第三十三話 やよい、千代と“料理の極意”に挑む

🏯『大阪城台所所・やよい記』


第三十三話 やよい、千代と“料理の極意”に挑む——火と味の真髄へ


——これは、わたくし曲直瀬やよいが、

“料理の核心”に初めて触れた日の記である。


---


◆ 千代の呼び出し

その日の朝。

御膳所に入ると、千代が火床の前に立っていた。


「やよいさん。

 今日は特別な稽古をするわ」


やよいは背筋を伸ばした。


「特別な……?」


千代は静かに頷いた。


「料理の“極意”よ。

 火と味の真髄を教える」


御膳所の空気が張りつめた。


お市が小声で言った。


「千代さんが“極意”なんて……

 滅多に言わへんで……」


お澄も呟いた。


「やよい……

 ほんまに選ばれたんやな……」


やよいの胸が震えた。


---


◆ 第一の極意:火は“生き物”

千代は火床の前にやよいを座らせた。


「やよいさん。

 火はね、

 “生き物”なの」


やよいは目を見開いた。


「生き物……?」


千代は薪を一本くべ、

炎の揺れを指さした。


「怒ると赤く、

 泣くと青く、

 迷うと揺れ、

 喜ぶと静かになる」


「火はね、

 料理人の心を映す鏡よ」


やよいは炎を見つめた。


(……ほんまや……

 火が……

 わたしの呼吸に合わせて揺れてる……)


千代は微笑んだ。


「やよいさん。

 あなたは火に好かれてるわ」


---


◆ 第二の極意:味は“体に聞く”

千代は二つの汁物を作り、

やよいに差し出した。


「どちらが“正しい味”か、

 舌やない。

 “体”に聞きなさい」


やよいは一口飲んだ。


(……美味しい……

 でも……

 体が重くなる……)


もう一つを飲む。


(……優しい……

 体が……

 軽くなる……)


「……こっちです。

 体が……

 喜んでます」


千代は目を見開いた。


「やよいさん……

 あなた……

 “医の舌”が育ってるわ」


玄朔が横から言った。


「やよい。

 味は“薬”にもなる。

 おまえはそれを感じ取れる子や」


やよいの胸が熱くなった。


---


◆ 第三の極意:素材は“声を持つ”

千代は野菜や魚を並べた。


「やよいさん。

 素材はね、

 “どう扱ってほしいか”

 声で教えてくれるの」


やよいは大根を手に取った。


(……今日は……

 ゆっくり煮てほしい……

 そんな匂い……)


鯛を触る。


(……火を強くしたらあかん……

 優しく……

 優しく……)


千代は驚いたように言った。


「やよいさん……

 あなた……

 素材の声が聞こえるのね」


やよいは頷いた。


「……なんとなく……

 分かるんです……」


千代は深く息をついた。


「やよいさん。

 あなたは……

 料理の天才よ」


---


◆ 二人で作る“極意の一椀”

千代が火を整え、

やよいが素材を選び、

二人で一つの椀を作った。


火は静かに揺れ、

素材は声を響かせ、

味は体に染みる。


完成したのは——

鯛と大根の薄味仕立て。


千代が一口飲んだ。


「……やよいさん。

 これは……

 “医の料理”よ」


玄朔も頷いた。


「病の者にも、

 産の者にも、

 戦の者にも効く……

 命をつなぐ味や」


やよいの胸が震えた。


(わたし……

 料理で……

命を支えられる……)


千代は静かに言った。


「やよいさん。

 あなたは……

 料理と医術、

 両方の極意を歩ける子よ」


---


◆ 老いたやよいの一行

——あの日、

わたくしは千代殿から

“料理の極意”を授かった。


火は生き物。

味は体に聞く。

素材は声を持つ。


そのすべてが、

わたくしの医術と産科の道を支える

大きな柱となった。


料理と医術。

二つの道が一本に繋がり、

わたくしの中で“命の道”となったのである。

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