第6章「契約なき戦争」

王城は、蒼真の想像よりもずっと“脆い”場所だった。

 石造りの壁、広い中庭、豪奢な装飾。だがそれらは、軍事的視点で見れば守りではなく象徴に過ぎない。見せるための城であり、戦うための城ではなかった。

 蒼真は玉座の間に通されながら、無意識に数を数えていた。

 出入口三つ。

 視界を遮る柱。

 高所からの狙撃は可能。

 だが、即応部隊はいない。

(ここが本丸か……)

 戦場慣れした人間なら、落ち着かない空間だ。

 斎藤と並び、蒼真は一歩後ろに立つ。隊員たちは周囲に分散し、警戒を崩さない。儀礼より生存を優先する。それが彼らの流儀だった。

 玉座には、レインフォール王国国王。

 その傍らに、エリシア。

 彼女は王女としての顔をしていた。背筋を伸ばし、視線は揺れない。戦場で見せた不安は、ここにはない。

「異界より来た戦士たちよ」

 国王の声は穏やかだったが、その裏にある疲労と焦りを、蒼真は読み取っていた。

「我が国は、君たちの力を必要としている」

 言い換えれば、切羽詰まっている。

 斎藤が一歩前に出る。

「我々は傭兵ではありません。契約なしに戦う理由もない」

 率直な言葉だった。外交的ではないが、事実だ。

 玉座の間がざわつく。

 だが国王は手を上げ、静めた。

「承知している。だが、我々には時間がない」

 説明は簡潔だった。

 国境付近での魔物の異常な増加。

 統率された動き。

 背後に“何者か”がいる可能性。

 蒼真は、その話を聞きながら頭の中で整理する。

(ゲリラではない。組織的。誘導あり)

 ただの魔物の群れではない。

 人為的介入――つまり、敵対勢力が存在する。

「君たちにお願いしたいのは、戦線の立て直しと、原因の調査だ」

 斎藤は即答しなかった。

 その代わり、蒼真を見る。

 判断を委ねられているわけではない。

 だが、現場の感覚を聞きたいのだ。

「……可能です」

 蒼真は静かに言った。

「ただし、条件があります」

 王の視線がこちらに向く。

「王国軍との統合作戦。指揮系統の明確化。補給の保証。それがなければ、被害は増えます」

 無茶な要求ではない。

 合理的だ。

 沈黙の後、国王は頷いた。

「受け入れよう」

 それが、契約なき同盟の成立だった。

 その日の夜。

 蒼真は簡易的に割り当てられた部屋で、地図を広げていた。王国の地図は粗い。だが地形は読める。

 ノックの音。

「……入ります」

 エリシアだった。

 彼女は一瞬躊躇したが、意を決したように口を開く。

「お願いがあります」

「内容によります」

 蒼真は視線を地図から外さない。

「……次の作戦、私も同行させてください」

 即座に否定すべき案件だった。

 非戦闘員。王女。リスクの塊。

 だが蒼真は、すぐには答えなかった。

「理由は」

「この戦いは、私たちの国のものです。任せきりにはできません」

 それは責任感か、それとも――

 蒼真は彼女の目を見る。逃げていない。

「……足手まといになります」

「それでも」

 短いやり取りだったが、蒼真は理解した。

 彼女は“守られるだけ”を拒否している。

 斎藤に報告すると、返ってきたのは溜息だった。

「面倒な立場だな」

「承知しています」

「だが……意味はあるかもしれん」

 翌日、作戦は開始された。

 目的は前線の森。

 魔物の集結地点。

 蒼真は先行偵察班として動く。

 地面の痕跡、倒された木、踏み荒らされた草。

(行軍速度が揃っている……)

 統率された部隊だ。

 やがて、敵影を確認。

 数、推定五十以上。

 王国軍だけでは対応不可能だ。

 蒼真は無線で斎藤に報告し、即座に配置を変更する。

「正面衝突は避ける。分断して各個撃破」

 隊員たちが動く。

 命令はいらない。合図だけで十分だ。

 戦闘が始まる。

 蒼真は冷静だった。

 引き金を引き、移動し、確認する。

 一体倒すたびに、状況が変わる。

 それを読み続ける。

 背後で、エリシアが負傷兵を支えているのが見えた。

 戦場の中で、彼女は自分の役割を理解していた。

(……悪くない)

 それは兵士としての評価だった。

 戦闘は激しかったが、主導権は握り続けた。

 敵は撤退。

 完全勝利ではない。だが、意味のある一戦だった。

 夜。

 焚き火のそばで、エリシアが静かに言う。

「あなたたちは……帰れるんですか」

 蒼真は答えに詰まった。

「分からない」

 正直な答え。

「でも、帰るまで戦います」

 それが兵士の答えだった。

 エリシアは少し微笑み、そして言った。

「……それなら、私も最後まで一緒にいます」

 蒼真は何も言わなかった。

 だが、胸の奥で何かが確実に動いた。

 この戦争は、もう他人事ではない。

 国のためだけでも、任務のためだけでもない。

 ――守る理由が、増えてしまった。

 それが、最も危険で、

 最も人間らしい変化だということを、

 蒼真はよく知っていた。

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