はぐれ異世界転生人のスローライフ

やざき わかば

はぐれ異世界転生人のスローライフ

「大神官様! ついに異世界人を召喚できました!」


 俺が眼を覚ましたとき、異様な光景が広がっていた。暗く冷たい石造りの舞台のようなところ、そこに描かれた魔法陣のようなものの中心にいたのだ。


 そして俺の周囲を取り囲む、妙な衣装を身にまとった妙な連中。乾いた喉で、やっと声を絞り出す。


「俺はなんで、こんなところにいるんだ」


 怪しい連中が答える。

「私たちが、勇者殿を召喚させていただきました」

「異世界人は、不思議なチカラを使うとの伝説があります。さぁ、我が世界を脅かしている魔王と魔王軍を、あなたのチカラで打ち倒してください! 勇者よ!」


 この人たちは、初対面の人間に対して一体何を言っているのだろう?


「いや、ちょっと待ってくださいね? それって俺、ひとりで?」

「もちろんです。だから勇者なんですよ」


 言葉は通じているはずなのに、話が通じていない。


「いや、無理でしょ。今の自分の状況ですら理解出来ていないし、そもそも俺はケンカ自体、一度もしたことないんだから」

「大丈夫です。あなたは異世界人ですから。今までもそういう伝説や話は、たくさん生まれてきました。あなたも英雄になれます。さぁ」


 ダメだこの人たち。そもそも眼が怖い。


 俺の住んでいた現代日本。今や一億総異世界転生のような時代で、猫も杓子も異世界転生な状態だ。だからこそ、この人々も俺に期待するのだろう。


 だが、何も出来ず、異世界にも馴染めず、ゴミのように捨てられた異世界人も、話題にならないだけで多く存在するに違いないし、俺のように怯えまくって、逃げ出すやつも多かったはずだ。


 そう。俺は逃げたのだ。一目散に。


「勇者様が逃げたぞ」

「追え、捕らえろ。絶対に逃がすな」


 追手の追求は、日に日に激しくなっていく。何故か俺は、犯罪者の扱いになっていた。絶対に投降はしたくない。捕まったら捕まったで、どうせろくでもないことになるに違いない。


 雑草を食べ、泥水をすすり、三日三晩森の中を彷徨った俺は、ひとつの小さな村にたどり着いた。


 しめた。ここで飲水と食料を拝借していこう。泥棒は悪いことだが、背に腹は代えられない。俺はこそこそと、ある一軒家の裏に回り込んだ。


「なにやってるんだお前、こんなところで」


 しまった。見つかってしまった。ゆっくりと後ろを振り向く。ひとりの男が不思議そうにこちらを見ている。


「み、見逃してくれ。捕まったら殺される」

「何を言ってるんだ。見たところ、お前も異世界人…現代人か。そうだろ。俺もそうなんだ。ここは、落ち延びた現代人たちが隠れて暮らす村だ」


 驚いた。こんな隠れ里があったとは。ここに住んでいる現代人たちは、何らかの理由で逃げ出したり、権力から追われたりと、俺と同じ訳ありの人々ばかりであった。


 おかげで皆、こころよく俺を迎え入れてくれ、そして俺も、すんなりと仲間の輪に入れた。文明や豊かとは程遠いが、穏やかに流れる空気に柔らかな暮らし。不自由はあるが、不満のない生活がここにはあった。


 しばらく暮らしていたが、俺と似たような現代人がけっこうな頻度でこの村を訪れ、ここに腰を落ち着けることがわかった。


 やっぱり人間、いきなり見知らぬところへ連れてこられて、見知らぬ人から「たたかえー」と言われても、従えるはずがないのだ。


 村は順調に人口を伸ばす。人間が集まると、今まで少人数でまわしてきた仕事に余裕が出来る。余裕が出来ると、他のことにとりかかる人間が出てくる。


 現代で地質学を学んできた者。化学を嗜んでいた者。歴史好きな者。数学が得意な者。元警察、元自衛官、元消防士、元建築士、元鍛冶職人、元大工、本当に様々である。


 鉱山を見つけ採掘を行い、手に入れた鉱石で、様々なものを作り出す。我々が奪われていた『当たり前』が、長い年月を経てやっと、戻ってきたのだ。


 専門的な知識のない人々は、長けている者を手伝うことで、知識や技術を受け継いでいく。結婚し、子を成し、そしてその子がまた結婚して子孫を紡ぐ。


 様々なものが完成していく。火薬、炭、コンクリート、広大な畑に水田、農業器具。粗末な木のあばら家から、木造、レンガ造、コンクリート造、鉄筋コンクリート造の建物。


 『現代人の村』は村から町、町から都市へと規模を拡大していく。それからさらに何十年後。いつの間にか、元いた世界と変わらない、現代文明国家が出来上がっていた。


 現代人は異世界諸国へ侵攻。魔法やスキルといった不思議なチカラを持っているとはいえ、最新鋭の兵器を持ち、最新鋭の戦闘技術を持つ我々現代人の軍隊には勝てず、ついには魔王国まで平らげ、世界を統一した。


 それからさらに数十年。亜人や獣人、魔族といった人々も、すっかり現代文明の住民になっていた。混血が進み、血は薄れているとはいえ、その面影は残っている。頭に耳がある者。尻尾が生えている者など。


 統一されたころは『現代人の村』にならい日本語が公用語だったが、年代を重ねるにつれ、日本語が独自の言語、文字へと変化し、それが共通語となっていった。


 さて、最近なりを潜めていた『異世界人』だが、このところ、また増えてきているようである。どうやら空間に穴が空き、それに吸い込まれてしまう人々が増えてきているようなのだ。


 昔のような、『無理やりな召喚などによる誘拐』とは違う。


 世界政府はこれを鑑み、迷い込んできた『異世界人』を無事に元の世界へ送り返す部署を設立した。ただし、あくまでも平和裏な組織であるため、制服はなんの変哲もない作業服で統一する。威圧感を与えないためである。


 彼らのおかげで、こちらの世界に迷い込んできた『異世界人』を、無事に元の世界へと帰してあげられるようになった。


 異世界転生など、やっぱりないほうが良い。人は、生まれてきた世界で、生を全うすることが一番なのだ。


 …………


 ところかわって、ここは現代。


「異次元に迷い込む話が、今ネットでウワサになってるんだよ」

「知ってる。きさらぎ駅とかでしょ。看板には変な字が書かれてて、人みたいな人じゃない変なのがいるとか。ヴォイニッチとか」

「でも、そこから元の世界に戻してくれる作業服の人がいるんだって。ネットではその人、『時空のおっさん』って呼ばれてるらしいよ」

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