忘れ物のランプ

@gagi

 忘れ物のランプ

 朝に目を覚まして布団から出る。となりで眠る夫を起こさないよう、静かに。


 寝室の空気は夜のあいだに冷え切ってしまっていて、すぐに布団へ戻りたくなってしまう。


 私は寝室を出て、階段を下りて、居間に着くとまず最初に暖房をつけた。


 それから居間のカーテンを開ける。


 窓の外では夜明けの薄明の内に、こんもりと一面に積もった雪が白く明るい。


 昨日は穏やかな陽光がさして、ようやく路面の黒いアスファルトが見えるくらいに雪が解けて来ていたのに。元どおりになってしまった。





 雪かきは私がすることにした。夫は四日前に孫たちを無理して抱かかえてから、腰を痛めてしまっていたから。


 玄関の階段周りや道路沿いの庭の雪を、スコップですくい上げて車庫前のロードヒーティングに落としてゆく。


 赤いレンガの舗装面の上へまだらに形成された雪の小島たちは、しずむようにじわじわと解けていった。


 孫たちが作っていった崩れかけのかまくらの近くの雪にスコップを入れると、スコップのふちに硬質な感触があった。


 なんだろうと思って周囲の雪を払う。


 雪の中に埋まっていたのは、ひとつのランプだった。キャンプなどで用いる携行用のランプ。


 ぶら下げるための取っ手がついていて、長方形の枠の中に緩やかな円錐形のガラスカバーがあるLEDランプだ。


 一昨日まで私たちの家に帰省していた息子家族が、夜のかまくらの中でお菓子や、近所の農園で採れたいちごを食べたりして遊んでいたのだ。このランプはきっと息子たちが片付け忘れてしまったものだろう。





 息子たちのランプは凍てつく冬の夜をいくつか過ごした為か、長方形の枠と円錐形のガラスカバーのあいだに頑固な氷が挟まっていた。


 私は今の暖房の前にタオルを敷いて、そこにランプを置いた。ランプの氷はすぐに解けた。私は別のタオルでランプについた水滴を拭き取る。


 家には私と夫の二人だけだった。


 テレビの音はあるけれど、ひどく静かで淋しい。


 数日前までは孫たちのはしゃぐ声が常にどこかしらから聞こえていたのだけれど。


 あの賑やかさが待ち遠しいな、と私は思った。


 けれどお正月はもう終わってしまって、次に息子家族が帰ってくるとすればお盆休みだ。


 私は息子家族に送り返すランプを磨きながら、どうか一日でもはやく、あの元気な賑わいが訪れますようにと願った。





 ぼうっとしながらランプを拭いていると、そのガラスカバーが何かに似ているような気がしてきた。


 この緩やかな円錐形。


 なんとなく、いちごに似ている。


 そうだ、いちご。


 このランプだけを送り返すのは味気ないから、いちごも一緒に送ってあげよう。


 孫たちは近所の農園のいちごを気に入っていたようだから、きっと迷惑にはならないだろう。


 自分にしてはいいことを思いついたなと己を褒めながら、私は車を出すようソファでテレビを見ている夫に声をかけに行った。





 ランプといちごを息子夫婦に送って数日経った日の朝。


「手紙、来てたぞ」


 と、郵便受けに新聞を取りに行った夫が一通の封筒を渡してきた。


 送り主は孫の名前になっている。


 私が封筒を開けると、中からはどこか見覚えのあるキャラクターが描かれた便箋が一枚出てきた。


「なんて書いてあった? 俺も見たい」


 夫がそう言って、私の手元を覗き込む。


 便箋の宛名は『おじいちゃんとおばあちゃん』だった。


 そして綺麗ではないけれど丁寧に書かれた字で『いちごおいしかったです。ありがとう』と書かれてあった。


「送ってよかったな」と夫が言った。私はそれに頷いた。


 静かな家の中に少しだけ、賑やかさが戻ってきたような気がした。

 

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