第6話 錯誤

「ねえ、シエラ!」


「何でしょうか、ミア様?」


 少し強張った声に振り向くと、ミアは指先を落ち着きなく絡めながら立っていた。


「あ、あたしに……料理とか、洗濯とか……その、家事のことを教えてほしいの……!」


 一瞬、言葉に詰まりながらも、ミアは意を決したように顔を上げる。

 その瞳には、期待と不安が入り混じっていた。


「構いませんよ」


 柔らかく微笑み、自然な所作で頷く。


「ミア様がお手伝いくだされば、私も助かります。旅の間は人手が多いに越したことはありませんから」


「ほ、本当!? ありがとう! あたし、頑張るわ!」


 ぱっと表情を明るくするミアに、シエラはほんの少しだけ目を細めた。


「はい。一緒にやりましょう。最初は簡単なところからで大丈夫ですよ」


 女同士だからだろうか。

 そこに含まれる距離感は、アキラに向けるそれよりも、どこか自然で柔らかかった。


「へぇ……珍しいな」


 少し離れた場所で様子を見ていたカイルが、腕を組んで呟く。


「前は魔法書しか眼中になかったのによ」


「さあな。女の子って、急に考え変わることあるだろ」


 アキラはそう言いながら、二人のやり取りから目を離せずにいた。


(……そういえば)


 ふと、ここ最近の違和感が胸に浮かぶ。


(帝国に戻るたび、シエラはどこか機嫌がいいんだよな)


(昨日なんて、鼻歌まで歌ってたし……)


 任務中は常に冷静で、感情を表に出さない彼女が。

 それが、帰還の直後だけ、わずかに柔らぐ。


(……俺との旅が再開できるのが、楽しみだからだよな)


 そう考えた瞬間、胸の奥が熱くなった。


(きっとそうだ)

(いや、そうに違いない)


 根拠のない確信が、静かに積み上がっていく。


 少し離れた場所で、ミアと並んで作業の段取りを確認するシエラは、変わらず淡々としていた。





 部屋の灯りは薄暗く、アキラはシエラの上に覆い被さり、必死の形相で前戯を続けていた。


「シエラ……ここ、気持ち良いだろ?今日は絶対にイカせてみせるから……!」


 小一時間ほど経っただろうか。

 アキラは、彼女を悦ばせている“つもり”で、懸命に手を動かし続けていた。

 力加減がバラバラで、時々痛いくらい強く掴まれたり、急に弱くなったり。

 汗ばむほどの熱意とは裏腹に、その行為はどこか噛み合っていない。


 シエラは仰向けのまま、ただ天井を見つめていた。


 準備を行う時と同様に、皇帝陛下を想えば気も紛れるだろうかとシエラは考える。

 指の形、動き方、力の入れ方……鮮明に思い浮かべて行く。


(あっ……陛下……そこ……♡)


 小さな声が漏れた。


「あっ……♡」


 アキラはそれを聞いて、急に目を輝かせる。


「!?今の……気持ち良かった!?やった!シエラ、俺の指で感じてくれたんだな!?」


 大興奮で指の動きを速めて行く。

 その、乱雑な動きにシエラの身体が少し逃げて行く。


(不敬……ですね……。陛下の事を想い、他の男に抱かれるなど……)


 シエラは唇を引き結び、その連想を罪と断じて切り捨てる。

 表情はスン……と冷め、自らの行いを恥じる様に唇を噛み締める。


「…………アキラ様」


 低く澄んだ声が落ちる。


「既にお伝えしておりますが、私は感じにくい体質です。どうか、そのようなお気遣いはなさらず」


 責めるでもなく、諭すでもない。

 ただ事実を述べるだけの声音に、アキラははっとして動きを止めた。


「そ、そうか……悪かった。でも、さっきの声、俺嬉しいよ。次はもっと気持ち良くしてあげるからな!」


 無理に続けるのは無粋だと判断したのか、彼は素直に身を引く。

 その様子を見届けてから、シエラは視線を伏せたまま静かに続けた。


「……それよりも、始めましょう。お時間も限られておりますので」


 促されるまま、アキラは準備を整える。

 途中、ふと思いついたように口を開いた。


「なあ、シエラ。たまには……その、なしで、っていうのは……」


 無表情のまま、彼女の視線だけが一瞬動いた。


「……申し訳ございません。アキラ様のお気持ちはありがたく存じますが、旅の道中、間違いがあっては困りますので、ご容赦くださいませ」


 そう言って、彼女は慣れた所作でコンドームを手に取る。


(あ、そっか……)


 アキラは一人、納得したように頷いた。


(この世界じゃ、そういうアフターピルとかの手段も無いんだな)

(合理的に考えれば、シエラの判断は正しい。勇者として、ここは我慢だ)


 自分は理解ある側だ――そう結論づけ、彼はそれ以上何も言わなかった。


 だが、彼の知らぬところで。

 シエラの身体は既に、皇后の魔法によって完全に守護されている。


 それでもなお、彼女がその一線を越えさせぬ理由は、別にあった。

 そこだけは、どれほど命じられようとも、誰にも触れさせない場所。


 ――皇帝陛下だけに捧げる、彼女自身の聖域である。


「シエラ! 好きだ! 愛してる!」


 思いもよらぬ言葉に、シエラは一瞬、喉の奥がひくりと鳴るのを感じた。

 噴き出しそうになるのを堪え、咄嗟に腕で顔を覆う。


「もしかして照れてるのか?」

「俺は本気だよ。君のことが、大好きなんだ!」


 痛いくらいに指を食い込ませて、腰を抱き、強く、速く、突き動かしてくる。

 必死な声。縋るような響き。

 そのどれもが、今の彼女にはただ耳障りだった。


(……面倒ですね)


 シエラは感情を切り離すように体勢を変える。


「うわっ……! それ、俺が好きなやつ!」


 歓喜混じりの声が上がる。

 数度、腰をスライドさせるだけで、アキラは堪らず果てる。



「シエラ……君の気持ち、伝わったよ……」


 満足げな声が背後からかかる。

 だがシエラは振り返らず、いつもと変わらぬ手順で身支度を整えていた。


「アキラ様」

「私は従者の身であり、帝国に仕える者です」


 淡々と、事実を並べる。


「光栄なお言葉ではございますが……私には、それを受け取る資格がございません」


「な……っ!?」

「違う、俺は本気で――!」


「私は従者です」

「それ以上でも、それ以下でもありません」


 遮るように告げて、視線を合わせない。


「どうか……私ではなく、あなたを大切に想ってくれる方に、目を向けてください」


 そう告げると、彼女はそれ以上何も言わず、冷えた空気だけ残して立ち去った。


 一人残されたアキラは、しばらく天井を見つめていた。

 やがて、ゆっくりと息を吐く。


「……そうか」


 ベッドに残る微かな香りに顔を埋める。


「シエラが言ってたのは……ミアのことだな」


 そうに違いない、と確信する。

 慎み深い彼女だからこそ、自分の想いを押し殺したのだ、と。


「彼女を縛ってるのは……メイドって立場だ」


 だから――


「俺が魔王を倒して、その束縛から解放してやれば……」


 きっと。

 いや、間違いない。


 これまで何度も身体を重ねてきた。

 飲んで貰った事こそないが、口でするのを断られた事は一度も無い。

 拒まれたのは、キスと、生だけ。

 それも彼女の矜持ゆえだと、今では分かる。


「大丈夫だ……」

「俺が、救ってあげるよ……シエラ」


 都合のいい答えに辿り着いたアキラは、

 愛しい残り香に包まれたまま、安らかな眠りへと落ちていった。




 ――その頃、勇者の知らぬ場所で、彼女は変わらぬ忠誠を報告していた。


「はんっ♡んんっ♡あっ♡くぅ♡」

「それで、シエラ報告は?」


 報告に戻ったシエラを膝に乗せ、皇帝はその秘所と乳房に指を這わせながら問いかける。


「はい……♡ ここ最近のアキラ様は、私を絶頂させようと躍起になり、私の身体を責め続けて……っ。アンっ♡」

「ほう。あやつ、随分とシエラにご執心のようじゃのう」


 傍らでその様子を眺める皇后セラフィエルが、嗜虐的な笑みを浮かべる。


「この様にか?」


 アキラにされた行為を上書きし、シエラの心の片隅にも残らないようかき消していく。


「は、はい、陛下♡そして、結局快楽を与える事も出来ぬまま、身を引かせております。んんっ♡」


「それで、アキラ様が『愛してる』と言いながら腰を動かすのでッ……♡笑みが零れそうになるのを咄嗟に隠しました。あっ……イクッ♡イっちゃう……♡」


「はぁ……はぁ……♡それを恥ずかしがってると思ったアキラ様は、それ以降、私の顔を見ながらしたいと……。あっ♡あっ♡」


「くっ♡その度に面倒に思った私はぁ♡早く終わらせようとするのですが、そうすると随分と上機嫌となるのが不思議で……んんんんっ♡」


「ふむ……」


 皇后セラフィエルの眼が妖しく光る。


「あやつはお前が積極的に動く事が、情熱的に映るようじゃな。シエラの心は陛下にあるとも知らずに……可愛らしいやつじゃ」


「ほ、他にも、んっ……はぁっ♡両手を繋ぎ、愛の告白をしながら身体を重ねるのがお好みのようです……♡」

「こうか?」


 皇帝がシエラの両手を恋人のように恋い繋ぎ、耳元で低く囁く。


「……愛しているぞ、シエラ」


「あっ……陛下……♡」


 その一言で、シエラの理性が弾け飛ぶ。

 主の口から放たれるそれは、彼女にとって世界を創世する言霊に等しい。


「アッ♡アンッ♡陛下♡好きです♡愛しておりますっ♡あっ♡あっ♡」


 眼にはハートが浮かび、もはや報告など頭にない。

 シエラは蕩けきった顔で、主への絶対的な服従と愛をその身で表現していく。

 腰を浮かせて、トロトロに濡れた膣口をすりすりと擦り付けて、報告のご褒美を待つ。


「まったく、蕩け切った顔をしおって……。だが、よい」


「陛下のためにそこまで身を尽くせる者は多くない。忠臣を労うのは、上に立つ者の務めじゃ」


 皇后セラフィエルは、労いを与えるようにシエラの頭にそっと手を置いた。

 皇帝の私室から、夜の終わりまで嬌声が途切れる事は無かった。

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異世界召喚された勇者の専属メイドは皇帝陛下の忠実な雌だった ―勇者様の知らない『秘密の帰省』 @SFDLB

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