第03話 逃避の先に選んだ場所


 走って、走って、周りの景色も魔物も野生動物も野盗も全部無視してひたすら走って。

 その先でぼくが辿り着いたのは、切り立った崖だった。

 

 走れる地面が無くなったから、止まるしか選択肢が無かったとも言える。

 助走をつけて全力で飛べばおそらく飛び越えられるだろうが、一度立ち止まってしまうと少し冷静になるもので。

 ぼくは乱れた呼吸を整えられず、その場に膝をついて倒れた。


「は、ははは……。」


 知らずのうちに、口から笑い声が転がり落ちる。

 衝動的に駆け出してしまったこともあり、ぼくはただひたすら故郷の村の方向へと走っていたことに今更気がついた。

 

 あの家に帰れる、やっと家族の元に帰れるんだという喜びが胸に湧き上がってくる。


「元気かな、みんな。会いたいな……。」

 

 いつの間にか国境を越えていたのか、どこか懐かしい香りのする草花に自然と顔が綻ぶ。

 しかし、頭に昇った血が少し下がったからだろうか。

 ぼくはふと、あることを思い出してしまった。


 ――村を離れることになってからの七年間。家族から手紙の返事を、今まで一度も貰えなかったことに。


 王都に連れてこられた最初の頃は、毎日ボロボロになっていたから疑問に思う暇がなかった。

 次第に勇者としての鍛錬を積んで、余裕が出てきた頃には、何度送っても返事が来ない手紙を待つことが辛くなった。

 

 今は収穫の時期だから。

 今は冬で寒いから。

 今は植え付けの準備で忙しいから。

 

 そうやって理由をこじつけ自分を納得させて、諦めきれずに今の今まで出してきた手紙の数々が、ぼくにある疑念を抱かせていた。


 

「……もしかして、みんなにとってぼくは、迷惑な存在だったのかな?」


 

 身内から勇者が生まれた、というのが名誉になるのは、もしかしたら貴族の中だけの話だったんだろうか。

 

 畑仕事の人手が足りないのに、いきなりいなくなって腹を立てていたとしたら?

 七年間も顔を見せられずにいたぼくを、親不孝者だと嫌いになっていたとしたら?

 手紙に返事を返さないのは、勇者になったぼくを、もう家族だとは思っていないからだとしたら……?


 思考はどんどん悪い方へと向かっていって、ぼくは目の前に広がる崖に身を投げてしまいたい衝動に駆られた。

 そんなことをしたって、今まで散々勇者としての鍛錬をつまされたこの身はその程度では傷つかない。

 それをわかっているからか、体も動かなかった。


「帰りたい……。でも、どこに……?」


 さっきまであれほど帰りたいと思っていた場所が急に恐怖の対象へと変わってしまい、ぼくは途方に暮れた。

 

 ――勇者パーティがいるシスリンまで戻る?

 ……ありえない。一番取りたくない選択肢だ。

 

 ――どこか、親しくなった人がいる国へと向かう?

 ……無理だ。彼らが親しいのは"勇者様"だから。

 

 ここでもまた、勇者の影がぼくを縛り付けていた。

 どこへ行ったとしても、勇者であるぼくを、ありとあらゆる人々が監視している。

 

 誰もいない場所に、誰も訪れない場所に逃げ込みたい。

 そう思いながら何となく体を起こしたときに、何故か強烈なデジャブを感じた。

 前にどこかで、こういう風に倒れて、起き上がったことがあったような。


「あぁ、魔王との最後の戦いだ。セシルを庇って吹き飛ばされて、こんなふうに……あ。」


 あった。

 人間が誰もいなくて、そもそも簡単には訪れられない場所。

 世界の果ての人外魔境、生半可な生物だとその場にいるだけで死に至る、呪われた土地。


「魔王城だ、魔王城に行こう……!」


 思いついたら即行動、ぼくはまるで誰かに急かされるように、魔法陣を空中に描いた。

 

 その効果は「転移」。

 

 勇者の魔法のひとつで、前もってここだと定めておいた場所に、好きなタイミングで瞬間移動できる魔法だ。

 ぼくはそれを起動させると、目の前の崖に向かって飛び降りるように、魔法陣へと飛び込んだ。



***



 辺境の土地は人間からは「魔界」と呼ばれていて、瘴気のせいでいつもうっすらと霧がかって見える。

 この瘴気は地面から滲み出てくるせいで浄化してもすぐ元通りになってしまうため、例え魔族がいなかったとしても人間には開拓不可能な場所なのだ。

 この土地でなんの対策もなく生きていける人間は、勇者の証が自動的に瘴気を浄化するぼくくらいのものだろう。


 つい先日、魔王城攻略のためにマーキングしておいた地点に、ぼくは魔法で転移してきた。

 開いた城門の前から見える、ほぼ半壊している魔王城の姿が痛々しい。

 若干の申し訳なさを覚えつつ、ぼくは城へと繋がる跳ね橋を渡って城門をくぐった。


「誰もいないな……。魔族相手に、少しくらいの戦闘は覚悟してたのに。」


 魔王城の中で自然発生した野生の魔物を剣で真っ二つにしながら、ぼくは首をかしげた。

 どこを目指すでもなく、ただふらふらと歩き回っているものの、その間一体も魔族を見かけていない。

 まさに、もぬけの殻と言ったところだ。


「静かだ……。」


 人々の声が聞こえない。

 人々の視線が感じられない。

 勇者になってから、ここまで穏やかな気持ちになったのは初めてだった。


 ふわふわとした気持ちでただ足を動かしていたら、いつの間にか広々とした玉座の間に辿り着いていた。


 ここはそう、魔王との最終決戦場だ。

 高かった天井は魔王が最終形態のドラゴンになった時に半壊、ぼくが勇者の最上級攻撃魔法セプテム・サーケルライトを使ったせいで全壊し、今はすっかり野ざらしになっている。


 中央は攻撃の余波で瓦礫が押しのけられていたため、ぼくはそこまで歩いて床に転がった。

 瘴気で朧気だが、柔らかい月の光が謁見の間に降り注いでいる。

 

 ……疲れた。

 

 この穏やかな気持ちのまま、ただただ瞼を閉じてしまいたい。

 それでもし魔物に寝首をかかれたとしても、むしろ有難いんじゃないかとさえ思った。


 こうしてぼくは、そのまま意識を手放した。



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2026年1月14日 18:00
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モブキャラ上がりの限界勇者、魔王城に閉じこもる 別槻やよい @Yayoi_Wakatuki

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