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第一部 プリン星・都市

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プロローグ

 

 僕がふと目を覚ますと、そこは、仄暗いコンピュータールームのような場所だった。

僕は知らぬ間に簡易的な寝台にノせられていて、そんな僕のことを覗き込む男が一人、いた。

以下は僕と彼の会話記録である。 今となってはもう僕とあいつは知り合いだシ、はるか昔から知り合いだった。

念の為またインポートに失敗した時のため、ここに記録を記しておこうと思ウヨ。


▷会話記録開始


おはよう。目が覚めたかい。 うん?どうしたの?そんなポカンとした顔をして。

自分のことはわかるかい?

僕が誰だか知っているかい?

この世界について、システムや単語や…何か覚えているかい?

…ああ、やっぱりうまくデータが引き継げてないみたいだね。

ええと、こういう時は……。


ひとまず、こんにちは。僕は××××。このウニバースを観察している者だよ。とくにさまざまな人間の可能性にとても興味を惹かれてる。君は僕の助手で、同じくウニバースの研究者、×××で……

て、おっと。まず君は、「うにばーす」について知る必要があるんだったね。


ウニバースは、僕たちがかつて生まれ、暮らし、そして今観測している宇宙の呼称だ。この世界には、生命の存在する宇宙がいくつもある。そのうちの一つだよ。 

___え? ここはウニバースなのかって? 

うーん……。そうともいえる。でも、ちょっと説明が難しいなあ。後回しにしてもいいよね。

かわりに、他に君の知りたいことを一つ教えてあげる。どんなことが知りたい?


………………えっ、僕たちの暮らしているウニバースについて、知りたい?

結構ケースによって違うんだけどね…。まあ、それじゃあ、これから君に解析してほしいデータがちょうどあるから、そこでの話をしていこうか。これは、僕らが暮らした唯一の起源についての話だ。


 起源のウニバース……つまり、管理番号U_0は、一つの宇宙だった。その中のとある銀河のさらに端っこ、そのさらにはじの太陽系の2つの星に、僕らウチュウジンは文明を形成して暮らしていた。アシナガセイと、プリンセイにね。他にもひとの暮らせる星はいくつもあるけど、戦争や災害で人類が絶滅したり、著しく減ったりした星もザラにあった。星々は星間高速道路や星間列車で繋がっていて、僕らは互いに影響を及ぼしながら暮らしていた。


今から君に渡すデータはその頃の日々のアーカイブで、もう二度とないものへの追憶でもあるのだろう。

僕には、そういうのはあまり理解できないけれど…君が時折感じる、と言っていたなにかは、それに由来するのだろうね。

ところで君、こう感じたことはないかい?

「あの日あの瞬間__彼の人は何を思っていたんだろう………。」ってね。

僕ももう少しだけ猶予があれば、彼女とわかりあうことができたんだろうかね。


君の言う通りなら、僕にはたぶん、わからないけど。


▷会話記録終了




第一部 Moratorium

 底冷えのする初冬の夕方だった。私のもとに、ぴんと張った黒いジャケットの人たちがやってきた。その人たちは、セラミックスでできたかのような灰色の表情で、操り人形みたいに事務的な言葉を並べて、ドアの向こうに行ってしまった。

「ベロニカ=エリオットさま。あなたに天使殺害の容疑がかかっています。この日曜までに必ず、当局の方までおいでください。法の効力の範囲内で、あなたを拘束します。」

彼らは私の言うことには何も興味がないみたいだった。小さい防水紙だけが、くしゃくしゃになって私の手のなかにあった。暗い曇天。雨が降り始めていた。

悲しいことと嬉しいことは順番にやってくると言うけれど、上げて落とすのは反則だと思う。

夕飯の時そう言ったら、ママは一言「ごめんね。」と言った。


 あまりにも唐突の出来事に、昨日はなんだかよく眠れなくて、今日は早く起きてしまったみたいだ。まだ白昼の色からは程遠い群青色の影が、カーテンをゆらゆら揺らしている。パジャマのままで部屋の外に出る。気分が良くない時は、なんとなくココアを飲もう。いつもそうしているから。なんだか、そうでもしないと、いつまでもこの浮遊感をとり除くことはできないような気がした。ガスの通っていないキッチンまで来てパチン、と明かりをつけると、すぐそば、リビングの真ん中で何かが飛び跳ねた。

「あっ、おはよう、嬢ちゃん。」 

その影が見知った人のものだとわかって、私はそっと胸を撫で下ろした。

「あ、おはよ、百鳥。こんなところで寝てたの?まさか昨日の夜から?」

「ああ…。」

百鳥は目を伏せて口ごもる。

「何かやましいことでもしてたの?冷蔵庫開けてもいい?」

「ああいや、決して夜食を食べてそのまま寝たのではなくてだな…。その、昨日の話を奥さんから聴いて、それで少し考え事をしてただけだ。その間にちょっと、小腹が空いて…」

ふとゴミ箱を覗くと、プラカップのオレンジ色が目に鮮やかだった。

「ああほらやっぱり! 1人でこんな美味しそうなプリン食べてたんだ!」

「ちが!……あーくそ、ばれたか。 嬢ちゃんの分もあるから、好きに食べなさい。」

「わあーい、いいのいいの!?!? じゃあ一緒に食べよ!お茶入れて!一緒に食べよ!」さっきの話の続きが聞きたくて、すこしせがんでみる。

「いいけどよ。 真面目な話もきちんとするからな。あと、着替えてこい。そんな格好で出てきて。おまえ、もうすぐ大人になるんだから、しっかりしろ。」

「はあい! ごめんなさーい。」

お部屋に戻る時、こっそりと後ろを振り返ってみた。 百鳥はいつもの仏頂面のままで、なんだか安心した。


お茶を飲みながら、昨日家に突然押しかけてきた人たちのことを話した。

 「…つまりまとめると、お前は天使殺害の嫌疑をかけられていて、今日の正午までに出頭しなければいけない、という旨をプリン星当局から伝えられたと。そこの認識は合ってるのか?」

私がうん、と相槌を打つと、百鳥はさらに話を続けた。とてもとても長い話だった。

百鳥がいうには、昨日未明、天使が死んだ_正確には、死亡に近い痕跡を残していたらしい。そのことを踏まえると、あの人たちは当局の人間とはいっても、エリオット邸の依頼を受けた政府関係者のようだ。「あいつらにしちゃあ、お前がのこのこと取り調べにきてくれば、あいつらの無能さを露呈させなくて済む。天使が失踪したのに、なにひとつ突き止めることができない、ということをな。要するに、お前に届いたその重々しい書類は、所詮パブリックへのパフォーマンスでしかないのさ。」

百鳥は、眠そうな仏頂面を維持したまま、そう言った。

 その日は、日が高く上るよりも早く学校に行かなきゃいけなかったから、私はそこで彼の話を打ち切ってしまったけれど。

次の日、また次の日。木曜、金曜、土曜…。

やっぱり気になる。いつもは夢中で聞いてしまう、美術の授業が頭に入らないくらいには、私の頭の中では、あの不躾な局員のことやエリオットのことが渦巻いていた。事件のあと、局員が私に告げたこと。百鳥の言葉。

エリオット家の血を引いていればそれは、天使殺害犯行動機としてでっち上げるには、事足りるということなんだろうか。

悶々と渦巻く不安は、それだけではない。

なんだか、今まで一歳不和のなかった同級生たちが私と距離を置くようになってしまったことも、私を大いに悩ませている。

昨日だって、エリーは私にこういったもん。

「えっと、私はベルは何にもしてないって信じてるから。……だから、ファイト! んじゃ、あたしはこれで!」

反応からして、おそらく彼等も知っているのだろう。

マスコミが報道する「仮の容疑者」は、みんなエリオットの内部の人間であると。

私も私の出自については知らなかったんだから、隠していたわけではないけど、

隣に、突然エリオット一族に「なった」子がいて、しかも天使失踪の容疑者かもしれないなんて…。

どんな理由があれ、私が何か「やらかした」んじゃないかという噂を流す人もいるみたいだ。

たとえこれは、エリオット財閥の手で私の無実が保障されたとしてもつづくことなんだろう。

私の大事な日常は、いつになったら戻ってくるんだろう。もしかしたらずっと、この息のつまる生活が続くのかもしれない!

居ても立っても居られない。

なんとかして、みんなの信頼を回復しないと。でも、どうやって……?

私の中には、更なる大きな渦がぐるぐると巻いていた。


 「まあ、なんにせよエリオット財閥内部ではまだ天使の所在や安否について何一つわかってないってことだ。ただ放っておけばまた面倒なことになる。それをそのままにしておけないから、嫌疑をかけられそうな人間を片っ端から集めているって感じだな。」

金曜の午後。スクールバスの迎えに来てくれた百鳥と、帰り道で話す。

「どうして、エリオット財閥は天使の安否を把握してないの?だって、トップでしょ?天使といえば、財閥の。」

「そうだ。だが、天使はヒトとは曖昧に、ではあるが、異なる生命だからな。そのうえ天使自身にも理解できない理がある。」

百鳥はため息をついた。

「だからってどうして私が出頭しないといけないの?おかしいじゃん、そんなの。」

学校でだって、道端にいたって、みんなの視線が痛い。わたしは何一つ変わっていないのに。

「そうした方が合理的だからだ。お前が多少他人に誤解されたとしても、それでお前が傷つこうとも_エリオット財閥が無事なら世界はいつも通りだ。」

納得ができない。私は、たった昨日まで、自分がエリオット一族であることすら知らされていなかった。なのに、勝手に財閥の駒にされて、よくわからない生き物について「証明」しないと、みんなからの疑いがはれないなんて。嫌いだ。こんなことが許されるなんて、やっぱり嫌だ!

「やっぱり嫌だ。 私は何にもしてないし、ずっと何にも知らなかったんだもん。まるで最初から私に「その気」が合ったように誰かに思われたくはないの。_私の、プライドにかけてね!」 

百鳥がふっと笑った。時々彼が見せる、羨望と侮蔑のどろどろになった顔。

「まあ、おまえが今まで不自由なく暮らしてきたのは、半分はエリオット邸の_天使の意向があってのことだったからなあ。逃げ切ることはできないんだろう。」 

百鳥は吐き捨てるように言った。

彼の、荊のような底なしの目。

私たちはケージに入れられて、鉛色の固形物を餌に飼われているらしい。

繰り返しの配列。

サレンダーになるのは嫌い。

一方的に、星座に決められたような型紙通りの私は、気に食わないの。

私は唇を噛み締めた。

もう私を止めることはできないよ。だれに、というでもなく、ただそう言ってやりたい気分だった。

「じゃあ、こういうのはどうなの?」

「どういうのだ?」

「私の手で、私の潔白と天使の居所を突き止める。何日かかったとしても、きにしない。いつかこの都市に、たくさんの幸福を連れて凱旋にくるまで諦めないってのはどう?」 

緋色と黄金と深い森色の素敵なパレード。なのに、百鳥の顔がさらに翳る。

「どうしてそんなに暗い顔になっちゃたの? そんなに、難しいことなの?百鳥。ねえ、おねがーい、あとでパフェ奢ってあげるから!」

「……いいや、反対はしないよ。お前は今は女王様だからね。…それに、誰かがこのヴェールのかかった悪意を暴いてくれれば何よりも助けになるはずだ。 ただ、ただ_。」百鳥は言葉を切って、立ち上がった。

「…いいよ、お嬢のためだから。お嬢にその気があるなら、今日の正午にエリオット邸に行く。そこでいくつか交渉して、許可が降りれば俺たちで、今回の真相を暴くんだ。どうだ?成功しようがしまいが、試す価値はある。」

花紙が夏の空気を巻き上げる。この目に映るすべてが、私を都市の無彩色からすくい出してくれるように思えた。

「え…! ありがとう、百鳥! すぐ出られるように準備してくる!」 私は2階に駆け上がった。

階段のポールが、滑る私の手を掬い上げてくれたようだった。


エリオット邸前の一本道。

「コンニチハ。」声をかけてきたのは、長く輝く、金とも銀ともいえない色の髪の子だった。

正午近く、太陽が高く登っている。

「あんた、何してんの?」

銀髪の子の隣で、三つ編みの子が声を上げた。それはこちらのセリフだ。だって、そもそも部外者立ち入り禁止のエリオット邸に、明らかにそれらしからぬ少女2人が平然と居座っている。異様な光景だ。

しかもそのうちの片方は、通りかかる全ての人に布教活動をしているようだった。

「なんにもしてないよう?ただ、僕たちとおんなじ考えを持っていそうなコチラのオジョウサンをかいじゅ…いや、お友達になれないかと思っただけだヨウ。」銀髪の子がこたえた。

「懐柔?」百鳥がぴくりと眉を顰める。だというのに、その子は一点も視線を逸らさず、ただ私を見据えて言った。

「突然だけど、君、この事件のシンソウを自らの目で確かめてみたいとおもわない? 僕たちの手で。君はきっと、そのためにここにきたんだろう?」

少女はずっと私をみている。観察していると言ってもいいかもしれない。だんだん、その目が自分の鏡のように思えるほどの時間がたった。

「ああ…私、全く同じことを考えてたの。」

不意に言葉が口をついて出た。百鳥が驚いてこちらに振り向く。

「やったあ。僕、実はさっきもみんなにおんなじように言ってまわってたんだけど、誰もみんな僕らを知らんふりしていくから、どうしようかと思っていたとこだったんだヨ。」

銀髪の女の子は目を細めた。

「よろしくネ。僕はシオン。ただの司祭ダヨ。エリオット財閥の援助で、人々にホドコシを与える仕事をしてた。あの天使様は天使になるまでは寛容でジヒ深かったからね。たくさん助けられたヨウ。」

「ちょっとあんた、こんな状況でそんなことを言ったら、容疑者にされるわよ!全く…。 はあ、この子ちょっと変わってるけど、別に悪い子じゃないから安心して。私はタテハ。まあ…職業は聞かないで。」

少女たちは自己紹介の仕方について小さな喧嘩をした後、こちらに向き直った。

「じゃあ、君は僕たちに協力してくれるってことでキマリネ!」

喧嘩の後で息巻いているシオンに気押されて、私は衝動的に頷いた。それで胸の支えが取れたみたいで、色々なことが頭に思い浮かんだ。

さあ、まずは、事件の詳細を知るために治安管理局まで行かなければいけない。

 その後、百鳥が私の代わりにエリオット邸の人と話をつけてきてくれたので、そのあとは順調に準備が進んだ。

話によれば、財閥の人たちは私たちに調査の端っこを任せてくれるみたいだ。やっぱり百鳥と私の予想通り、エリオット邸は天使の居場所も、事件の犯人もまったく突き止められていない。さすがに援助とまでは行かなくても、許可が降りただけまだ幸運だ。私たちは早速百鳥の車に乗り込んで、治安管理局まで向かうことにした。



 治安維持局の前は、警察車両でいっぱいだった。たくさんの車が次々にクラクションを鳴らして、苛立ちをあらわにしているけれど、パトカーはぴくりとも動かなかった。

「仕方ないネ。降りて、歩いて行くしかないみたいダヨ。」 シオンが頭を車の窓から出して、言った。

「どう?先の方は空いてたりしない?」

「だめだネ。これじゃあ、いくらたっても治安管理局につかないヨ。事件の『ハンニン』が仮にいたとして、ソイツが治安管理局を停止させることを考えてるカノウセイもあるネ。」百鳥が頷く。

あまり考えたくないけど、私も大体同じことを思っていた。

「ふん。なら、いい抜け道を知ってるわ。治安維持局の搬送口まで行くルート。そっちなら、これだけ混乱してても動いてるはずよ。」タテハが言う。

でも結局、その搬送口には黄色いテープが引いてあったし、侵入を試みたところを職員さんに見つかって、追い返されてしまった。

「幸先が悪いわねえ。クソ………。」 タテハは苛立ちを隠さないでそう言った。

「ワア。タテハチャン怖いね。」

「はあ?イライラすんのよ、こういう後手に回ってる時って。だって事件の犯人は、何らかの手段でこの混乱を引き起こしてるんでしょ?」

「うーん。そもそも犯人がいるならね。そもそもこんな大きな事件が起きて、混乱しないわけないもん。

新しい天使のおかげで、やっと30年前の先代天使の清算ができたばかりだったのに、ここにきてこれじゃ。」

結局、なにもわからない失意のままに、私たちは車に戻ってきた。もうここに来てから2、3時間はたっていはずなのに、渋滞の中で道端に止めてあった車の数も、色ですら全く変わらないままだった。ならば、ここにいても埒が開かない。

みんなで話し合った結果、一度私の家に帰って作戦会議をすることになった。


 「あら、財閥の方で何もなかったみたいで安心したわ。帰ってきてすぐで悪いけど、ロジャーさんがきてるわよ。」

「え………? まじで?てか、なんで? ママ……。」

「ええ。あなたを心配してきてくれたみたいね。まあ、そうよねえ。あなたみたいな_こんなに、ああエリオットだ、ってわかりやすい容姿は珍しいから、それでね。」

ママ曰く、ロジャーは私がエリオット家の人間だって、私がそのことを知るずいぶん前から知っていたらしい。

知っていたというよりも、予想していた、という方が正確か。それでも、私が知らない様子だから、ロジャーもママも、そのことは二人して私には秘密にしていたらしい。

「そちらはお友達? こんにちは。 ベロニカの母です。」

「というか、もう! あなたねえ、何度も言ってるけど、お友達をお家に呼ぶときは必ず前の日までに言ってって言ってるでしょ!」

「ごめんなさーい。」だって今日知り合ったばかりの友達なんだもん。仕方ないよね。

その言葉をのみこんで、私はダイニングまで一直線に向かった。

 斜めに金色の夕陽が差し込む食卓には、誰かがお茶を飲んだ形跡だけが綺麗に残っていた。

私の後に続いて家に入ってきたタテハとシオンは、ママに捕まって、(半強制的に)お菓子を食べさせられることになったらしい。

みんなを座らせたあと、ママは私と百鳥に指示を出した。

「ほらあなたも突っ立ってないで。 ロジャーさんの姿が見当たらないから、探してきてちょうだい! 百鳥さん、あなたはイチゴのヘタをとっておいてくださいね。 ベロニカ、お茶が入っちゃうわよ!早くなさい!」

お茶に口をつける暇もないまま、私はママに追い出された。

だからお茶が入る前に彼を見つけようと思っていたのに、家のどこを探しても、ロジャーは見当たらなかった。

もう残るは家の後ろに広がる庭しかない、そう思って2階の窓から外を覗いてみる。案の定、揺れる草と藍色の木陰の間に、チラチラと暗闇が見える。

「ロジャーっ!またひとりでふらふら外に出ちゃったんだ!もう!」

私はバルコニーのドアを開けて、そのまま下に飛び降りた。

バルコニーの下の地面は、百鳥が用意している自家製の腐葉土でふかふかだった。まあ、私が落ちた衝撃で、腐葉土に被せられていた麻布は盛大にひっくり返ったし、土はばらまかれたわけだけれども。香ばしい香りの麻布の中から現れた(ように見える)私は、驚いてこちらを凝視している人にウインクして立ち上がった。

「…ベル」

「なあに?」

「斬新な登場だね。」

「ロジャーの方こそ、斬新だとおもうよ?すぐいなくなるその癖。」

ロジャーはゆっくりと首を横に振った。

「そうでもないよ。 時々失踪したところで、誰もきにしないでしょ。」

「いやいや、実際問題気にしてるの。探しにきてるの。お茶が入るから、早くきてってママが言ってた。」

「そう。」ロジャーは足元の変な草に目を落として、座り込んでしまった。

「だーかーらー きてってばー!」声を張り上げても、腕を引いても彼はびくともしない。

私が身も心も疲れてへとへとになった頃、ロジャーはようやく立ち上がった。

まったく…!

普段から何を考えているかわからないし、感性も独特なやつだな、私のボーイフレンドは。

「うん。君のいう通り行こうか。」 だから言ったじゃん、そう言ってやろうとしたが、唐突に口を塞がれた。

心臓がばくばく言っている。

「…………。」ほんとうに、普段はとことんおかしい、まさに変人なのに、こいつ__。軽率に堕としにくるなよ!

「んふふ。」気が済んだのか、少し長めのキスの後に、ロジャーはいつものとろーんとした目で、私を模倣するように、なんとなく笑った。

 食卓に戻った時には、シオンたちは2杯目のお茶に取り掛かっていた。ママは気を遣ってくれたんだろうか、姿はどこにもなかった。

「おかえりー。」タテハはすっかりくつろいだ様子で、クッキーを口に運んだ。ティーカップから白い湯気がかすかに立ち上る。ふんわりとあたたかい光の灯った静かな世界_も束の間のことだった。

ティーカップを取り落としそうな勢いで、シオンが飛び上がって叫んだ。

「君は…!! 君、まさか_!!」

昼間には閉じてしまいそうなくらいだった目が、今ではまん丸に見開かれている。

その瞳は、まっすぐロジャーをみていた。

「……知り合い?」シオンのあまりの剣幕に、私たち_私と、タテハと百鳥は、言葉を忘れてしまった。

シオンははっと我に帰って、また静かに椅子に座った。

「知り合いというかあ……。 知り合いの、家族?じゃないかと思ったんだヨ。」しどろもどろになりながら、シオンは答えた。

「君は_オトウト君だね?」 

シオンの目が、銀色の髪の隙間からロジャーを拘束するように覗いている。それまでその場を漂っていたシオンのダウナーな空気が、とても踏み入ることはできない、極冬の風に変わり、暖かなランタンのみを残した食卓を切り裂く。

「___ハカセを知っているかい?」

「博士とは、アシナガミリタリーベースの『天才』__ロズ=エイデリア栄誉研究員のことかな? 少なくともフォーマルには、そう呼ばれているね。」ロジャーが淡々と答える。

「________。_不仲なのかい?」

「そうかもしれないね。僕はほとんど会いにゆかないから。兄さんのアドレスすらうろ覚えなくらいだ。今はアシナガ星の方には居ないらしいけど…。まあ、兄さんはしょっちゅう僕に会いにきたがるけどね。そんなおせっかい、いらないのに。」

シオンはふん、と鼻を鳴らした。

「ああそう。 ま、いいよ。君たち兄弟の間にフカヒレするつもりはないからね。ソレナラ安心だ。どうもありがとう。」

「フカイリの間違いだと思うけども、まあ、どういたしまして。」

ロジャーは礼儀正しくお辞儀した。

話は終わったみたいだった。2人はそれぞれ椅子になおって、すっかり冷めたお茶に口をつけた。


 タテハとシオンは帰っていった。百鳥も部屋に戻って、私とロジャーは、2人きりになって顔を見合わせた。

「なんだったの、今日のアレ。」

「ちょっとした勘違い。」ロジャーの答えは言葉足らずでいた。

「ちがうの、そういうことを聞いてるんじゃなくて。」

「彼女はね、ベル。 この宇宙のずっと_あの星のあたりからやってきたんだよ。」空に上った星を差してロジャーはいう。

「あそこから、アシナガセイを辿ってここまで逃げてきた。僕たちには何も関係ない。いつかこの空に登る太陽の歯車になるんだ。ただそれだけなの。」

抽象的な話をしているのに、こういう時のロジャーはとても幼く見える。彼の、そういうところが好きだ。

窓の向こうを眺めるロジャーのほっぺにキスをする。

「どうしたの?」ロジャーがこちらを向き直る。

「ううん。さっきのシカエシ。」思わずにやけてしまった。さっきは色々と、恥ずかしいことをしてしまった。

「うん。そう。」ロジャーは一言だけ返して、カーテンを閉めた。

ベッドランプの黄色い灯だけがぼんやりと私たちを照らしていた。


 次の日、目を覚ますともう日は空高くまで昇っていた。ロジャーはいつの間にか消えていた。

ママに聞いても、「あら、昨日あなたが寝ちゃったから話す暇もなく帰っていっちゃたわよ。かわいそうね。ま、寝たかったんだからしょうがないか!」という程度のことしかわからなかった。

ママにとても話せることではなくて、若干冷や汗をかきながらその話を聞いていたから、とにかく何もなくて安心した。

「そ、そうだよね! あはは、ほんとに悪いことしちゃったあ!!」よし、この話は無かったことにしよう。

そう決めて、私は日課の鳥の世話をすることにした。

庭に出ると、ひんやりした空気の中に、花の甘い匂いと風の音が少しだけした。その中に、どうもガソリン車の轟音が混じっているような気もした。

いや、気のせいではない。絶対に近づいてきている。それと、タテハのヤケクソな叫び声が。

「あー、クソクソどこまで追って来んのよあんたらはあ!?!? 巣に戻れって言ってんでしょおお!!」

銃声。

「ちょっとタテハちゃん! そんなにショットばっかり撃たないで!!ハンドル切れないヨオ!」

「うっせえーーー! ハンドルかしやがれ!」

「ホゲエエエエ!?!?」

シオンの情けない叫び声と一際けたたましい銃声の後で、うちの木と生垣が悲鳴を上げる。

木の葉に塗れて横転したオンボロ車と、どうもそれを追ってきた様子の黒い車が2、3台。黒い方のうち1台は、オンボロ車の下敷きになってぺしゃんこに潰れている。

もくもくと黒い煙が上がるオンボロ車の中から、チリチリのタテハとふらふらのシオンが這い出てきた。

とたん、狙いすましていたんだろう、無傷の黒い車からニュッと長い銃口が突き出てきて2人を狙いうつ。

私も巻き添えを喰らって、思わず尻餅をついた。あたりに煙が広がる。その中で、誰かに手を引かれた。

煙が晴れると、私はタテハと手を繋いでいた。シオンは私の後ろに隠れて、銃を持った男たちを凝視している。

「ベロニカ、あんた逃げなさい。あんたは元々関係ないんだから。」タテハが小声で言う。

蝶柄のシールドを構えたタテハは、厳しい表情をしている。

「ベロニカチャン、ここは引くところだ。ここで全滅してどうするんだい?」シオンは私にそう告げた。

そもそもふたりはどうしてこんな奴らに命を狙われているのか。こいつらは一体なんなのか。事件と関係があるのか。

全くわからないまま、反射的に私は声を上げていた。

「ちょっとあんたたち!このベロニカ=エリオットをそんな物騒なもので撃つとはいい度胸なんじゃない!私の友達にそんなに文句があるわけ? あんたが拳でかかってきなさいよ! このあんぽんたん!」

やばい。終わった。こんな高圧的なことを口にすれば、逆上して殺されるに違いないのに。

だけれども、私の予想とは裏腹に、男たちは次々と銃を下ろして、その顔につけていたサングラスを外した。

「ああほんとうだ、エリオット家の御息女じゃないか!?」

 「まずいぞ、ボスになんて言うんだ!」

「エリオット家のヤツを怒らせた上に、危うく殺しかけたなんて言ったら俺たち、ババロア湾に沈められちまうぞ!!」彼らは慌てふためいている。

そのうち、彼らの中で一番背の小さい男が何かを持って私の元へやってきた。

「あの」

私たちは咄嗟に男を取り押さえて、手にあるものを奪った。男は抵抗しながらも、声を張り上げていった。

「許してください!あの!お金ならいくらでも出します!これで!お願いします!もうこいつらは狙わないんで!」

男は地面に平伏して、必死に懇願した。

「あの、別にそんなにしなくても…」

「すみませんでした!」男たちは皆、その場に平伏した。

「なんだか彼らが哀れになってきたヨウ…。」

シオンが遠い目をしていった。私も同意見だった。

男たちがいい加減反省し尽くした頃、私たちはお金と引き換えに、彼らを許してあげた。

「はあ、なんだ、持ってるじゃないの。ようしシオン、これ、今回の活動資金にしましょ。社会への還元よ。」

焼けた生垣と倒れた木の横でタテハがニヤリと笑った。

私には訳がわからなかった。そのうち、家から誰かが出てきた。

「おい、すごい音がしたが、何が……てえええ!!い、生垣が……!!木が!!」

それは百鳥だった。焼け落ちたその場を見て膝をつく百鳥だった。

私たちはすぐに家の中に連れ込まれて、百鳥の「事情聴取」をうけた。ママはカンカンだった。

「説明なさい!」

「いやだから不審者が私の友達の乗った車を追いかけて…。」

「そもそもタテハちゃんとシオンちゃんはなんで車なんかに乗ってたの!!運転なんて、未成年は禁止よ!」

「仕方がないんだヨウ。多分事件の調査をしていることがあいつらに知れたんだヨ。それでとたんにあんな感じに襲ってくるようにナッテ…。」

「そもそもシオンちゃんはどういうところであの人たちに知り合ったの!!!!」

「私たちはずっと、ああいうの巣窟と、都市との境界で暮らしてるのよ!こんなのはずっと前から続いてきたこと、生き延びるための方法!」

タテハの叫びで、ママはようやく静かになった。

「……そうだったの……ごめんなさい、知らなくてこんなことを………。」

沈黙。

「いいんだヨウ。僕たちはミナリがいいから、きっとあのゲットーのニンゲンだとは、一目見ただけではわからないとオモウヨ。」シオンが擁護した。

「僕はいつも、信者のみんなのためにいっぱい食べ物や毛布を集めてるノ。みんなが取り合いにならないように調停するのもシゴトだし、大事な詩を読むのもシゴト。タテハチャンは、傭兵に関わるフセイトリヒキを取り締まったり、悪い支配者を懲らしめたりしてるノ。みんな、タテハチャンの蝶々のマークを見たら背筋がシャンとするんだヨ。」

タテハは自慢げに背を伸ばした。

「はあ…だとしても、こんな市街地で100キロ飛ばしていい理由にはならないわよ………。」ママは力なくそこに膝をついた。ぼそりと、「ああ、庭が」と呟く声も聞こえた。


「ゴメンネ。…はあ、ソレジャ、事件の調査もここでお別れカナ。フツウの人を巻き込むわけにあとは僕たちで調べることにしよう。」シオンが静かに言った。

誰もが口をつぐんで、それぞれの帰るべき場所へ向かおうとした、そのとき。

「やっぱり、私まだ続けるよ。その…仮に、二人とできなくても、一人でも調査の方、とか! 続けてみようと思うから…!」思考よりも先に、体が動いた。

「え、ベロニカチャン……?」シオンが振り向く。タテハは驚いてこちらを見たあと、ニヤリと笑った。

「なんだあんた、思ったよりも根性あるのね。 気に入ったわ。仕方がないから力を貸してあげてもいいのよ。」

「それって!」

そう。タテハがおおきく振りかぶって言った。

「また一緒に始めようってこと!」


 冬になって、捜査のために都市を出る日がやってきた。

結局あのあと、私たちは都市の外に捜査に範囲を広げることにしたのだった。それと、結局、生垣を粉々にされたママの怒りは収まらず、家族会議で被害請求をなぜかエリオット財閥に申請することになった。そして、その数日後に突然、財閥から私に捜査の正式な依頼書が届いたのだった。ちなみに、そのせいでさらにママの怒りは増幅したのだった…。でも、どんなに偉い人でも、財閥からの依頼は断れないから、私は仕方なく、1年間休学して捜査に専念することになった。

 朝ごはんを済ませた私と百鳥は、さいごにリビングで荷物のチェックをした。服と、洗面用具と、ちょっとしたノートと鉛筆、携帯、カメラ、懐中電灯、都市の通行証……。他にもたくさんのものを入れた。旅行の準備みたいなものばかりだけれど、もっともっと長い時間、家には戻らないのだろう。そう思うと、急にヒーターの温かい火が、もの寂しく、しかし冒険への希望に燃え上がる野火のように見えた。これはもちろん捜査のための旅路だけれど、それ以上に、私にとっては、都市の外に出る初めての機会だ。それはとても大きな意味を持っている。

まだみたことのない世界。余計なものだらけの場所だってあるかもしれない。無駄を切りつめた都市のくらしには決して見つけることのできない、輝くものがきっとある。

そんな、特大の期待を込めて、私は玄関のドアを勢いよく開けた。

「あ、あれ!? 二人とも、どうして……!」

「おはよう、ベロニカチャン。 元気そうでよかった。」

「おはよ! ふわあ、こんな早起きは久しぶりよ!でも、ふしぎと力がみなぎってる気がするわ。」

シオンとタテハはもうすっかり準備ができていたみたいで、私たちを迎えにきてくれていたようだった。

「あれ、広場で待ち合わせじゃなかったけ?」

「だって、待ち合わせよりも1時間も前に広場にについちゃったんだもの。ただ待ってるより、あんたを迎えにいくほうがいい気がしたのよ。この間、あんなこともあったばかりだし。」

シオンはその言葉にうん、と頷いて言った。

「というワケで、僕は君のお母さんにアイサツしたら行くとするよ。もう少し待っててネ。」

百鳥も忘れ物をしたというから、私たちはあと少しだけ、旅の始まりを遅らせることにした。


さあ、いよいよ出発だ。

「あいつ、ああいうところは礼儀がしっかりしてるわよね。……いったい、どこで覚えたんだか…。」

ふと、タテハが思い悩んだ様子でつぶやいた。

私にその言葉の真意はわからなかったけれど、なぜだか二人の間に踏み込む気にはなれなかった。

しばらくして、シオンが戻ってきた。ママも一緒に出てきて、さっきよりもずっと穏やかで暖かな表情で玄関に立った。

「シオンちゃん、ありがとう。 心の整理ができたわ。 はあ、本当に心配だわ。でも、これがあなたたちの人生の始まりになるなら、少しくらい急でも、険しい道のりでも、手を離してあげるべきかもね。頑張ってらっしゃい。

でも、本当に無理な時は帰ってきてもいいのよ。いつでも待ってるからね。」

真冬の冷たい空気のせいかもしれないけど、私たちの目はじんと腫れたように熱く、赤くなった。

この淋しさを引き摺らないために。

「さて…。 行くとしようか!」

私がさっと号令をかけると、みんなそれぞれの想いに満ちた顔で頷いた。

そのあと百鳥も家から出てきて、私たちは静かに家をあとにした。

ママはずっと、私たちの背中を見送るように玄関に立っていた。


「はあ、ベロニカたち、言っちゃったわ。まあ、母親としてできることを精一杯やっておこうかしら。 ふふ、なんだか大人になったわねえ……ベロニカも。」

風音。

「見送ったんですね。」

「あら!ロジャーさん、どうしてここに……?」

「いや、旅に出るとは聞いてたけど、こんなに早く行っちゃうなんて。これをベルに渡しておきたかったんですけど。」

綺麗な包み。中は、特別な少女に向けたささやかな贈り物だろうか。

「これ! まあ!そんな、お気遣いなく。」

「いや、うーん……まあ、渡せなくても手段はあるか…」

「? 手段?」

「うん。都市の行政区から出れば、自治区や集落や、また他の都市…。」

男は、とろんとした目を地面に落として言った。

綺麗な包みからは、虫の音よりも小さな音がかすかに漏れていた。

ピ ピ ピ ピ ピ ピ……………。

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