引き出しには
@ochooo
屋根裏の箪笥
これは、知人の田中さん(仮名)から聞いた話である。
田中さんが小学校四年生のころの出来事だという。
夏休みになると、田中さんの家族は二週間ほど母方の実家へ帰省するのが常だった。
中部地方の山間部にあるその村は、山と田畑に囲まれた静かな土地で、当時の田中さんにとっては、まるで遊び場が集まったような場所だったそうだ。
実家は中門造りの古い家屋で、築百年は下らないと聞かされていたという。
大人たちが「危ないから」と口にするほど、子どもにとっては魅力的な建物だった。
田中さんは一人遊びが好きな子どもだった。
その夏も、家の中でかくれんぼの真似事をして過ごしていたらしい。
なかでも気に入っていたのが屋根裏だった。
昼間でも薄暗く、梁の影が複雑に落ちるその場所は、少し不気味ではあったが、隠れるにはちょうどよかったという。
ただ、その屋根裏には妙なところがあった。
内部に、板で仕切られた空間があり、どうやっても中へ入れないようになっていた。
一度、そのことを祖父に尋ねたことがあったそうだ。
「そこはただの物置だで。
危ねぇもんも入っとるし、入っちゃいかんぞ」
それ以上は、何も教えてもらえなかったという。
入るなと言われると、入りたくなるのが小学生という生き物である。
——と、田中さんは当時の自分を振り返っていた。
翌日の昼下がり、田中さんはその仕切りの前に立っていた。
板は大きく、無理やり打ち付けられたような作りで、一見すると侵入できそうにはなかった。
だが、よく見ると、天井との境にわずかな隙間がある。
小柄な自分なら、体をねじ込めるのではないか。
そう考えた田中さんは、納屋にしまわれていた梯子を引きずり出し、壁に立てかけた。
ぐらつく梯子を慎重に上り、仕切りの上部に指をかける。
体を持ち上げ、向こう側を覗き込んだ。
最初は何も見えなかった。
しかし、目が慣れてくると、暗がりの中に空間の輪郭が浮かび上がってきた。
意外にも、そこは整然としていた。
物置と聞いて想像していたような、雑多な様子はない。
そこにあったのは、一棹の桐箪笥だけだった。
「桐箪笥だったと思います。
そう呼ぶしかないんですけど……」
田中さんは、少し考えてからそう言った。
かなり古いものに見えたが、表面に傷のようなものはなく、きれいに見えたという。
それは、小学生だった田中さんの背丈をゆうに超えるほど大きく感じられたそうだ。
改めて周囲を見渡してみたが、
箪笥以外には、何もなかった。
薄暗い空間の中央に、箪笥だけが置かれていた。
置かれている、というより
そこに在る、と言ったほうが近かったかもしれないと、
田中さんは言った。
うまく説明できない、とも。
そのとき、田中さんは違和感を覚えた。
先ほどまで閉じていたはずの引き出しが、ひとつだけ、わずかに開いている。
下から二番目の引き出しだった。
「動物でもいるのかな」
そう思い、田中さんは引き出しの奥を覗き込んだ。
暗闇が、底なしのように続いていたという。
そこに在るはずのないものがあった。
二つの目。
「そう見えた、というのが正しいかもしれません」
引き出しの中から、自分をじっと見つめていた。
声も、動きもなかった。
ただ、確かに、見られていた感覚だけが残っているという。
恐怖で体が動かなくなり、しばらくのあいだ、その目と見つめ合っていた。
やがて、ふと気づくと、引き出しは閉じていた。
暗闇も、目も、そこにはなかった。
田中さんは我に返り、梯子を駆け下りて居間へ逃げ戻った。
家族に何かを話そうとしたが、なぜか、あの箪笥のことだけは口にしてはいけない気がしたという。
見てはいけなかった。
知ってしまった。
そう直感したのだそうだ。
翌日、意を決して祖父に屋根裏の箪笥について尋ねた。
「そんな箪笥ぁ知らん。
何かの見間違いだに。
入るなって言ったろ。
言うこと聞かん子だな」
その言い方が、嘘をついているようにも、
本当に覚えていないようにも聞こえたという。
祖父はそれ以上、何も語らなかった。
それ以来、田中さんは、わずかに開いた引き出しや戸棚を極度に恐れるようになった。
大人になった今でも、家中の引き出しや棚には、すべて鍵を取り付けているそうだ。
「気のせいなんでしょうけどね」
そう前置きしたうえで、田中さんは言った。
「たまに、いろいろな棚の中から音がするんです。
まるで内側から、開けようとしているみたいに」
なお、その古民家は老朽化のため、すでに取り壊されているという。
屋根裏のことも、
仕切りの向こう側にあったという箪笥の正体も、
いまはもう、確かめようがない。
引き出しには @ochooo
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