肉親から虐待されて飛び降り寸前だった薄幸なわたしが、自称王様の所有物になった話
突然だけど、わたしこと
優姫さんがそうだと言ったら、そうなのだ。
優姫さんがそう決めた日から、わたしは彼女の奴隷だ。
わたしが手を取ったその日から、彼女はわたしの主人。
当人同士が納得してるなら、別に問題ないでしょ?
・ ・ ・ ・ ・
運命が決した、冬にしては暖かい日差しの降り注いだ日。
わたしは前々から企画倒れを繰り返していた自殺を、遂に決行しようとしていた。
正直、もう限界だった。
だいぶ前から限界は振り切っていたような気がするけど、とうとうわたしが我慢してどうにかなる限度さえも超えてしまった。
両親からの虐待がいつから始まったかなんて、もう思い出すこともできない。
たぶん物心ついた頃にはふたりは不仲で、その八つ当たりも続いていたんじゃないかな。
最初は単に殴ったり蹴ったり、食事を抜いたり。
そんなものだった。
だけど、わたしがある程度成長してくると、より陰湿に。より卑劣に。
暴力にもいろんな種類があるんだってことを、わたしは実の両親から教わった。
体の中がどんどん汚れて毒みたいに変わっていく感覚も。
冷ややかな眼差しだけ向けられて家の中で捨てられる感覚も。
人間ではなくて商品として扱われる悲しさも。
誰にも望まれないモノが宿ってしまった恐怖も。
もう、たくさんだ。
死のう。
遺書も書いた。
両親への恨み言、両親に与したやつらの実名と職業、友達への言い訳、これを読むだろう警察やら何やらへの絶対に両親を五体満足で世に放たないでというお願い、それからひたすら邪魔者扱いして、最後にはこの世から追いやってしまったものへの謝罪――大体そんな感じの内容。
嫌なことばかりの人生でも、数少ない好きな場所と言えた学校の屋上――には上がれないから屋上のすぐ下の階にある図書室の窓から。
友達も、そうでないクラスメイトも、顔も見たことないような人も、みんなが楽しそうに昼食をとっている中庭がよく見える。
最後にひとりっきりは寂しいから、飛び降りるのはそこでいいか。
中庭に向けて、頭から飛び降りよう。
みんなの真ん中に落ちれば、わたしも普通の子たちに紛れられるよね。
よし、いっくぞぉ!
『待て、綾坂瑞希』
『え?』
窓枠に足をかけて、いよいよ飛び降りようとしたそのとき。
鋭い声が、わたしの背中を突き刺した。
声の主には心当たりがあった――たぶん、この学校でいちばん有名な人。わたしたちの通う県立ステイルメイト高校の『王様』だ。すごく優秀なのに授業やテストを気分で放棄するせいで留年に留年を重ね、何の因果か今年はわたしと同じクラスになって、そろそろ留年ではなく退学勧告を受けようとしている残念美少女。見た目だけならマスコットキャラ扱いされそうな可愛さだけど、兎にも角にも威圧感が凄くて、今のクラスでもどこか遠巻きにされやすい人。
そんな彼女が、眼光鋭くわたしを見つめていたのだ。
『なに、紫鳳院さん? まさか、王様直々に止めようとしてくれるとか?』
『思い上がるな、私はお前たちのような凡百に構いはせん』
うわ、言ってくれちゃって。
人を捕まえて凡百とか、普通言わないからね。
ていうか一般常識に照らし合わせたら、あんたの方が落ちこぼれだし。
そんな反論が次々と舌先まで出てくるけど、言葉には出てこない。
ただ不満げな視線だけ向けて、また彼女を無視して窓枠を越えようとしたとき。
ぐいっ
『え。』
びたんっ!
『ぐえっ』
気付くと、わたしの体は図書室の床に引き倒されていた。
今でも覚えている――目の飛び込んできた味気ない蛍光灯の明かりと、そんな淡い光なんてすぐに褪せてしまうほどの
『しかし、今日この日は私がこの世に生誕した日だ』
『はぁ……お、おめでとう?』
『故に』
そして、
『恩寵だ、綾坂瑞希。お前がその命を放るというなら、この私に献上せよ。私に身命を捧げる栄誉を許す』
『…………は、』
もう、何も言えなかった。
あまりに荒唐無稽な発言だったのもあるけど、その妙に自信たっぷりなところとか、妙に眩しい笑顔とか、見た目の可愛らしさと大仰な物言いのギャップとか。
そういうものが、なんだか心を
思わず、口から笑いが漏れる。
ああ、なんか全部どうでもよくなっちゃった。
どうせ死ぬなら、こういう人に人生全部あげるのもいいのかも、なんて思ったりもして。
『別に、いいんだけどさ。ひとつお願いしてもいい?』
『ずいぶん不遜な物言いだが、ふふ、よかろう。私は今機嫌がよい。申せ、綾坂瑞希。お前の望み、その命に見合うものであれば叶えてやろう』
『はいはい。それじゃあ……全部、忘れさせて。わたしは紫鳳院さんのモノになるから、あなたは完全にわたしをあなたのモノにして。それがお願い』
『フッ、強欲な女だ』
紫鳳院さんは愉快そうな、そして初めて見るくらい可愛い笑顔で。
『安心しろ、瑞希。お前は私の
『そっか、ふふ。じゃあ、よろしく』
『よろしく……?』
『ヨロシクオネガイシマス』
『よろしい』
そうやって、わたしの運命は決まった。
・ ・ ・ ・ ・
そんな日から、数年。
今日は優姫さんの大学まで付き添って、そのまま一緒に講義まで受けている。正直全然レベルが高すぎて受験しようとすら思えなかった大学で、もちろんわたしは学部生じゃないんだけど、講義に紛れ込んでいても何か咎められるようなこともない。
「造作もないことだ。お前との時間を作るためならな」
「う……、すぐそういうこと言う」
わたしがちょっと気後れしたのも見透かしたように、とんでもないことを言う。
本当に、何でもありな人だ。
奴隷とは言ったけど、実際は紫鳳院の家に住み込みで友達みたいな付き合いをさせてもらっている。一応居候みたいなものだから、何かしらの家事をしようかとも思ったけど、それは使用人の仕事だからと止められてしまっている。
だから、まぁずっとこういう調子で過ごしているんだけど……。
「瑞希、瑞希。どうした?」
「ふえ? あっ、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしてて……」
気付けば講義も終わって、教室に残っているのはわたしたちだけだ。ていうか次の講義の時間迫ってない、これ!?
「何を呆けている。お前を悩ませることがあるなら何なりと言え。よもや主人に隠し事などするまいな……?」
あ、ちょっと心配させちゃったみたい。
基本的にずっと威圧的というか威厳があり続ける優姫さんだけど、少なくない期間を一緒に過ごしているとちょっと不安なんだなとか心配してくれているんだなとか、楽しそうだなとか、そういうのがわかるようになってきた。あと、紫鳳院の家という名家の跡取り候補という存在として生きる重圧や孤独も、ほんの少し。それから恐らく優姫さんは、見た目よりもずっと寂しがりやで、思いやりの深い人だということも。
わたしを『奴隷』にすると言ってくれたときも、その発言と大袈裟な喋り方でわからなかっただけで、きっと。
だから、今も包み隠さず言おう。
大事な主人を、不安にさせないために。
「なんでもないんですよ。ほんの少し、今の生活に釣り合うわたしになれてるのかなって不安に思っただけで。ちょっとした気の迷いといいますか」
「何を言うかと思えば、言うに事欠いて……」
言うが早いか、優姫さんはその小さく綺麗な手をわたしに伸ばし、そっと頬に触れてきた。触れた手はとても柔らかくて、温かくて、そして何よりも、わたし自身の変化を教えてくれる手で。
「……あぁ、」
もう、理不尽に叩かれるかもと身構えることもない。
伸ばされる手を、こんなにも受け入れられる。
わたしの心は、もうあの暗い家にはない。
わたしが生きているのは、この人の隣なんだ。
そのことを、何より確かに伝えてくれる手だった。
思わず感極まりそうにさえなってしまったわたしを満足げな──そして少しだけ照れたのを隠したような無表情で見た後、優姫さんは「わかったな」とわたしに言葉を向ける。
「努々、この手を忘れるな。その心を忘れるな。何も不安に思うことはない、何故ならお前は──」
「──世界一の王様の、生涯の奴隷ですからね」
「勝手に妙な修飾を付けるな」
「生涯は言い過ぎだったか~」
「私は世界など気にしておらんぞ」
「……え?」
「ん?」
当たり前の会話をしたかのように、当然の返しをしたみたいにわたしを見上げてくる優姫さん。これ以上見つめ合っているとちょっと頭と心がどうにかなりそうだったから急いで荷物を纏めて、「行きましょうか」と手を差し出す。実は、もう次の講義始まってる時間だし。
「うむ」
わたしの手を取って席から立ち上がる優姫さんの「急げるか」という言葉に答えるべく、ちょっと見た目どうかとは思いつつも彼女を背負ったとき。
「そう耳を赤くするな。頼りにしているぞ、生涯な」
「~~~~!」
すぐそういうこと言う!
いたずらっぽく微笑んでいるのが目に浮かぶ!
やっぱり優しいって思ったの取り消そうかな!?
そんなこんなで、わたしは今日も優姫さんの『奴隷』をしている。たぶんこの先も、少なくとも暇を出されない限りは、こんな日々を続けていくのだろう。
そう思ったら、思わず頬が
匿名短編小説企画202601 とーふ @to-hu_kanata
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