A-02・1
赤い彼岸花の花畑には、人が通れるような道はなかった。鑑賞のために植えられた花畑ならば通り道くらいは作っているものだが、花畑を通り抜けるためには彼岸花を踏みながら前に進まなくてはならない。花を踏むという行為はなんとも嫌な気分になるもので、皆無言で霧の方向へ向かう。
線路沿いを歩いて戻ろうとしてもどうしようもなさそうだから、まずは建物っぽい影の方に行こう、というのは、あわてて電車を降りた私達全員の意向だった。あの場所にとどまっていても仕方がないということは誰の目にも明らかだったし、戻れないなら進むしかない。
「なんだかお腹が空いてきちゃいましたね……」
「異界でもお腹って減るんだね」
苦笑交じりに零された凪咲ちゃんの言葉に頷きつつ、濡れた彼岸花をかき分けて歩く。なるべく踏み荒らさないように。足元で散った花弁が、まるで血のようだと思ってしまうから。
――花びらが、血、とか。私は一体何を考えているんだろう。
でも、その、得体の知れない恐怖が。
どこかで覚えがある感情のように思えて、不気味だった。
やがて霧の中に入っていくと、彼岸花に囲まれた小さなビルのようなものが見えてきた。さらにその周りは当然のように霧に囲まれていて、よく見渡すことはできない。
その小さなビルらしきものはまるで人の気配を感じない建物で、しかも大変古びていた。が、人造らしき建物を目にしただけで、胸に安堵感が広がる。五里霧中には変わりないが、ここには手がかりがあるかもしれないという希望があるだけマシだろう。
「ここでなら、少しは休憩できるかしら」
「すみません米津さん、少し歩く速度が速かったですよね」
「いいのよ。みんな気が急いていたんだから当然だわ。いい運動になったわあ」
やや遅れて米津さんと、最後に目を覚ました美人――御坂悠奈さんというらしい――が、ビルに到着する。今年で三十二歳になるという御坂さんは、中学校の教師をしているのだそうだ。
米津さんの言う通り気が急いていて、年配の方に気を使えなかった自分に気づかされ、恥ずかしくなる。それは凪咲ちゃんもそうだったようで、彼女は居たたまれなさそうな顔をして肩を落とした。
「なあ、早く中見てみようぜ。中に電話とかあったら、もしかしたら使えるかもしれないじゃん。あと食料とかもさ、あるか見なきゃいけないし」
「こんなところに電話なんかあるとは思えないけどね……。だいたい食料があったとして、口にしたらまずいと思うけど。何が入ってるかわからないんだし」
皆を急かすようにして走り出す小谷くんの背を、中野さんがぼそぼそと言いながら追っていく。その足取りからして、中野さんも小谷くんの言う希望があることを本心では望んでいることがわかる。だが、希望がなかった時に落ち込みすぎたくないから、予防線を張っているのだろう。駄目でもともとなんだから、しょうがない――。
「廃ビル、という感じの建物ねえ。一体だれが使っていたのかしら」
「さあ……わかりません。でも、そんなにぼろぼろという感じではないですよね」
なんとなく小谷くんと中野さん、私と凪咲ちゃん、米津さんと御坂さんの二人組になって歩きつつ、ビルに入る入り口を探す。やがて先に到着していた小谷くんが、裏手にある大き目の窓から中に入れそうだと言ったので、皆でそこからビルに入る。中は、窓から差し込む赤い西日で満たされていた。
今度は凪咲ちゃんと私と御坂さんで米津さんのサポートをしながら、先に中に入って内装を調べていた中野さんの報告を聞く。
「電話はないっぽいですね。まあ、こんなところに電話があったってどこに繋がるかもわからないし、しょうがないんですけど」
「確かに、電波塔とかもないですしね。異界の電話って現世に繋がるんでしょうか」
「わかりませんけど。とにかく辺りを探索してみたほうがいいかもしれませんね。何かこの異界の成り立ちのようなものがわかるかもしれませんから」
とにかく外装も内装もいろいろと写真を撮っていきましょうか、と、中野さんが言う。異界だから、何が起こるかわからないから、記録として画像を残しておこうというのだ。今は危険があるような場所にはあまり思えないけれど、確かにここがおかしな力で変質してしまっては、困る。特に否やはなかった。
ビルといっても古い二階建てだが、六人でぞろぞろと調べてもタイムロスが増える。二手に分かれようか、という話になったので、中野さん、小谷くん、御坂さんと、凪咲ちゃん、私、米津さんの三人ずつに分かれた。女性が多い私達のグループは、階段を上がらなくていいように、一階の担当ということになった。
「じゃあ、あの」三人になってややあってから、凪咲ちゃんが口を開く。「早速ですが」
「うん。調べていきますか」
六人が入り口として使った大窓に繋がっていた部屋、つまり私達が最初に辿り着いた場所を、改めて見回す。古びたテーブルがいくつか置かれた部屋で、それなりに広い。教室がすっぽり入るくらいの広さですかね、と、凪咲ちゃんが高校生らしき感想を漏らす。
「このお部屋、名前がついているみたいねえ。なんて書いてあるのかしら」
「え、本当ですか」
米津さんがそう言うので、部屋の扉の方へ向かい、プレートのようなものを確認する
――『第一蜆?蠑室』。
また読めない。同じだ、あの異界駅に立ててあった看板と。
こちらは一部のみは読めるが、肝心なところがわからない。
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