第2章  Learning Without Lessons ~教えなき学び~

第6話 Rose turned Fifteen ~15歳~

 ロゼッタ・スカイは、半分埋もれたコンテナの角に立っていた。

 背中は預けず、影の中に収まる位置を選んでいる。

 片足に体重を乗せ、もう一方は地面に軽く触れさせたまま、奥を見ている。


 正面以外に進める方向はなかった。

 崩れかけた外壁とコンテナが視界を遮り、通りの様子は分からない。


 血のように赤い髪は硬く、砂に擦れて傷んでいる。

 くすんだ色のジャケットに動きやすいパンツ、足元はブーツ。

 首元には砂避けのスカーフが巻かれていた。


 ミハエル・アルトマンは、ロゼの二歩前に立っている。

 壁から半歩離れた位置で、身体は奥を向いたままだった。


 短い黒髪は整えられておらず、顔に表情はない。

 骨太だが大柄ではなく、気配は完全に遮断している。

 色あせたロングコートの下には実用的な装備を着込み、手には古い手袋。


 右手に持った銃口が、袋小路の奥を向く。


 コルト・アナコンダ。

 44口径のダブルアクションリボルバー。


 標的はまだ見えない。

 足音だけが近づいてきていた。


 ロゼが小さく口を開く。


「一人?」


 アルは視線を動かさずに答える。


「確認中だ」


 ロゼはそれ以上聞かない。

 代わりに、足音の間隔と重さを聞き分ける。


 一人分。

 武装は軽い。


 足音が止まり、影が壁に映る。

 男が一歩、袋小路に足を踏み入れた。


 その瞬間、アルの腕が動いた。


 引き金が引かれる。

 ドン、と低い破裂音が鳴った。

 直後に、乾いた音が一度だけ響く。


 反動を受けた銃身がわずかに跳ね上がり、すぐに元の位置へ戻る。

 弾は標的の上半身に当たった。

 男は声を出さず、その場に崩れる。


 アルは二発目を撃たない。

 銃口を下げず、数秒待つ。


 動きはない。


 ロゼが言う。


「終わった?」


「まだだ」


 アルは距離を詰めず、視線だけで標的を追う。


 数秒後、男の指が動いた。

 地面を掻くような動き。


 アルは迷わず、二発目を撃ち込んだ。

 今度は確実に止まった。


 音が消える。


 アルはそのまま数秒、銃口を向け続ける。

 安全を確認してから、ゆっくりと腕を下ろした。


「行け」


 ロゼは即座に動く。

 足音を立てずに近づく。


 倒れている男の脇にしゃがみ込み、胸元と腰を確認する。

 武器はない。

 通信機器も見当たらない。


「単独。通信機もない」


「ブツを回収しろ」


 ロゼは男のポケットから小さな金属ケースを取り出した。

 中身を確認し、蓋を閉じる。

 中には、記録用のチップが一枚入っていた。


 アルは周囲を見ている。

 ロゼが作業を終えるまで、位置を変えない。


「終わった」


 ロゼが言う。


 アルは頷かない。

 代わりに、リボルバーのシリンダーを開き、残弾を確認する。

 問題はない。


 二人は同時に動き出す。

 ロゼは先に路地を出て、周囲を確認する。

 アルは少し遅れて続く。


 車はすぐ近くに停めてあった。

 ロゼが運転席に回る。


「運転、私?」


「お前がしろ」


「はいはい」


 ロゼは鍵を回し、エンジンをかける。

 低く濁った回転音が、一定の強さで続く。


 車は袋小路を抜け、そのまま走り去った。

 バックミラーに、袋小路は映らない。


 アルは助手席で何も言わない。


 ロゼッタ・スカイ、十五歳。



(つづく)

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