稲葉三兄妹の日常★お正月★

柊野有@ひいらぎ

お題フェス11【祝い】

 朝日が、薄く開いたカーテンの隙間から差し込んでいる。

 六畳、六畳、十二畳のキッチンに、セパレートのトイレとバス。

 このアパートで迎える三度目の正月。

 モモはすでに起きていて、十二畳のフロアの端に布団を畳んで重ねてあった。


 ストーブの前では、ダイフクが丸くなって寝ている。まるで湯たんぽのように、ぽかぽかとした存在感。

 その少し後ろで、キナコが前足をきちんと揃えて箱座り。目を細め、時折まばたきしながら、モモの動きをじっと見つめている。

 ワラビはというと、ストーブの熱が届くギリギリのところで、仰向けにだらりと転がっていた。けれど、モモが焼く餅がパチパチと爆ぜるたびに、ぴくりと耳を動かしている。

 


 モモは台所で、餅を焼いていた。網の上でぷっくりと膨らむ白い餅。

 昆布と鰹で丁寧にとった出汁に、鶏肉と小松菜、にんじんを加えたつゆが、湯気を立てている。


「……よし、今年もいい味」


 モモが味見をしてうなずくと、キナコが、「にゃっ」と短く鳴いた。

 まるで「合格」と言っているようで、モモは「そうかそうか美味しそうってか」と返事をした。


 その頃、イチゴは布団の中で目を覚ました。

 今日は特別な日。新年の挨拶をして、大事な「お年玉」をもらう日。

 けれど、今日はひと味違う日。イチゴには、年末からずっと考えていた秘密があった。


 イチゴが起きてきたとき、キナコはすっと立ち上がり、彼女の足もとにすり寄ってきた。イチゴが椅子に落ち着けば膝に乗ろうと、うかがっている。


「うー、さむー!」


 パジャマとダウンベストのままで両親の仏壇前に座って、朝の挨拶をした。


「おはよー! あけましておめでとう!」


「お、起きたか。あけおめ、イチゴ」


 ワラビはイチゴの声に反応して、びーっと背中を反らし、あくびをひとつ。そのままユズの座布団に向かって、ぴょんと飛び乗った。


 雑煮のかつおだしの香りに誘われて、ユズも寝ぼけ眼でやってきた。髪は寝癖でふにゃふにゃしているが、おでこを隠す金髪のせいでちょっとだけカッコよく見える。


「……おい、そこオレの席」


 ユズが苦笑しながらワラビを抱き上げると、ワラビは「にゃあ」と文句を言う。


「あけおめー」


「うーっす。あけおめ。母さん、父さんも、今年もよろしく」


「おめでとーう。お母さんもいる? お父さん先来ちゃったーって、怒ってない?」


「ああ。呆れてるかな。いつもの二人だよ」


「お父さん、お母さん置いてきちゃダメだよ?」


「あ、ここここ。こっちに、母さん。ここは、父さん」


「そうなの?」


 ユズには、本人にとってあまり嬉しくない特技がある。

 両親が亡くなってから、それが役に立つ場面が増えた。


 さてダイフクはというと、モモがテーブルに雑煮を並べるのを見届けてから、すっくと立ち上がり、ゆっくりと歩いてきて、モモの椅子の下に座った。

 準備完了と言わんばかりの貫禄。

 三人と三匹が、それぞれの場所に落ち着いたところで、声を合わせた。


「いただきまーす!」


 白い餅がとろりと伸びる。

 鶏の旨味が染みたつゆが、冷えた体にじんわりと染み込んでいく。


「……やっぱ、正月はこれだよな」


 ユズがぽつりとつぶやく。


「うん、おいしいね。モモちゃん、ありがとう」


「今年もよろしくな」


「おー」


 食後、食器を片付けたあと、モモが立ち上がり、ふたつのぽち袋を取り出した。


「はい、これが今年のお祝い」


 イチゴとユズが、同時に手を伸ばす。

 ぽち袋には、それぞれの名前と、猫の手描きのイラストが描かれていた。


「わーい! ありがとー!」


「……お、今年はちょっと多い?」


「去年ユズ、模試でいい点とったからな。ご褒美だ」


 イチゴは、ぽち袋をぎゅっと握りしめた。

 そして、立ち上がると、ダウンベストの内側から取り出した封筒をモモに差し出した。


「はいっ、モモちゃんにもお祝い!」


「えっ、俺に?」


「うん、イチゴがね、年末にちょっとずつお小遣い貯めてたの。モモちゃん、いつもありがとうって思ってたから」


 封筒の中には、手書きの手紙と、ビーズで作った小さな猫のストラップ。

 そして、五百円玉が一枚。


「……うわ、これ、泣くやつ」


 モモは目をしばたたかせながら、イチゴの頭をそっと撫でた。

 

「お兄ちゃん、泣きすぎだよ。正月から涙もろすぎ」


「うるさいな、ユズだって去年泣いてたくせに」


「それは言うなって!」


「え。誕生日? 泣いてたの?いやーん、優しいな、ユズにい」


「ほら、イチゴがオレのことバカにする」


「してないもん。おにいちゃんの、思い過ごしだもんね」


 封筒をモモに差し出したイチゴの横で、キナコが「にゃっ」と鳴いた。

 まるで「よくできました」と褒めているようで、イチゴはちょっと得意げに胸を張る。


 ワラビは膝の上から身を乗り出し、置かれた封筒に鼻を近づけて、くんくんと匂いを嗅いだあと、ストラップにちょいちょいと前足を伸ばした。


「だーめ、これはモモちゃんの!」


 イチゴが大急ぎでストラップを引っ込めると、ワラビは「ちぇっ」とでも言いたげに、ユズの膝に戻って丸くなった。


 ダイフクは、静かに立ち上がると、仏壇の前へと歩いていき、ちょこんと座って一礼するように頭を下げた。

 その姿に、三人とも思わず手を合わせた。

 


 今年も、稲葉家にとって、あたたかくて優しい一年が始まった。

 ユズには湯気の向こうに、お祝いの言葉を言う亡き両親の笑顔が見えた。




 了

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