VR探偵Bellは電気人間を告発できるか? 〜AIユーザー事件と、ユルくてチルい夜の雑談〜
おすかー
第1話 夜の私は、少し息がしやすい(A)
夜の私は、少し息がしやすい。
昼の私が息苦しいとか、現実が嫌いとか、そういう大げさな話じゃない。講義も出るし、課題もやる。たぶん、普通の暇な大学生だ。
ただ、昼はちゃんとした私を保つために、ほんの少しだけ余計な力がいる。笑うタイミングとか、相槌の厚みとか、目線の置き場所とか。そういう細かいものが、地味に積もる。
だから夜になると、私はVRSNS――VRのSNSみたいなもの――VRTalkに潜る。
ヘッドセットを被って、ログインする。視界がふっと切り替わって、現実の天井が消える。
最初に入るのは、自分ひとりだけのインスタンス……個別の世界、ワールドだ。
ちょっとした自作のマイルームワールド。
誰もいない。音も少ない。広い。落ち着く。
私は自分で作ったこのマイルームを度々ちょっとずつ弄っている。壁の色を一段暗くしてみたり、やたら浮いてる観葉植物の配置を一ミリずらしてみたり。
誰も来ないのに、誰に見せるわけでもないのに、こういうのを律儀にやってしまうあたり、私はたぶん“暇な大学生”というより“暇を放置できない大学生”だ。
それに、ログイン直後のこの部屋は、現実の机よりも素直に言うことを聞く。何かをすればすぐにしっちゃかめっちゃか散らかる現実と違って、こっちは「片付けたい」という気持ちにだけ反応して整ってくれる。優しい。
アバターの動作をさらっと確認して一息つくと、私は無意識にフレンドリストを開いて、名前を探している。
だいたいログイン中のフレンドリストの上のほうにいるはずの名前を、私はなぜか一回スクロールしてから探す。
自分でも意味が分からない。たぶん、見つけた瞬間に安心するのが悔しくて、ワンクッション置いてるんだと思う。しょうもない。
それで、見つからないと勝手に焦る。
「あれ、いない?」って声に出しそうになって、我に返る。いや、いるに決まってる。いつもこの時間はいる。……って思ってる時点で、私の負けだ。
結局、見つける。見つけた瞬間、勝手に胸が軽くなる。
そして私は、負けを認めないまま、Joinを押す。
Ame。
見つけた瞬間、ちょっとだけ安心してしまうのが悔しい。
けれど、悔しいと思う前に指が動く。
迷わず、押す。
次の瞬間、ロードが入って、景色が切り替わって、耳に入ってくるのは――いつもの声だ。
「……あ」
「やほー。今の“あ”で分かった。Bell、アタシを探してたでしょ。このストーカーちゃんめ」
「ストーカー言うなし。ログインしたらフレンドの場所を見るのは普通のことでしょうに」
「Bellってログインすると毎回、速攻アタシのとこに来るじゃん。迷いがなさすぎて若干怖い」
「いつも都合よくいるAmeのほうが私は怖いよ」
「都合のいい女ってこと!?」
「んなこと言ってないが? 私はAmeがいると安心……じゃなくて、効率がいいだけ。Ameがいると、今日の行き先がすぐ決まるから」
「はいはい効率ね、そういうことにしとく。いや、他に選択肢はないのかい、Bellちゃん様は」
「いいじゃんAmeも嬉しいでしょ」
「まぁ嬉しいんだけどさ」
「意外とアクティブなフレンド少ないんだから」
「一言余計だっつーの」
Ameはチルワールドの低いソファみたいなところにだらっと座っていた。ネオンと水面の反射が、ゆっくり揺れている。Lo-fiっぽい音が流れていて、空気の角が取れていく感じがする。
私はAmeの隣に座る。
「今日、現実どうだった?」
「どうもこうも、出席取られて終わり。あと学食の唐揚げが衣しかなかった」
「それ詐欺じゃん。衣しかない唐揚げって、もはや概念」
「概念を食べた。悲しい。もはやバグだよ、無を取得した」
「じゃ、Bellは今日、概念を糧に生き延びたわけね。えらいえらい」
「褒め方が雑すぎんか」
「雑ってなにさ雑ってぇ。アタシのありがたいお褒めの言葉だぜ。Bellはちゃんと生きてるだけでえらい」
「褒めてるか貶してるか、どっちなの」
「褒めてる。たぶん」
「嘘でも褒めてると言ってくれ」
Ameは笑う。笑い方が軽い。軽いのに、こっちの肩が少しだけ落ちる。そういう種類の軽さだ。
「で、今日は何する? だらだら雑談でもいいし、パブリックで人拾ってもいいし」
「……パブリック、行く?」
「お、攻めるじゃん。Bell、パブリック苦手な日もあるのに。今日は行ける日?」
「うん。なんか今日は、喋りたい。現実で喋ってない分」
「分かる。現実ってさ、喋っても喋ってないみたいな喋り多いくない? あれ、虚無い」
「うまく社会に溶け込むには仕方ないよ。うん」
私が頷くと、Ameはわざとらしく深呼吸した。
「よし。じゃあ、Bellの良い声で人を安心させて、アタシの悪い口で人を笑わせて、スペシャルな夜を作ろう」
「“私の悪い口”を自覚してるんだ……」
「自覚はあるよ。改善する気はもちろん無い! ディス・イズ・アタシ!」
「安心した。丸くなられると困る」
私は笑う。
夜の私は、少し息がしやすい。たぶん、この雑な会話があるからだ。
「そういえばさ」
Ameが急に話題を変える。
目線は前のまま、声だけが少しだけ跳ねた。
「Bell、最近さ、推理ゲームやってないよね? あれやろ。ほら、Bellが『探偵さん』って呼ばれるやつ」
「探偵さん呼び、やめて。ちょっとくすぐったい」
「Bellって自分では探偵じゃないって言うくせに、やると急にガチになって当てるじゃん。あれマジ面白いんだよね」
「ちょっと、人の癖を面白がんなし。なんか考えちゃうだけ」
「その“考えてるだけ”が強いんだよ。ね、今日やろ。アタシ、Bellの推理聞くの好き」
「そうなの? あまり面白いものじゃないって毎度若干反省してるんだけど」
「反論に全部カウンター決めてくのが気持ちいいんだよね。ついスコアを採点しちゃう」
「えっ採点とかしてたの?」
「実はBellの発言、全部採点してる」
「うわっ、こわっ。流石に冗談だよね?」
「冗談だよ。Bellってさ、慌てるとかわいいとこあるよね」
「かわいいって言うな」
私はAmeの方を見る。
Ameはニヤニヤしている。勝ち誇っている。こっちはなんだか負けた気がする。
「ああもう。……じゃあ、やろう。推理ゲーム。テキトーなフレンド呼んで。プラベに篭ってないちょうど良いヤツいるかな」
メニューパッドを開いて、だらだらとフレンド欄を眺めてみる。
ああもう、どいつもこいつもプライベートインスタンスに篭りやがって。
「うーん、いなそう? 良い感じのフレンド」
フレンド欄をスクロールしていると、ステータスがだいたい二種類に偏っていることに気づく。
取り込み中。
プライベート。
つまり、誰にも会いたくないか、誰にも会わせたくないか、どっちかだ。
「いつも通り、どいつもこいつもプラベだよ。みんな引きこもりすぎじゃない? VRTalkって、そもそもSNSだよね。交流しよ? 交流。 SNSなのに“誰にも会いません”って何?」
「それが令和という時代さね。会いたいけど会いたくない。矛盾は人類の嗜み」
「そんなもんが人類規模の嗜みでたまるか。……ていうか、プライベートインスタンスって便利だけど、こういうとき都合が悪い。こっちは誰かと喋りたい夜なのに」
「あるある。ま、だからこうしていっつもアタシとBellでだらだら喋ってるワケだし」
「こうなったらAmeを増殖させるしか」
「アタシ、実は増えれたりするのか! うおお、やっほーアタシ2号! アタシ3号!」
「ノるなツッコめ! あとごめんAmeは増えるとヤバい! 絶対うるさい!」
「ちぇ、イケると思ったんだけどな……あ、ほら、フレンドいないなら、パブリックで野良を拾えばいいじゃん。一期一会の海」
「その海、たまにサメいるけど。おっかなーいサメさんが」
「サメが来たら、Bellは探偵さんスキルでドン引きさせて、アタシが口悪く追い払う。役割分担、完璧」
「ちょっと待って、ドン引きってなに?」
「自覚なかったの!? ほら、寄ってきためんどいタイプの人の性格とか全部分析して痛いとこ突くやつ」
「ああ、ちょっと注意してあげるアレね」
Ameが露骨に引いているようなそぶりをする。
まったく、ちょっと大袈裟だ。
「ちょっと……? 『その吐息混じりの話し方はやめたほうがいい。経験が少ないからわからないのかもだけど、それで
「そんなこと言ったっけ」
「言ってましたー。初対面相手にバ火力かますんだから」
Ameは両手を肩の高さに挙げて、やれやれとジェスチャーをする。
正直、お前が言うな案件だ。
「それより! あ、ほら、Soraとか呼べば? ちょうどログインしたみたい。推理ゲームもノリいいし」
「Soraは……来ると長くなりそうだね」
「長くなるのは事実。でも面白いのも事実。Bell、長話に付き合える夜でしょ、今日は」
「……うん。今日はいける。たぶん」
「よし。じゃ、決まり。パブリックに出る前に、まず身内で肩慣らし。探偵喫茶、常連から」
「探偵喫茶って……凄まじく胡散臭いね」
「Bellの夜更かし部、開店。私は店員、Bellは探偵さん」
「店員と探偵の店って何」
「店員と探偵がいるなら探偵喫茶でしょ。アタシはかわいいかわいい店員さん。メニューは“疑い”と“和解”」
「ちょっと不穏じゃない?」
「大丈夫。うちら、最後はだいたい笑って終わるから」
そのタイミングで、視界の端に小さな通知が出た。
Join。
名前は――Sora。
SoraがJoinしてきた。
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