溺愛ごっこ
「あのね、私溺愛カップルになりたいの!」
「──ハァ? また今日はいきなり何言い出したんだよ?」
アリアの行動はいつだって唐突だ。観劇に行って感銘を受けた舞台の主演女優に憧れて突然チリチリのソバージュヘアに変えてみたり、たまたま手に届く距離に実っていた果実を唐突にもぎ取って齧り付いてみたり。大変渋い種類だったらしく慌てて吐き出させたものの、だって味が気になったんだもんと涙目になっていた姿は記憶に新しい。見た目はおっとり落ち着いていて淑やかに見えるクセに、本当は誰より好奇心旺盛でじゃじゃ馬のような女なのだ。
ニコニコとこちらを見上げる表情はさも良いことを思いついたといった風情だが、果たして今回は何を言い出すのやら。
「スカーレットがこの前婚約したでしょ? 婚約前の交流とか婚約後のデートについてとか色々話を聞いたんだけど、それがもうすっごくロマンチックで素敵だったの! まるでね、『追放された悪役令嬢は隣国の王子様に溺愛されて幸せです!』に出てくる主人公のカップルみたいに仲良しで本当に羨ましくて〜っ!」
「隣国の王子……お前が最近ハマってる恋愛小説だったか?」
「うん、そう! 二人の切ないすれ違いとか、問題が解決した後の熱々な関係とかがもう本当に面白くって! あ、読んでみる? 貸してあげるよ!」
「昔からそういうの好きだったもんな……」
アリアは俺と外で走り回って遊ぶのを好んでいたようだけれど、図書室で本を読むのも同じくらいに好きだったのだ。物語の役柄を振り当てられて、延々とままごと遊びに付き合わされた幼少期を思い出す。
「うん、私もいつかはそういう体験してみたいなぁって実はちょっと憧れてたの。でも、相手がいないと無理だよなって」
「……まぁ、そうだろうな」
「だけど考えてみたら、私には婚約者がいるじゃない! ね、ルーク!」
確かに俺はアリアの婚約者なのだが。
「んなこと言っても、年が同じで釣り合いもいいからって親同士が決めて、おむつしたガキの頃から一緒に育ったんだぞ? それを、今更……」
「だって私は溺愛したいし、されたいの。そして私には、ルークっていう婚約者がいる。つまり、合法的に溺愛できるのは貴方しかいないんだよ? 仕方がないじゃない!」
「ハァ……意味わかんねぇ」
合法的溺愛とは何なのだ。違法な溺愛もあるというのか。
「何よ、じゃあそこら辺にいる人に頼んでもいいっていうわけ? お客様の中に、私を溺愛してくれる方はいらっしゃいませんかー?! って」
「そんなのダメに決まってるだろうが」
「もうっ、あれもダメこれもダメって、ルークはちょっとわがまますぎじゃない?」
「わがままとは違うだろ、そもそもお前がな……いや、もういいわ。わかった、やりゃいいんだろ? やるよ。──んで、溺愛って一体俺は何をすればいいわけ?」
そういえばこいつは言い出したら絶対に譲らない頑固なところがあるのだった。満足すればわりとあっさり飽きるから、こうなったら気の済むまで付き合ってやるのが一番良いのだろう。仮に俺が断って、他の奴と妙なことをされても困るのだ。アリアは俺の、婚約者なのだし。
「ルークが溺愛してくれるの?! やったぁ、嬉しいっ! じゃあね、じゃあね、まず愛の言葉を惜しげもなく囁くのは定番でしょ。それから一緒に歩く時には腕をこうぎゅっと組んで、くっつきたいの。それからこの前街に出来たカップルカフェに行って、お二人様専用のスイーツプレートを頼んで、お互いアーンってして食べさせ合うのよ!」
頬を赤く染めて話すアリアは小さく飛び跳ね、楽しそうに計画を立てている。こんなの、他の奴に頼むだなんて絶対に無理だろう──主に俺の精神状態が。
「そのあとは街中をぶらぶら散歩して、できたらお揃いのアクセサリーを買いたいな。やっぱり指輪が良いかな? ずっと着けておけるような、シンプルなペアリングよ。会えない日には指に嵌めたそのリングにキスをして、今頃何してるかな? って頭に思い浮かべるの」
「おいおい、会ってない時にまでやることがあるのかよ」
「当たり前でしょう? 会えない時間が愛を育てるって言うのだし」
「そういえば俺たちずっと一緒に育ってきて、今もこうして一緒に学校に通ってるもんな。会えない時間なんて、今までほとんどなかったし……それなら一回少し距離空けてみるか? ちょうど、先輩から領地の魔獣退治のバイトしないかって頼まれてたんだ」
カフェはともかく、アクセサリーが欲しいというのだから多少の資金も必要だろう。親の金で買うのも格好悪いし、どうせならそれなりに見栄えのするものを選びたい。
「えっ、そんなの危なくない? 先輩のところって辺境領でしょう。結構強い魔獣が出るって聞いたよ!?」
「まあ、訓練はそれなりにしてるから大丈夫だろ」
「何かあったらどうするの? ルークが行くなら一緒に行くよ、それなら私の治癒魔法もあるしいざという時も安心でしょ」
「おい、それじゃ意味ないだろ。会えない時間を作って愛とやらを育てるんじゃなかったのか?」
少し俯いたアリアは唇をつんと尖らせて考えている。昔からこいつは悩んでいる時、こうする癖があるのだ。いつかその小さな唇を摘んでやりたいなと密かに企んでいる。
「うーん……でもやっぱり心配だから、一緒に行きたい。愛はまた違う機会に育てるから、今回はいいよ」
「ふっ……そうかよ。んじゃ、今日はとりあえずカフェだけでも行っておくか?」
「うんっ、行くっ! ルークありがとう!!」
ほら、と差し出した俺の腕にアリアの細い腕が巻き付いた。
「ふふっ、ぎゅーっ!」
「おい、お前そんなに引っ付いたら胸当たってるんだけど」
「溺愛婚約者ならではの特権だよ? 嬉しいだろう、ほれほれ、どうだどうだぁ」
「まあ、お前がいいなら俺はいいけどさ……」
──アリアの言う溺愛のなんたるかが、俺にはイマイチわからないのだが。役得ということでいいのだろうか?
「ね、チョコレートのケーキあるかな? ルークは小さい時からチョコレート好きだったでしょ」
「ああ、アリアはいちごだろ? クリームたっぷりのやつ」
「うん、一口ずつ交換しようね! いちごはあげませんけどーっ!」
「わかったわかった、走るなよ、こけるぞ」
「だって、楽しみ! 早く行こうっ!」
グイグイと腕を引っ張るアリアに合わせて歩調を早める。店に着いたらスイーツプレートを頼んで、互いにアーンで食べさせあうのだ。
「アリア」
「──んっ?」
こちらを向いて立ち止まり、不思議そうに首を傾げたアリアの髪の毛がさらりと肩を流れた。やっぱりこいつの髪はチリチリのソバージュよりも、この真っ直ぐな方がよく似合っていると思う。
親同士の仲が良く、どうせいずれ結婚するなら隣同士に家建てちゃおうよ! なんていうノリで家族同然に育ってきた俺たちだ。裸で川遊びをしたこともあるし、おやつの取り合いで殴り合いの喧嘩をしたことだってある。
アリアに珍しい治癒魔法の才能があると分かり、それに目をつけた他家から横槍を入れられた時。アリアがいない未来なんて想像も出来ないと、改めて気が付いたんだ。
『私はルークのお嫁さんになるって、ずっと前から決めてるので!』
周囲の人の目も気にせず大声で言い張ったアリアは何故か誇らしげで、冷やかされた俺の方が赤面しないよう必死に頬の内側を噛み締めたものだ。
当たり前にずっと、俺の隣にいたアリア。子猿みたいに走り回っていたあの少女が、どんどん綺麗な女性に変化して。それでもあの頃から少しも変わらないキラキラと光る瞳で俺を見上げ、なんの迷いもなく俺の手を取り先へと引っ張っていくアリア。
「アリア、愛してるよ」
「──えっ!? 何、どっ、どしたの?! ルークお腹痛い? なんか、あっ、欲しいものとかあるの?」
白い肌にパッと朱が散って、うろうろと彷徨う視線に思わず笑みが漏れる。
「──っふ、お前が言ったんだろ? 愛の言葉は惜しげもなく囁けって」
「あっ、そっ、そういう! そうだよねっ、そうだったそうだった! あ、ありがと、私も愛してるよっ!」
ずるりと滑り落ちたアリアの腕、その小さな手をとって指を絡め握る。きゅっと力を込めれば、細い指はおずおずと握り返してくれた。
トン、トンと跳ねるように、わざと互いの肩をぶつけ合って進む。
「……あのね、おじいちゃんとおばあちゃんになってもこうやって、手を繋いで一緒にお散歩したいな」
アリアの想像する未来にも、当たり前のように俺が一緒にいたら良い。
「お前は一度言い出したら満足するまで引かないからな。……良いよ、ずっと繋いでいよう」
他の何に興味を惹かれても、そして満足して飽きてしまった後も、俺のことだけは変わらず隣に置いてくれ。
無条件に君からの愛を捧げられて育った俺はもう、アリアの隣でないと息ができないくらいに溺れてしまっているのだから。
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