかった。

「……どういう意味だ?」

「やりがいあるなあ、ってことだよ」

 そう言うと、グラスに残っていたコーヒーを一気に流し込んだ。


「さて、そろそろ二人が来るかもね。出ようか」

 と、荷物をまとめだす楓。俺もそれに倣い、慌てて鞄に手を伸ばした。

「あ、結翔くん。これ、僕の分だから。悪いんだけど、お会計だけお願いしていいかな」

 右手を伸ばしている楓からお金を手渡された。個別会計ができないカフェなのだろうか。

「じゃ、よろしくね」



 会計を済ませて店を出る。楓は先に店先で待っていた。

「ありがとう。さて、ショップに向かおうか」

 歩き出す楓に再び着いていく。艶やかな黒髪が風で僅かに靡いている。

 その黒髪がふわりと左へ流れていく。楓がこちらを向いていた。

 立ち止まった楓に合わせて、俺も立ち止まる。すると、楓はこちらへ二歩歩いてきた。

 どちらかが一歩でも前に踏み出せばぶつかる距離だ。

 ほのかに甘い香りがした。香水なのか、シャンプーなのか、疎い俺には分からない。

 楓の目が、先ほどよりも近い距離で俺の目を捉えていた。白栞以外でここまで近い距離で顔を合わせたことなど無い。

 時間が止まったかのような錯覚に陥る。


「今日カフェに立ち寄ったのは、二人には内緒だよ?」

 と、目を合わせたまま告げられた。

「ど……どう、して」

 俺の問いに、楓はやはり僅かな笑みを浮かべ。


「まだその時じゃない、ってこと。ね?」


 その真意は、今の俺には分からない。

 甘い香りに中てられたのか。まったく頭が回らないまま、気づけば俺は首を二回縦に振っていた。

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