Abnormal -アブノーマル-

@ciruela04

Prologue -プロローグー


「いァア! ぐ、ぇ、お、お!」


ヒトガタの塊がうごめいていた。

人と呼ぶにはもう遠い。

布を幾重にも巻かれ、鎖でテーブルに縫い留められたそれは、呻き声だけを残して転がっていた。


その腕には、ノコギリの刃が食い込んでいる。


「は~い、これから被験者Rちゃんの解体ショーをはじめま~す!」


ノコギリを持った青年がカメラに向かってピースサイン。

パソコンの画面には大量のコメントが流れている。


――これ、やばくね?

――どうせ偽物だろw


青年はにーっと笑って、ノコギリを持つ手に力を込めた。


「ンンォ、アァ!」


ヒトガタが暴れる。

しかし、鎖を解くことはできない。

青年は「いきまァ~す!」と叫んで、思い切り腕を動かしはじめた。


ギ、ギ、ギ~コ、ギ~コ……


「ンゴァウアアアアアアンギィ!」


刃が往復するたび、空気が変わった。

湿った音が重なり、部屋の温度が上がっていく。


塊は暴れる。

だが、逃げ道はない。



――えぐっ

――え、ガチ?

――通報しました



「ウォエッ、アアァ、イギイイ!」


ヒトガタの腕からぶしゅぶしゅと血があふれ出る。

青年は甲高い笑い声をあげながら、狂ったように身体を揺らし続けた。


「アァアァア!」


ズダン、と重々しい音が響いて、ヒトガタの腕が落ちる。

ヒトガタはビクンビクンと震えていた。


「ふうー! 結構重労働だな!」


青年は楽しそうに声をあげて、腕で顔の汗を拭う。

青年の顔にべっとりと血がついた。


「さて、もう一本! いきますか!」


「ンンンンギィアィィィ!」


よいしょ、と青年がノコギリを握り直したときだ。


バン、と勢いよく扉が開かれた。

青年が音がしたほうを見やる。


「ハ? 誰!?」


入ってきたのは、スーツを着た男だった。

銃を構えており、静かに青年を見つめている。


「現場突入。被疑者一名、生存。被害者は……生存」


「……、……っ、お、おまっ……まさか、裁判官」


男は答えない。

ただ、まっすぐ青年を見据えたまま、インカムに告げる。


「被害者は出血が多い。迅速な処置が必要です。――よって〝審罰しんばつ〟の執行が必要と判断します」


『解析完了。被疑者、鵺坂ぬえざか 蓮司れんじ本人と確定』


――審罰。


「んな、ふ、ふざけんな!」


それを聞いた瞬間、青年はノコギリを振りかざして男に襲いかかった。


男は極めて冷静に青年の攻撃を躱す。

く、と青年の腕を引いて軽く脚を払い、青年の身体をいともあっさりと崩してしまった。


カシャン、とノコギリが音をたてて床に転がる。


「いっ――、くそ、おい!」


男は、ちらりと設置されたカメラに視線をやった。

静かに近づいていって、スイッチを切る。

作動していないことを確認すると、ようやく青年に向きなおった。


そのとき、男のインカムから声が流れてくる。


『――神藤一等裁判官、鵺坂 蓮司の審罰を許可する』


インカムから流れた声が途切れた。


男は一度だけ、短く息を吐いた。

それだけだった。


次の瞬間、青年の下から熱が立ち上がる。

床に浮かび上がった文様が、音もなく赤く光った。


青年はそれを見て、ようやく事態を理解したらしい。


「は……?」


間の抜けた声を上げたまま、青年は這って逃げようとする。

だが、手に力が入らない。

血と汗で濡れた手に、床が滑った。


男が一歩、前に出る。

その動きに合わせるように、青年の下から火が跳ね上がった。


「う、うわ――」


言葉の途中で、青年の身体が炎に包まれる。

服が燃え、皮膚が裂ける音がした。

熱に焼かれて、声はすぐに形を失う。


「や、やめ――あああああああああッ!!」


皮膚の表面が一気に泡立ち、熱に耐えきれず弾ける。

血の匂いが、鉄を焦がしたような臭気に変わっていく。

床に落ちた雫が、じゅっと音を立てて蒸発した。


青年は転げ回ろうとした。

だが、足はもう言うことをきかない。

関節が崩れ、身体の輪郭が、熱に溶かされて歪んでいく。


「た、す……」


助けを求める言葉は、最後まで形にならなかった。

喉の奥から漏れたのは、空気が焼かれる音だけだ。


炎は容赦なく、均等だった。

慈悲も、躊躇もない。

ただ、終わらせるためだけの熱。


そのすぐそばで、男は一歩も動かない。


銃を構えたまま、静かに立っている。

スーツの裾すら、揺れない。

炎の光が、男の横顔を照らし出す。


睫毛の影。

引き結ばれた唇。

冷たく澄んだ眼差し。


まるで、美しい儀式の立会人のようだった。


炎が最高潮に達した瞬間、青年の身体は声を失い、形を失い、ただ黒い塊へと変わっていく。


崩れる音すら、もうしない。


男はそれを確認すると、わずかに視線を伏せた。

憐れみではない。

祈りでもない。


「鵺坂 蓮司、審罰完了。生命反応、消失を確認」


インカムに向かって、淡々と告げる。


背後では、まだ熱が残っている。

焦げた匂いと、何かが終わった気配だけが、空間に漂っていた。


男はゆっくりと銃を下ろす。

炎の揺らぎが消えたあと、彼の姿だけが、異様なほど鮮明だった。


血に汚れた現場のなかで、スーツに付着した煤を指先で払い落とす所作は、ひどく丁寧だった。


まるで、仕事を終えたあとに身だしなみを整えるように。


男は青年だったものから視線を外し、テーブルの上に横たわるヒトガタへと向き直る。


「……大丈夫、まだ生きている」


誰に言うでもなく、そう呟く。


膝をつき、ためらいなく拘束具に手を伸ばす。

焼けた匂いの残る空間で、男は淡々と応急処置を始めた。


やがて遠くで、サイレンの音が響き渡る。






執行日時:至正二十三年 十一月十七日


記録番号:特審第零八七四号

被疑者名:鵺坂 蓮司

罪状:連続人体損壊、殺害および違法魔術薬物の製造

処分:審罰執行


執行者:一等裁判官 神藤しんどう 沙良さら





違法に魔術を使う人間は、魔女と呼ばれる。


そして、魔女を裁く人間は――裁判官と呼ばれた。



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