天才!かわいいお嫁ちゃん
テレワーク主体の俺は、日々、最寄り駅に御迎えに上がることが日課である。そこそこ乗降者の多い駅だ。電車が来るたび、改札を何十もの人々が出て行く。
GPSアプリを確認する。
これは、嫁が到着予定時刻をわざわざ共有せずとも済むよう、互いにインストールしたものだ。
…………嫁が時速86kmで移動していた。おもしろっ。
そのアイコンの速度が少しずつ緩まって、最寄駅の上で止まる。
ついに嫁が降りてくる。毎日飽きることなく、この瞬間に心が踊る。
また、何十人もの人が改札から吐き出される。
その中に嫁がいないことは分かってる。
嫁は、歩くスピードが絶望的に遅い。
だから必ず、改札から出る集団から離れて、ポツリと曲がり角から現れる。
とぼとぼ。しょもしょも。まるで濡れたポメラニアンのように歩いてくる。
その様子がかわいい。かわいいね。
そして、嫁が満を辞して現れた。
とぼとぼ。しょもしょも。
やはり、濡れたポメラニアンの如く。
ああ、かわいい。かわいいね。仕事の残業疲れたね。疲れてて不機嫌でかわいいね。よしよしよしよし。注文通り、帰ったら大好物のシチューが待ってるよ。おいでおいで。よしよしよしよし。
ゆっくり改札を通った嫁に対して、手を広げて待つ。ニヤニヤが止まらない。
不機嫌そうだが、それでも少し口角が上がった嫁が、俺の胸に倒れ込むように頭突きをくらわした。
パキケファロザウルスちゃんだね。かわいいね。
***
嫁は家に着くまで終始無言で、しょもしょも歩き続けた。疲れててかわいそうでかわいいね。
あくびする口に指を突っ込んでちょっかいかけようとしたら、本気でかまれかけた。歯がガチンと音を立てた。危険生物ちゃんだね。怒っててかわいいね。
家に付いたら、ドアを開錠し、嫁を先に通す。
無言でとぼとぼ入っていく。
玄関で足をフルフル振って、靴下を廊下に落としながらリビングへ向かっていく。めんどくさがりちゃんでかわいい。
それらを集めながら俺はついていく。今の俺はかわいい生物を満足させるためのマシーンであり、その道のプロフェッショナルなのである。尽くす。即ち人生の喜びである。
ダイニングキッチンで嫁が、コンロの上の鍋をじーっと見ていた。
充満するホワイトシチューの香ばしさの、源泉を察知していた。かわいいね。よしよし。
頭を優しくなでながら、分かりきったことを聞いてみる。
「食べたいの?」
嫁は嬉しそうな笑みを浮かべてうなずく。あっという間に上機嫌になったようだ。
美味しいものを食べるとなると、一瞬で機嫌が戻る。かわいいね。
そして嫁は駆け出して、円卓の周囲に置かれた椅子のうち、いつもの椅子に腰かける。
「はやくして、5分以内」
甘えた声で無茶を言う。あざといかわいいかわいいね。ならば俺は行動で以て応えねばなるまい。
***
食事を終えると、嫁はソファに直行して座り、漫画アプリを開く。
後片付けを終えた後、隣に座ってスマホをのぞき込む。充電がない。
延長コードと充電器を用意してお渡しせねば。
「はい充電器」
「至れり尽くせりだね」
嫁はそう言いながら、満足げににやにやしている。かわいいね。
「疲れてるみたいなので」
そうだ。嫁は残業でお疲れなのである。
俺がお世話をし、疲れをいやすのは当然の義。
今日のあなたは……いや、いつもわがままでありたい人だけども、
そのいつもよりわがままなプリンセスちゃんなのです。かわいいね。
俺は忠犬。あなた様のための下僕ですワン。
より一層働かせていただきますワン。
「みみかき。5秒以内」
「はい!」
ワン!!!
「ごーーーーよんーーーーさんーーーー……」
ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン!!!!!!
家の中を機敏に走り抜け、なんとか綿棒を一つ手に入れ、持ってくることに成功した。
「ご苦労」
「ワン」
「おすわり」
「ワン」
「1回まわってワン」
「ワン!」
「ほれ、褒美を与える」
使用済み綿棒を手渡された。捨てろという意。
「ありがたき幸せ」
「くるしゅうない。犬をよこせ」
俺は自分を指さし、首を傾げた。
「違うお前じゃない。本物の犬だ。犬はどこにいる」
「連れてまいります」
「あ?返事が違う」
「ワン」
「よし、行け」
「ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン」
二階に駆け上がり、真の犬を探す。柴犬である。
真の犬は、寝室のベッドを占有して寝ていたらしい。
電気をつけると、眩しそうに眼をしぱしぱさせながらこちらを見ている。
鼻を触ってみる。カピカピに乾燥していた。
やはり爆睡していたか。お前もかわいいね。
「ゲット!!」
「ヴゅ」
真の犬は寝起き早々、俺に持ち上げられて変な声を漏らした。
赦せ。我々の主が貴様を所望されているのだ。
「こちら、真の犬でございます」
そして俺は嫁に真の犬を献上する。かわいいのがかわいいのを抱えている。かわいいいいね。
嫁は満足げに真の犬を撫でながら、告げた。
「ご苦労。去れ」
ワン。
***
洗濯物を取り込んだり片づけたりしていた内に、嫁が寝落ちしてしまったらしい。
ソファに横になり、真の犬もそこに連なるように寝ている。巻尾が脱力し、伸びきっている。
かわいいのがそこらじゅうに落ちててかわいいね。かわいい。
スマホを開き、数枚こっそり写真を撮っておいた。
そして俺は少し嫁の頬を撫でてから、夜の11時にアラームをセットする。嫁がお薬を飲む時間だからだ。
それから俺はリビングの円卓上でノートPCを立ち上げる。
嫁が開発にかかわっているソシャゲを楽しみたいからだ。日課になりつつある。
彼女は超一流のイラストレーターとして活躍している、すごい人なのである。自慢したい。
キャラクターもそろってきたし……スチルや立ち絵を久々にまとめてみたくなってきた。
どれを嫁が担当したものか。当てて行ってやろうと思う。
全キャラクター・エピソードないしイベントのうち、どの立ち絵やスチルを担当したかなんて、はた目から見たらわからないだろう。絵柄寄せが徹底されているのだから。
嫁からも直接教えてもらえるわけじゃない。
だが俺には、嫁が担当した絵がほとんどわかる。ほかの人には判別できないような細かいマテリアルへのこだわりから、高い技能に裏打ちされたデッサン力、光源やアイレベルの設定等の基礎部分の徹底具合等から、判断できる。
7年間。美大で出会った頃から、ずっと隣で嫁の絵を見てきた。
何を描いてきたか、どう成長し変わっていったかも全部知ってる。
その根底にある絵の個性も。
7年間ずっと「あなたは天才だ」と伝えていた。天才という言い方もいささかマイルドだ。
正直、化け物と呼ぶに値する。それほどの才能を当時から感じていた。
本人には自覚はなかったけど、やってることは昔から普通じゃなかった。
ようやく最近は、実績が伴ってきて、本人も自分がおかしい側の人間という自覚が出てきたらしい。
俺だけが知っていた嫁のすごさが、周囲に伝わっていくのがすごくうれしい。
ただ、逆になんだか俺だけが特別に知ってた事実じゃなくなっちゃうのも、少し寂しい。
でも。今も昔も、俺が嫁の絵を一番好きで愛していて、一番理解してるファンなんだって事実は、ずっと、ずっと、変わらない。
一生涯。この特等席を、誰にも譲る気はない。
そして何より、嫁のすべてを愛し愛される男は、未来永劫、俺であってほしい。
俺はそのために、人事を尽くし、ひたすら愛を行動で伝えるのみである。
一生手放したくない。そう嫁に想ってもらえるような、人生でありたいのだ。
────俺は、次にキャラごとの個別エピソードが揃ったページを開く。
ユーザーからも評判の高い、嫁が担当したであろうスチルがあるエピソードを開く。
嫁は自分の絵をほめられて伸びるタイプだ。
起きたら、如何にこのエピソードのスチルが技術的に素晴らしいを、褒め称えようと思う。
俺ならば、本音で20個の具体的なほめほめポイントを導き出せる。これでも余裕なくらいだ。
なんせ俺は、嫁の一番のファンであり夫なのだからね。
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