第2話邪魔な声

朝霧ひよりは、自分の机に落書きされているのを見ても、驚かなかった。


「消えろ」


黒いペンで、雑に書かれた文字。

昨日と同じ。いや、昨日より文字が大きい。


(今日は、これか)


ひよりは周囲を見回し、誰とも目を合わせず、鞄から消しゴムを取り出した。


「まだ消してないの? ほんと鈍い」


後ろの席から声。

笑い声が重なる。


ひよりは、手を止めない。

消しゴムのカスが、白く机に溜まっていく。


(この人たちは、まだ“邪魔”じゃない)


彼女の中には、はっきりとした基準があった。

命を奪うかどうかは、感情じゃない。必要か不要か。


今は、まだ不要。



放課後。

廊下で肩を強くぶつけられた。


「邪魔」


それだけ言って、相手は去る。

ひよりはよろめきながらも、倒れなかった。


床に落ちたスマホを拾う。

画面には、知らない番号からの着信。


(仕事だ)


家に帰ると、父が既に準備をしていた。


「対象が増えた」


「増えた?」


「この街は、思ったより腐っている」


父は地図を机に広げる。

赤い印が、学校の近くに集中していた。


「偶然じゃない。君の周囲だ」


ひよりは、少しだけ眉を動かした。


(学校が、仕事場に近づいてる)



夜。

対象は、若い男だった。


学校の近くで、何かをしている――それだけ聞いていた。


部屋に入った瞬間、空気で分かる。

この男は、隠す気がない。


「……誰だよ」


問いかけは、途中で途切れた。


ひよりは迷わない。

余計な動きは一切ない。


終わったあと、彼女は男の机を見た。


そこには、スマホ。

画面は開いたまま。


――自分の写真。


学校で俯いている、朝霧ひより。


指が、ほんの一瞬だけ止まった。


(見てたんだ)


胸の奥で、何かが沈む。


(……邪魔だ)



翌日。

学校では、昨日よりも視線が多かった。


「ねえ、知ってる? あの人、急にいなくなったらしいよ」


「え、誰?」


「ほら、よく学校の近くにいた人」


ひよりは、机に座ったまま聞いていた。


誰も彼女を疑わない。

彼女は、ただのいじめられっ子だから。


でも、彼女は知っている。


(消える人間は、これから増える)


この街は、静かすぎる。

邪魔な声が、多すぎる。


ひよりは、窓の外を見た。


(そのうち――この街ごと、捨てる)

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いじめられっ子は、ときどき殺し屋さん ゆきんこ @komorebi_

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