人生を淹れるカフェで、あなたは何を注文する?

残間 みゐる

第1話 雨轍

 駅の線路沿いを十分ほど歩くと、音が変わる。

 金属が擦れる高い音から、どこか鈍い、地面に吸われていくような響きに変わる。その境目を越えた先に、川がある。


 川沿いには、細長い道が一本走っている。車一台がようやく通れるほどの幅で、ガードレールの向こうには、水面が静かに流れている。晴れている日でも、ここは少し湿っていて、靴底に残る感触が長い。


 その道の反対側に、店がある。


 古い木の引き戸と、低い軒。喫茶店には珍しい、引き戸。なぜ、引き戸かと言われると、困るが、私は和が好きだということにしておこう。店の名前は「喫茶 雨轍(あまだち)」。雨の日に見れば分かりやすい名前だが、晴れた日には、少し不釣り合いにも見える。


 扉を開けると、コーヒーの匂いが先に出迎える。

 今日はコーヒーの日だ。


 豆を挽く音は、外の線路の音よりも静かで、川の流れよりも規則的だ。湯を落とすと、白い湯気が立ち上がり、店の中にゆっくりと広がっていく。


 この店では、抹茶の日とコーヒーの日を分けている。

 理由を聞かれることもあるが、答えたことはない。決まりだから、というだけで十分だと思っている。


 カウンターは五席。窓際に、二人掛けの席が二つ。

 窓からは川が見える。流れを見るというより、ただ、そこにあるのを確認するための窓だ。


 午前中は、ほとんど客が来ない。

 それでいい。

その間は特に何もすることがないので、無料で楽しく読める、カクヨムというアプリで小説を読んでいる。最近、好きな小説家がいて、その人の小説は本当に引き際がいい。

おっと、こんな話は関係なかったか笑

お客さんが来るのは大体 昼を少し過ぎた頃だ。

引き戸が静かに鳴った。

 入ってきたのは、まだ若い男だった。視線を合わせることなく、窓際の席に座る。


 俺は何も聞かず、コーヒーを一杯出す。

 この店では、それが最初の会話だ。


 男は、しばらく川を眺めてから、カップに口をつけた。

 表情は動かない。ただ、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。


 それを見て、俺は思う。

 今日も、いつも通りだ。


 喫茶 雨轍は、誰かの話が始まる前の場所だ。

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