第八章 医療革命
遠征チームは、翌朝早くに出発した。
エルナと、回復した老人・子供も同行している。彼らを安全な場所——創太たちの集落——まで送り届けるためだ。
「分岐点まで来たら、チームを分ける」
創太は説明した。
「リーナは、三人を集落まで護衛してくれ。俺とカイルは、北東の集落に向かう」
「……危険じゃないか?」
リーナが眉をひそめた。
「二人だけで行くのは」
「大丈夫だ。カイルは空を飛べる。危険があれば、すぐに逃げられる」
「でも——」
「リーナ」
創太は彼女の目を見た。
「この三人を、無事に届けてくれ。頼む」
リーナは何か言いたげだったが、最終的には頷いた。
「……わかった。気をつけてくれ」
「ああ」
分岐点で、チームは二手に分かれた。
リーナたちが去っていく背中を見送りながら、創太は歩き始めた。
「さて、行くか」
「ああ」
カイルが翼を広げた。
「上空から偵察しながら進む。危険があれば、すぐに知らせる」
「頼む」
カイルは飛び上がり、創太は地上を歩いた。
北東の集落に着いたのは、午後遅くだった。
「……これは」
創太は、思わず声を漏らした。
集落は、想像以上に悲惨な状態だった。
簡易的なテントが点在している。どれもボロボロで、雨風を凌げるかどうかも怪しい。
人々は痩せ細り、目には生気がない。
「誰だ?」
警戒の声が飛んできた。
男が一人、杖を構えて近づいてきた。老人だ。白髪で、顔には深い皺が刻まれている。
「俺は鳴海創太。南西の集落から来た」
「南西……? あそこに集落があるのか?」
「ああ。百五十人以上が暮らしている」
老人の目が、驚きで見開かれた。
「百五十……? そんな大人数が、どうやって……」
「それを説明しに来た」
創太は荷物から、食料を取り出した。
「まずは、これを」
おにぎり、パン、スポーツドリンク。この世界の人々には見慣れない形状だが、食べ物であることはわかるだろう。
老人は恐る恐る手を伸ばした。
「これは……何だ?」
「食料だ。食べられる」
創太は一つ取り、自分で一口かじって見せた。
老人はそれを見て、少し安心した様子で、おにぎりを受け取った。
一口かじる。目が見開かれた。
「美味い……! 何だこれは……!」
「みんなにも配ってくれ。足りなければ、もっと持ってくる」
老人の目に、涙が浮かんだ。
「あんたは……いったい……」
「ただの店長だ」
創太は微笑んだ。
「話は、食事の後だ。まずは、みんなに腹を満たさせてくれ」
食事が配られ、集落の人々が落ち着きを取り戻した頃、創太は説明を始めた。
「俺たちの集落では、食料の生産と物資の管理を組織的にやっている。農業、狩猟、そして——」
創太は背負い荷を指した。
「この店の商品だ」
「店?」
老人——この集落のリーダーらしい——が首を傾げた。
「俺の店は、異世界から転移してきた。詳しいことは省くが、この店の商品は——魔法のように補充される」
信じられない、という表情が浮かんだ。
「そんなことが……」
「信じられないのは当然だ。でも、この食料が証拠だ」
創太は残りの商品を見せた。
「俺たちは、この仕組みを使って、困っている人々を助けたいと思っている」
「……なぜだ?」
老人が聞いた。
「なぜ、見ず知らずの俺たちを助ける?」
「理由が必要か?」
創太は肩をすくめた。
「困っている人がいるなら、助ける。それだけだ」
老人は黙って創太を見つめていた。
やがて、深々と頭を下げた。
「……ありがとう。あんたの善意を、俺たちは忘れない」
「礼はいらない」
創太は言った。
「その代わり、頼みがある」
「頼み?」
「情報だ。この辺りの状況、魔王軍の動き、他の集落の位置。知っていることを教えてほしい」
老人は少し考えた後、頷いた。
「わかった。俺が知っていることは、全部話そう」
情報交換は、夜遅くまで続いた。
老人——名前はガルムといった——は、この地域の状況に詳しかった。
「魔王軍の主力は、東に進んでいる。俺たちがいる場所は、今のところ侵攻ルートから外れている」
「つまり、比較的安全ということか」
「ああ。少なくとも、今のところは」
ガルムは地図を描きながら続けた。
「他にも、小さな集落がいくつかある。どこも俺たちと同じで、食料と物資に困っている」
「位置はわかるか?」
「大体はな。でも、正確な場所は——」
「それでいい」
創太は地図をメモした。
「戻ったら、カイルに調査させる」
「カイル?」
「俺の仲間だ。空を飛べる」
ガルムは驚いた表情を見せたが、何も言わなかった。
この世界では、翼を持つ種族も珍しくないのだろう。
「最後に一つ」
創太は聞いた。
「あんたたちの中に、医療の心得がある者はいるか?」
「医療……?」
ガルムは首を振った。
「薬師の見習いが一人いたが……数日前に、熱病で死んだ」
「……そうか」
創太は唇を噛んだ。
医療の欠如は、深刻な問題だ。エルナを仲間に迎えたことは、本当に幸運だった。
「もし良ければ——」
創太は提案した。
「あんたたちの集落から、数人を俺たちの所に送ってくれないか?」
「送る?」
「医療の基礎を教える。衛生管理、応急処置、病気の予防。学んで帰れば、この集落でも役に立てる」
ガルムの目が、希望で輝いた。
「本当か? そんなことができるのか?」
「ああ。約束する」
創太は手を差し伸べた。
「一緒に、この困難を乗り越えよう」
ガルムは、その手を強く握り返した。
翌日、創太とカイルは集落を後にした。
「いい成果だったな」
カイルが言った。
「ああ。情報は金より価値がある。それに——」
創太は振り返った。
見送りに来た集落の人々が、手を振っていた。
「仲間が増えた」
「仲間、か」
カイルは微笑んだ。
「お前のやり方は、確実に広がっているな」
「まだ始まったばかりだ」
創太は前を向いた。
「やることは、山ほどある」
帰路につきながら、創太は考えた。
北東の集落との連携。情報ネットワークの構築。医療教育の実施。
そして——
「いつか、もっと大きなことを」
創太は呟いた。
コンビニ店長の野望は、少しずつ形になり始めていた。
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