短編 船を造る
バーニー
短編 船を造る
「死にたくない!」
病床の私は、そう叫んだ。それがいけなかった。空気が割れるような私の声は、病魔に侵された自身の身に響く。途端に喉、胸、腹の順に激痛が走り、私は殺虫剤を掛けられた芋虫の如く、ベッドの上でのたうち回った。
「痛すぎる、死んでしまいそうだ」
「実際死にそうじゃないですか」
傍に立っていた秘書が、笑いながらそう言う。笑い事ではない。私は秘書を睨むと、また怒鳴りつけた。
「馬鹿者め。主が苦しんでいるのに笑うやつがあるか!」
そして、また声が痛みを再発させる。私はまた情けなく硬いベッドに転がると、我が身を抱き、泣き声をあげるのだった。そんな私を見て、秘書はまたカラカラと笑った。
「ラッキョウを剥き続ける猿って、こういうことを言うんでしょうね」
私はベッドに顔を伏した。
「痛い。余命宣告されて、早五年。いつまで苦しまなくちゃならんのだ」
「結構保っていますね」
「馬鹿野郎。もう四年も過ぎているんだ。まるで神々の拷問だ。明日死ぬかもしれないんだぞ。まるで死刑を待っている罪人のような気分だよ」
「千年生きた楠木が明日枯れるとは思いませんが」
「そんな雄大なものではない。腐りかけているんだ」
病気はもう、取り返しのつかないレベルまで、私の身体を侵食している。会社の経営は、一年前から副社長に任せていた。私はベッドの上。そして、私の財産を狙う妻や子ども、内縁の妻らはきっと、私の死を、まだかまだかと望んでいるに違いない。実際、この一週間誰が見舞いに来てくれたか。この憎たらしい顔をした側近だけだった。
「旦那様がその気なら、さっさと安楽死させますが」
私はシーツから顔を剥がした。
「私に死ねというのか」
「楽になれって言っているのです」
私は首を横に振った。
「お前は私の偉大さをまるでわかっていない。私は社長だぞ。愛おしい従業員を乗せた船で、荒波を渡ってきたんだ。何度もひっくり返りそうになりながら」
「航海術が下手だったんですね」
私は秘書を睨みつけた。彼は意に介さず、へらっと笑い肩を竦める。
「ここで死ぬわけにはいかん。会社をこれからも背負わなくちゃいけないのはもちろんだが、そもそも、私が死んだら、財産はどうなる。親の金に頼り切って遊び放題している妻や子に行き渡るのだ。そんなことがあってたまるか」
「寄付という手もありますが」
現実的な話など求めていない。
「私はこれからも生きていたいのだよ」
会社を経営したい。稼いだ金は好きに使いたい。子どもや妻の好きにはさせない。それなのに、どうして人類の医学が太刀打ちできない病魔に侵されないといけないのだ。
自分の不運に肩を落としていると、秘書が、こほん……と咳払いをした。
「旦那様、では、私から一つ提案をば」
私は身構えた。秘書から提案されたことで、私の役に立ったことなど一つも無い。
秘書は私の耳に口を近づけると、こう言った。
「クローンはどうでしょう」
「クローンだと」
思わず聞き返すと、秘書は頷いた。
「細胞の遺伝情報をもとにクローンを作製するのです。旦那様にもきっと可愛らしい子供時代はあったでしょうが、急速成長機を使って、今の醜い歳まで老けさせる。そうすれば、病気だけ治り、あなたはまた、会社というどろ舟をこぎ続けることができる」
「角が立つ提案だ」
だが、それもそうか。と思う。私の病気について、医者は匙を投げている。癌さえも克服した人類の医学が、私の、宝くじに当たるよりも稀有な病を前に敗北したのだ。あとは死を待つだけなのだが、よくよく考えれば、クローンという手がある。また新たな肉体をもって生まれるのだ。
「なるほど。こうやって痛みに悶えながらベッドの上にいるよりは、さっさと新しい肉体を手に入れた方が良い。老体なんだ。次の身体は若いままで成長を止めよう。そうすれば、また溌溂と働いて行けるぞ。この会社を永遠に存続させるのだ」
暗闇の中に光を見たようだった。私は全身を襲う痛みを潰すがごとく、己の拳を握りしめた。
「早速準備を始めよう。おい、私の脳に刻まれた記憶と意識をデータ化するのだ。私の細胞も採集しろ。母体はどうする。健康体を見つけて来い」
秘書は首を横に振った。
「旦那様、クローンとして復活したとして、若いお姿を保つのは、聊か懐疑的でございます。旦那様は、今の姿だから、旦那様ではないでしょうか」
その言葉に、私はむっと唇を尖らせた。
「何が言いたい」
「旦那様は社長の座を渡したくないのでしょう。ならば、姿は今の年老いた姿であるべきだと。周りの者は、若い姿の貴方を見て、社長であると思うでしょうか」
その言葉に、私は思わず「なるほど」と呟いていた。確かに、私が死んで、若い姿で復活したとして、それは以前の私と同じであると言えるだろうか。きっと同じなのだろうが、一体いくらの人間が納得できるというのか。年老いて死んだならば、年老いた姿で復活すべきなのだ。それが「複製」である。
私は己の腹を叩いた。
「だが、それを言ってしまえば、この腹の下にある病気も再現しないと、私ではないということではないか。馬鹿みたいな話だな」
私は、まだやり残したことがあるから、クローンにより復活しようとしているのだ。クローンとして復活した私が、私本人であるという証明に、再び病気に罹るだなんて。
秘書は首を横に振った。
「旦那様の会社は、代々社長はもちろん、社員も入れ替わってきましたが、今も昔も同じ会社ではありませんか。先代社長のような素晴らしい方もいれば、旦那様のような癌のような存在もありますが」
「お前はクビだ」
「同じなのですよ」
まあ、癌は取り除くべきだとは思いますが……と、秘書は付け加えた。
「内部はさほど重要ではない。私が言いたいのは、見た目の再現性を重要視すべきであるということです。あなたが周りに旦那様本人であると認められたくば、やはり、今の年齢まで老けるべきかと」
秘書の言葉に、私は腕を組んで唸った。彼の言っていることは正しいように思える。だがやはり、せっかく復活を果たしたのに、この醜く年老いた姿にならないといけないのは、まるで健康だからと苦い汁を飲むような抵抗があった。
「気に入らん。車の修理というものは、故障箇所を新しいものに交換するから修理なのだ。錆びたボディーを引っぺがして、錆びたボディーを持ってくるのは、間抜けな話ではないか。新しく塗装されたものを装着しても、その車はこれまでと同じだよ」
「それを言われてしまえば、故障車は大人しく廃車になっておけとしか」
「大阪にあるあの城だって、建て直されたものだが、れっきとした戦国武将の城だよ。内部を貫くエレベーターを見ながらも、人は歴史の奔流を感じ取って感嘆の声を洩らすのだ。ならば、私だって若い姿のままでいたっていいじゃないか。若い姿として復活しても、私は私だ。私自身が私だから私なのだ」
「アイデンティティの話ということですね」
秘書は、うんうんと頷く。だが、すぐに首を横に振った。
「ですが、アイデンティティというものは、他者から見ればどうでもいい事です。判断するのは他者ですよ。復活した若い旦那様を見て、ご家族は納得すると思いますか」
答えは否である。私は認められず、社長の座を引きずり降ろされるかもしれない。
「大丈夫ですよ。人間の平均寿命は百歳。旦那様はまだ六十代。確かに、若いお姿ではなくなり、醜く垂れ下がった頬をしておりますが、まだまだ道半ば。若い姿を惜しく思うでしょうが、会社に君臨し続けることを考えれば、安い物ではないでしょうか」
角が立つが事実である。だが、理解と納得は別の次元にある。いつまで経っても決断を下さない私に、秘書は手を叩いて言った。
「ではこうしましょう。旦那様がクローンであることは、ご家族、従業員の誰にも言いません。誰にも気づかれないまま旦那様は死に、クローンとして復活を果たすのです。姿も記憶も、生前と同じ。これで、誰が気づくでしょうか」
秘書の提案に、私は腕を組んで感嘆の息を洩らしていた。なるほど確かにな。古くなった置時計を同じものに替えたとして、一体誰が気づくのか。
「自称しない限り、周りは貴方がクローンであると気づかないでしょう。あなたは周りに、病気が奇跡的に治ったのだと思われ、これからも会社の経営を続けることができるでしょう。これが、限りなく完璧に近いクローンではないでしょうか」
「そうだな」
結論は出た。結論が出たならば、早速動き出すべきだ。
私は秘書に医者を手配させ、自身の脳に刻まれた記憶と意識をデータ化し、細胞を採集した上で、安楽死した。その後、私の細胞から抽出した遺伝情報を受精卵に移植。母体に着床させ、出産。その後すぐに急速成長カプセルに入り、私は六十三歳まで強制的に老けさせられた。
そして仕上げである。私の脳に、以前の記憶と意識を書き込んだ。
目覚めた時の感覚をどう表現すべきか。四十八時間眠り込んで、早朝に目が覚めた時のような、脳を穿つ爽快さがあった。
「さあ行こう」
相変わらず醜く老いた肉体ではあるが、病魔はすっかり消えた。今後四十年は生きるだろう身体を抱えて、私は病院を飛び出した。
向かったのは、当然我が社。
だがどうだろう。世界は一変していた。私が執着していた会社には、新社長が就いているではないか。私の遺産は妻や子に分配され、彼らは道楽に更けっているのだ。私が会社の門を叩いても門前払い。それどころか、バケモノでも見るような目で見られた。
私は、どういうことかと秘書を見つけて問い詰めた。
秘書はいつものように憎たらしい笑みを浮かべて、首を横に振った。
「事情が変わったのです。あなたは、旦那様ではありませんよ」
「なんだと!」
「葬式を行わなかったのでね、旦那様が、化けて出られたのです」
秘書はそう言って、私……ではなく、私の背後にある虚空を指した。
「あそこに、成仏できない旦那様の幽霊が立っています」
了
短編 船を造る バーニー @barnyunogarakuta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます