第55話
朝の魔王城は、静かだ。
骨たちが廊下を磨き、
カタカタと規則正しい音が響く。
それは、いつもと同じ――
のはずなのに。
「……おはよう」
リリアが声をかけると、
少し遅れて、シオンが振り向いた。
「……おはよう」
目は合う。
でも、
その一瞬で、視線が逸れた。
(……やっぱり、前と違う)
胸の奥が、ちくりとする。
十三歳になってから、
二人は同じ場所にいても、
ほんの少し、距離ができた。
歩く速度。
並ぶ位置。
息遣い。
全部が、微妙にずれている。
「今日は……修行?」
リリアが尋ねる。
彼女の声は、前より少し落ち着いた。
話し方も、柔らかくなっている。
「うん」
短い返事。
シオンは、いつもより慎重に言葉を選んでいる。
(……触れたら、また何か起きるかもしれない)
そんな不安が、顔に出ていた。
「私は、基礎魔法」
リリアは笑う。
「最近は、制御の練習ばっかり」
以前なら、
無意識に溢れていた魔力。
今は、きちんと抑え、
“必要な分だけ”を扱う修行をしている。
「……すごいな」
ぽつり、と。
その言葉に、
リリアは一瞬、言葉を失った。
(……前は、そんな言い方しなかった)
「……普通だよ」
少し照れて、そう返す。
二人の間に、沈黙が落ちる。
その沈黙を――
破ったのは、視線だった。
城の高い位置。
玉座の間へ続く回廊。
そこから、
“見られている”。
(……いる)
シオンは、背中が冷たくなるのを感じた。
魔王。
姿は見えなくても、
あの圧だけは、はっきり分かる。
(……完全に、監視されてるな)
リリアは、気づいていない。
いや、
気づいているけれど、
気にしないようにしている。
「お父様、今日も忙しそう」
リリアは、のんきに言った。
――違う。
忙しいのではない。
“見張っている”。
(……俺が、危険だから)
シオンは、唇を噛んだ。
昼。
食堂。
骨たちが、丁寧に配膳する。
「お嬢様、本日のスープは――」
「ありがとう、みんな」
リリアは、自然に微笑む。
その仕草が、
以前より、ずっと洗練されていた。
(……綺麗になったな)
思ってしまってから、
慌てて目を逸らす。
(……だめだ)
(考えるな)
「……どうしたの?」
リリアが、不思議そうに首をかしげる。
「いや……」
言葉に詰まる。
(……言えるわけない)
(“好き”なんて)
(この城で、
あの魔王の前で)
そのとき。
「――シオン・アルテミス」
低く、響く声。
一瞬で、空気が凍る。
振り向くと、
そこに魔王が立っていた。
威圧感。
「……はい」
反射的に、背筋が伸びる。
魔王は、じっとシオンを見る。
評価するように。
測るように。
「……距離が近い」
「え?」
リリアが、きょとんとする。
「修行前だ。
無駄に消耗するな」
完全に、言いがかりだった。
「……は、はい」
シオンは、何も言えない。
(……やっぱり、嫌われてる)
魔王は、満足したのか、
踵を返す。
去り際。
ほんの一瞬だけ、
リリアを見る目が、柔らかくなった。
(……ずるい)
シオンは思う。
守られている。
愛されている。
それが、羨ましくて。
でも同時に。
(……奪う気なんて、ない)
(ただ、そばにいたいだけだ)
食堂に、再び静けさが戻る。
リリアは、スプーンを置き、
小さく言った。
「……ね」
「うん?」
「今日は、一緒に散歩しよ」
シオンは、一瞬迷ってから――
小さく、頷いた。
(……拒めない)
(拒みたくない)
近いのに、触れられない。
でも。
確かに、
同じ時間を生きている。
魔力量測定で「無才能」と判断され捨てられた少女、魔王の養女になったので王国は詰みました 夜光めん @Alev_nen
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