1g
夏乃あめ
1
気がついたのは偶然だった。
玄関のドアを閉める時に、共用部分に落ちている1円玉を見つけた。
1円を笑うものは、1円に泣く。
その言葉が脳裏をよぎり、深く考えずに鈍色の硬貨を拾った。
たった1gの硬貨が人生を変えるとは、その時誰も思わなかった。
次の日もまた落ちていた。
同じ場所に1円玉。
偶然なのだろう。
1円くらい落としていても誰も気がつかない。
それを拾い、ドアを閉めた。
あれからずっと、ドアの前に1円玉は落ちている。
分かっているだけで、もう10日になる。ここまで続くと意図的な物を感じる。
それは何かを考えても答えはでない。理由なんて分かるはずはない。他人の家の前に1円玉を置いていく心理なんて。
硬貨は31円になった。
流石に気持ち悪くなったが、警察に行っても相手にされるわけがない。
「自分の家の前に1円玉が毎日落ちています。」
「だから何の被害が?」
と怪訝がられるのが目に見えている。
悪戯なのか、嫌がらせなのか?
全く意味が分からない。
ついに50円になった。
雨の日も、風の日も必ず落ちている。
何をしたいんだ、相手は何を望んでいるのか。
ドアを2日開けなかった。
その日数分、きっちり置いてある。
怖くて外に出られなくなった。
ドアを開けると、また冷たい光を放っているアレが置いてあると思うと、手が震える。
食べ物も底をつき、有給もわずかになってきた。
思い切ってドアを開けるしかない。喉がカラカラと渇き、反対に手がびっしょりと湿る。
今日はないかもしれない。
ドアチェーンを付けたまま、恐る恐るドアを少しずつ開ける。
玄関先にばら撒かれた光が見えた瞬間、背筋が凍る。
声にならない悲鳴を上げてしまった。
その時、わずかに開いた隙間から金属の棒が無理やり差し込まれる。
1本
1本
1本…
ドアチェーンがピンと張った状態になると、ようやく止まった。
冬の冷たい風が部屋の中に容赦なく入ってくる。
身体に残っている力を振り絞り、声を出す前に玄関から女の声がした。
「気持ち悪いでしょ?」
遠ざかる靴音と、クスクスと笑う声。
その声には聞き覚えがあった。
毎日の楽しみだった。
エレベーターで会うことも、退社時間を合わせることも、目を合わせて会釈することも。
ひとつひとつは些細な出来事。
チリも積もれば…。
1gの硬貨でも、十分なキョウキになる。
自分は誰かにとっては……。
差し込まれていた金属の棒だと思っていたのは、1円玉の束だった。
外に雪が積もっているのがみえる。
わずかに降り積もった物が見えた。
1g 夏乃あめ @nathuno-ame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます