第5章「同盟なき連携」

戦闘は、準備の段階でほぼ勝敗が決まる。

 蒼真は城門から離れた地点で足を止め、地形を一瞥した。緩やかな下り坂、その先に草原、さらに奥に森。敵が来るなら、あの境界線を越えてくる。王国軍はすでに布陣していたが、正直に言えば配置は甘かった。

 密集しすぎている。

 間隔が狭い。

 退路を考えていない。

 蒼真は無線越しに斎藤へ短く報告する。

「正面密集。側面ががら空きです。突破されたら崩れます」

「分かってる。だから俺たちがいる」

 斎藤の声は落ち着いていた。状況の悪さを理解した上で、それでも介入する覚悟がある声だ。

 蒼真は王国軍の指揮官と思しき男に視線を向ける。立派な鎧、装飾の多い剣。だが視線が定まらない。経験不足だ。

 言葉が通じるかどうかは賭けだったが、時間はない。

「前列を下げろ。散開しろ。密集するな」

 通訳役の兵を介して伝えられる。指揮官は一瞬戸惑ったが、背後から聞こえ始めた唸り声に表情を引き締め、命令を出した。

 敵影が見え始める。

 数は……二十前後。

 ゴブリンだけではない。体格の大きい個体、四足歩行の魔獣も混じっている。

「来るぞ」

 蒼真は呼吸を整える。銃の安全装置を外し、射線を決める。

 ここでは俺たちが“異物”だ。だが、戦場において優劣を決めるのは文化でも世界でもない。練度だ。

 最初の接触は王国軍の矢だった。

 数は多いが、精度が低い。威嚇に近い。

 敵は止まらない。

「蒼真、右から回り込む」

「了解」

 蒼真は分隊の一人とともに側面へ移動する。走りながら周囲を確認。足音、風、敵の吠え声。情報を切り捨て、必要なものだけを拾う。

 距離四十。

 三十。

 二十五。

 蒼真は膝をつき、照準を安定させる。

 一体目、胸部。

 倒れる。

 二体目、脚。

 動きが止まる。

 撃つたびに反動が返ってくる。実感がある。それが現実だ。

 横で王国兵が剣を振るうのが見えた。動きが大きすぎる。隙だらけだ。

「下がれ!」

 叫ぶと同時に、蒼真はその兵の横をすり抜け、迫っていた魔獣の頭部を撃ち抜いた。

 血が飛ぶ。温度を持った飛沫。

 だが意識は揺れない。

 戦闘中に感情は邪魔だ。

「……すまない」

 王国兵の声が背後から聞こえたが、蒼真は返事をしなかった。今はそれどころじゃない。

 中央で王国軍が押され始めている。

 斎藤が状況を見て即断する。

「中央支援!火力集中!」

 号令一つで動きが変わる。

 これが組織だ。

 蒼真は走りながら弾数を確認する。まだ余裕はある。

 だが、この世界で補給は期待できない。無駄撃ちはできない。

 敵の一体が杖を掲げる。

 魔法。

「伏せろ!」

 火球が地面に着弾し、衝撃と熱が走る。

 蒼真は地面に伏せ、転がり、即座に起き上がる。

 魔法使いは無防備になる一瞬がある。

 そこを逃さない。

 一発。

 倒れる。

 戦闘は徐々に王国軍優位へと傾いていった。

 理由は単純だ。退路を確保し、密集を避け、敵を分断できたからだ。

 蒼真はふと、後方を見る。

 エリシアがいた。

 王国兵に守られながらも、戦場をまっすぐ見つめている。

 逃げていない。目を逸らしていない。

 その事実が、なぜか胸に引っかかった。

 ――戦闘終了。

 最後の敵が倒れ、草原に静寂が戻る。

 蒼真は銃口を下げ、深く息を吐いた。遅れて心拍が上がってくる。

「被害報告」

 斎藤の声。

 王国軍に死者は出なかった。負傷者は数名。

 奇跡的な結果だ。

 指揮官が蒼真たちの前に立ち、深く頭を下げた。

「……感謝する。我々だけでは、持ちこたえられなかった」

 蒼真は曖昧に頷いた。感謝は悪くない。だが、それ以上でも以下でもない。

 戦場では、結果がすべてだ。

 拠点へ戻る途中、エリシアが隣を歩く。

「怖かったです」

 素直な言葉だった。

「それでいい」

 蒼真は答える。

「怖くなくなったら、終わりです」

 彼女は少し考え、そして小さく笑った。

「……でも、あなたが前にいると、不思議と進めます」

 蒼真は返事をしなかった。

 どう答えるべきか分からなかったからだ。

 守る対象が増えるのは、兵士としてはリスクだ。

 だが同時に、それは――

 胸の奥に、これまで感じたことのない重さを残した。

 異世界での戦いは、まだ始まったばかりだ。

 そして蒼真は気づき始めていた。

 この戦場では、

 命令だけでは割り切れないものが、確実に増えていくということに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る