ぼくだけのものがたり

れなち

EPISODE1

プロローグ

外は静かだった。


それもそのはず。

今の時間は午前三時。

まだ、あまり人は起きてない時間帯なのだ。

私も例外ではなく、いつもなら床で寝てる時間だ。

しかし、今はお昼時のように目が覚めている。


あの一口サイズの飴玉が喉を通る感覚が。

あの肉を裂く音が。

あの手の内から溢れ出してくる液体の感覚が、まだハッキリと残っていた。


それらを思い出すと、途端に気分が悪くなって顔を下に向ける。

顔を畳へと向けると、私の膝の上で眠るお母様が大きく私の視界に映された。


「……お母様。」


赤子を触るように、優しく彼女の頬に指を触れる。

もうあの温かさはなく、金属のように冷たい温度が、指先の神経を通して伝わってくる。


「愛してる。」


お母様から言われた言葉を、同じように返す。

ずっと、ずっと言いたかった言葉。

早く言えば良かった。なんて今更なことだ。



私の家のリビングは古い畳が敷かれており、その中央の畳の隙間に指を滑り込ませれば、軽々と持ち上がっていく。

その下は土を抉られたような空間があり、中には大きい箱が一つだけ置かれていた。

箱を開けると、昔お母様が買い溜めていたパーカーとスカートのセットが、一着だけ残っているのが確認できる。

サイズ少し大きいが、まぁ仕方ないだろう。


箱から取りだした服に着替えようと、今着ている服を脱いでいる最中、玄関の方向から低い声が聞こえてくる。

その声には聞き覚えがあり、私は自然と口角を上げながら声のした方を振り向く。

そこには、黒い髪に大きな布を一枚頭から通しただけの、私より小さな男の子がいた。


「名無し。」


彼の名前を呼べば、その子は口元だけで笑顔を見せる。

ベタベタの髪は鼻までしっかり隠されており、私も十三年ほどの付き合いだが、未だに顔をちゃんと見たことはなかった。

真っ直ぐ私の方に向かって歩いてきた名無しは、私の真横まで来ると、ピタリと足を止めた。


「行くのか?」


彼は口を開けば、ただそれだけ聞いてきた。

私は心を読まれたように思い、少し目を丸くさせる。


「うーん…。もう私がここにいる理由もないし、町の外に行ってみたかったから、丁度いいかなって。」


名無しは頷きもせず、ジッと私を見つめては顔を少しだけ下へ向け「そうか」と、落ち着いた声を零す。

その声がやけに寂しそうな声に感じ、私は名無しの頭に手を乗せた。


「ありがとう、名無し。今まで私の相手をしてくれて。

 友達なんていなかったから、名無しと一緒にいる時間、すごく楽しかった。」

「…別に。自分の姿が見えるのが、ユキしかいなかっただけだから。」


そう。実は名無しは幽霊で、他の人には見えないのだ。

しかし、何故か私だけ名無しが見えている。

彼は潜在的な力…と話していたが、実際はどうなのだろうか。


最後に疑問を抱きながらも着替え終わり、玄関の方へゆっくり歩いて向かう。


「どこに行くとかはあるのか?」


背中から名無しの声を聞くと、私は悩むような唸り声をあげる。

外のことなんて何も知らないから、その質問に答えることは難しかった。

唯一思いついたのは、花畑のある大きな家の隣から行ける山ぐらいだ。


「自然にたくさん触れてみたいな。あの花畑みたいな場所とか探したいし。」

「…まー、随分と呑気なことだな。人を殺したってのに。」


玄関のドアを開ければ、名無しが意地悪でそんな事を言ってくる。

その言葉を聞いて、私はちょっとだけ最低な思考が浮かんでしまった。


「……人殺しかぁ。


 私が人殺しなら、あの人達はどんな呼び方をされるんだろうね。」


私は、何度もあの人達に殺されているのに。

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