第二章 最初のお客様
翌朝、創太は午前五時に目を覚ました。
バックヤードの休憩室で三時間ほど仮眠を取ったが、体内時計はいつも通りに機能しているらしい。六時の早番が来る前に起きる——そんな習慣が、異世界に来てもなお生きている。
もちろん、ここには早番は来ない。
「……」
創太は顔を洗い、作業着を整えてから、売場に出た。
難民たちはまだ眠っている。イートインスペースのベンチや床に、思い思いの姿勢で横たわっていた。子供たちは母親にしがみつくように眠り、リーナは壁に背を預けて座ったまま、浅い眠りについている。
創太は足音を立てないように歩き、バックヤードの搬入口に向かった。
昨夜、発注端末から送信したデータ。あれが本当に「どこか」に届いていたなら、今朝、何か変化があるはずだ。
搬入口のシャッターを開ける。
「——っ」
創太は息を呑んだ。
そこには、折りたたみコンテナが積み上げられていた。
青い樹脂製のコンテナ。「フレンドリーマート共同配送センター」のロゴが印刷されたラベル。中身は——
おにぎり。パン。飲料水。
創太が発注した通りの商品が、ぎっしりと詰まっていた。
「嘘だろ……」
手を伸ばし、コンテナに触れる。冷たい。チルド帯の商品は、きちんと温度管理された状態で届いている。
「どこから来た……?」
周囲を見回す。搬入口の外には、相変わらず草原が広がっているだけだ。配送トラックの轍も、人の足跡も見当たらない。
まるで、商品が空から降ってきたかのように——いや、それ以上に不可思議な方法で——届けられている。
『おはようございます、店長』
スピーカーからマネージャーの声が響いた。
「マネージャー、これは——」
『はい。発注された商品です。無事に届いたようですね』
「どうやって? 誰が届けた?」
『それについては、まだ詳しくご説明できません。ただ、一つだけ言えることがあります』
マネージャーは一拍置いて続けた。
『この店舗は、転移後も「フレンドリーマート」としての機能を維持しています。発注、納品、在庫管理——全てのシステムが、この世界でも正常に動作します』
「正常に動作って……。本部との通信は途絶えてるはずだろう?」
『本部ではありません。別の「供給源」と接続されています。その供給源が何であるかは——』
「まだ言えない、か」
『申し訳ありません。時が来れば、必ず全てをお話しします』
創太は溜息をついた。
納得できない部分は多い。しかし、目の前の事実——商品が届いたという事実——は否定できない。
「……まあいい。今はこれで助かる」
創太はコンテナを店内に運び込み、冷蔵ケースと棚に商品を補充し始めた。
いつもの作業だ。先入れ先出しの原則に従い、古い商品を前に、新しい商品を後ろに配置する。賞味期限のチェック。フェイスアップ。全てが体に染み付いた動作だった。
作業を終える頃には、太陽が完全に昇っていた。
店内が明るくなり、難民たちが一人、また一人と目を覚まし始めた。
「これは……昨日と同じ食べ物だ!」
朝食を配った時、子供たちが歓声を上げた。
おにぎりとパン、そして牛乳。創太が用意した朝食を、難民たちは嬉しそうに受け取った。
「どこから手に入れたんだ?」
年配の男性——難民のリーダー格のようだ——が創太に尋ねた。
「届いたんだ。朝、起きたら」
「届いた? 誰が届けた?」
「……わからない」
創太は正直に答えた。
「この建物——この店には、不思議な力がある。俺が必要な物を注文すると、翌朝届く。どこから届くのかは、俺にもわからない」
難民たちがざわめいた。
「精霊の加護か?」
「いや、魔法かもしれない。こんな強力な転移魔法は聞いたことがないが——」
「神殿の祝福という可能性は?」
様々な推測が飛び交う。創太は口を挟まなかった。この世界の人々には、この世界なりの解釈があるのだろう。
リーナが近づいてきた。
「昨夜より顔色がいいな」
創太が言うと、リーナは少し照れくさそうに頷いた。
「……あなたのおかげで、久しぶりにまともに眠れた」
「そうか」
「それに——」
リーナはおにぎりを見下ろした。
「こんなにおいしい食べ物、初めてだ。米と……塩と……他に何が入っている?」
「鮭。魚の一種だ」
「さけ……」
リーナはその名前を噛みしめるように呟いた。
「私たちの村でも魚は食べたけど、こんな味じゃなかった。どうやって作るんだ?」
「工場で作られてる」
「工場?」
「大きな建物で、機械を使って大量に生産するんだ。うちの会社だと、おにぎりだけで一日に何百万個も作ってる」
「何百万……!?」
リーナの目が点になった。
「そんな数、想像もつかない」
「まあ、俺の世界の話だけどな」
創太は肩をすくめた。
「ここでは、そういうシステムは使えない。だから——」
言葉を切り、創太は店内を見回した。
「この店の商品が尽きないうちに、別の方法を考えなきゃならない」
「別の方法?」
「食料の自給だ。農業とか、狩猟とか。そういうことができる人間は、この中にいるか?」
リーナは少し考えた後、答えた。
「農業の心得があるのは、あそこの老夫婦だ。村で畑を耕していた。狩りなら——私ができる」
「あんたが?」
「獣人は、人間より嗅覚と聴覚に優れている。獲物を追うのは得意だ。もっとも——」
リーナは自嘲気味に笑った。
「今の私の体力じゃ、ウサギ一匹追うのも難しいだろうけど」
「なら、まず体力を回復させることだ。しばらくはここでゆっくり食え。話はそれからだ」
創太の言葉に、リーナは少し驚いた顔をした。
「……なぜ、そこまでしてくれる?」
「だから言っただろう。あんたたちは客だ」
「でも——」
「客を満足させるのが、店長の仕事なんだよ」
リーナは何か言いたげだったが、結局、小さく「……変な人」と呟いただけだった。
午後になると、創太は難民たちに「店内ルール」を説明し始めた。
「まず、商品を勝手に取らないこと。欲しい物があったら、俺に言え。配給として渡す」
難民たちが頷く。
「次に、衛生管理だ。食事の前には必ず手を洗う。トイレの後も必ず洗う。使った食器は決められた場所に戻す」
「手を洗う?」
子供たちの一人が首を傾げた。
「そうだ。病気の予防になる」
創太は説明しながら、手洗い場を案内した。
「最後に——ゴミの分別だ。燃えるゴミ、燃えないゴミ、リサイクル。それぞれ分けて捨てろ。ルールを守れば、誰でもこの店に滞在できる」
難民たちは、困惑しながらも素直に頷いた。
彼らにとって、これらのルールは未知のものだっただろう。しかし、創太の真剣な表情を見て、従おうとしてくれている。
「よし。じゃあ、実践だ」
創太は難民たちを手洗い場に連れて行き、正しい手洗いの方法を教えた。
水で濡らし、石鹸をつけ、手のひら、手の甲、指の間、爪の下——全ての箇所を丁寧に洗う。三十秒以上かけて、最後は流水でしっかりすすぐ。
「こんなに念入りに洗うのか……」
年配の女性が驚いた声を上げた。
「我々の村では、水で軽く流すだけだった」
「それじゃ不十分だ。目に見えない汚れがある。それが病気の原因になる」
創太は断言した。
「この店では、この方法で手を洗う。全員だ。例外はない」
厳しい口調だった。しかし、それには理由があった。
コンビニで働いていて、衛生管理の重要性を嫌というほど知っている。食中毒が一度でも発生すれば、店は終わりだ。そして、この異世界には病院もなければ、抗生物質もない。一度感染症が広がれば、取り返しのつかない事態になる。
「ルールを守れば、守られる」
創太は難民たちの顔を一人一人見回した。
「俺はあんたたちを追い出さない。だから、ルールを守ってくれ」
しばらくの沈黙の後、リーダー格の男性が口を開いた。
「……わかった」
彼は深々と頭を下げた。
「あなたの言う通りにする。我々を受け入れてくれたことに、心から感謝する」
他の難民たちも、それに倣って頭を下げた。
創太は少し居心地悪そうに目を逸らした。
「礼はいらない。ルールを守ってくれれば、それでいい」
その日の夜。
創太は一人で売場に立ち、窓の外を眺めていた。
二つの月が、静かに夜空を照らしている。
「マネージャー」
『はい、店長』
「この世界について、何か知っていることはないか?」
『いくつかの情報を収集しました』
スピーカーから、マネージャーの落ち着いた声が響く。
『この大陸は「ヴェルディア」と呼ばれています。人間、獣人、エルフ、ドワーフなど、複数の知的種族が共存——していましたが、現在は「魔王軍」の侵攻により、各地で戦闘が発生しています』
「魔王、か」
『はい。「魔王ザルヴァドール」という名で呼ばれている存在が、約三年前から大陸の征服を開始しました。人類側の連合軍は敗退を続けており、現在、大陸の約三分の一が魔王軍の支配下に置かれています』
創太は眉をひそめた。
「かなり深刻な状況だな」
『はい。難民の発生もその結果です。故郷を失った人々が、各地を彷徨っています』
「……」
創太は腕を組んだ。
「その魔王ってのは、どんな存在なんだ?」
『詳細な情報は不足していますが、古代竜の化身であるという伝承があります。非常に長い寿命を持ち、強大な魔力を有しているとされています』
「倒せる見込みは?」
『現状では、人類側に勝機は薄いと言わざるを得ません。戦力差だけでなく、補給と情報の面で魔王軍が圧倒しています』
補給と情報。
その言葉に、創太の目が光った。
「補給……」
『はい。戦争は最前線だけで行われるものではありません。兵站——つまり物資の供給線が、勝敗を決める重要な要素です。人類軍は、その点で大きく劣っています』
「逆に言えば、補給を改善できれば——」
『戦況を変える可能性はあります。しかし、それには——』
「大規模なサプライチェーンが必要、か」
創太は窓から視線を外し、店内を見回した。
冷蔵ケース。棚。レジ。バックヤード。
コンビニエンスストア。
二十四時間営業。年中無休。定時配送。温度管理。在庫管理。単品管理——
「なあ、マネージャー」
『はい』
「この店の機能を、もっと広げることはできるか?」
『どういう意味でしょうか?』
「今、この店は一箇所に固定されている。でも、コンビニってのは本来、チェーン展開するもんだ」
創太は言葉を選びながら続けた。
「もしこの世界で、複数の拠点を作れたら——物資を各地に届ける仕組みを作れたら——もっと多くの人を救えるんじゃないか」
沈黙が流れた。
やがて、マネージャーが答えた。
『興味深い発想です、店長』
『この店舗の機能は、確かに現在地に固定されています。しかし——この世界には、別のアプローチが存在するかもしれません』
「別のアプローチ?」
『この世界の住人に、「店舗運営」を教えることです。フランチャイズ展開に近い概念ですね』
創太は目を見開いた。
フランチャイズ。
本部が店舗オーナーに経営ノウハウを提供し、各オーナーが自分の店を運営する。それによって、同じブランドの店舗が各地に広がっていく——現実世界のコンビニチェーンが成長した仕組みだ。
「この世界の人間に、コンビニの運営方法を教えるってことか」
『はい。商品の補充はこの店舗の「特殊な機能」に依存していますが、運営ノウハウ——在庫管理、衛生管理、顧客対応——は、人間が学び、実践できるものです』
「……なるほど」
創太は顎に手を当てた。
壮大な計画だ。一朝一夕にできることではない。
しかし——
「面白いじゃないか」
創太の口元に、小さな笑みが浮かんだ。
「コンビニで世界を救う、か」
馬鹿げた話だ。でも——
できないと決まったわけじゃない。
「よし」
創太は姿勢を正した。
「まずは、この難民たちに店舗運営の基礎を教える。使える人材がいれば、もっと本格的な訓練を始める」
『承知しました。必要なマニュアルやデータは、いつでも提供できます』
「頼む」
創太は再び窓の外を見た。
二つの月の下、草原が静かに広がっている。
その向こうには、戦火に苦しむ人々がいる。
「待ってろ」
創太は誰にともなく呟いた。
「コンビニが、助けに行く」
翌朝。
創太が目を覚ましてバックヤードに行くと、また新しい商品が届いていた。
発注した通りの品目。発注した通りの数量。
「やっぱり、来るんだな……」
驚きよりも、納得の方が大きかった。
この「謎の補充システム」が信頼できるものだと、創太は確信し始めていた。理屈は分からない。しかし、結果は確かだ。
「店長」
声をかけられ、振り返る。リーナが立っていた。
「おはよう。どうした?」
「手伝いたい」
リーナはまっすぐに創太を見つめた。
「昨日、あなたが言っていた——『店舗運営』を学びたい」
「……」
創太は少し驚いた。
昨夜、マネージャーとの会話は、リーナには聞こえていなかったはずだ。
「なぜ急に?」
「私は、復讐のために生き延びた」
リーナは静かに言った。
「でも、一人じゃ何もできない。あなたのやり方を見ていて——私も何かできるかもしれないと思った」
その瞳には、強い意志が宿っていた。
創太は数秒間、その目を見つめた。
「……重労働だぞ」
「構わない」
「覚えることも多い」
「覚える」
「朝は早いし、夜は遅い」
「……私は獣人だ。睡眠は人間より少なくて済む」
創太は思わず笑った。
「そうか。じゃあ——」
エプロンを一枚、リーナに手渡した。
「まずはこれを着ろ。研修開始だ」
リーナは不思議そうな顔でエプロンを見つめた。
「これは……?」
「制服みたいなもんだ。フレンドリーマートで働く人間は、全員これを着る」
リーナはぎこちない手つきでエプロンを身につけた。
サイズが合っていない。創太は背中の紐を調整してやった。
「よし。似合ってる」
「……そうか?」
リーナは少し照れくさそうだった。
「じゃあ、最初の仕事だ」
創太はリーナを商品棚の前に連れて行った。
「これから教える作業を『品出し』という。バックヤードから商品を運んで、棚に並べる。基本中の基本だ」
「わかった」
「ただ並べればいいってもんじゃない。ルールがある」
創太は棚に手を伸ばした。
「まず、『先入れ先出し』。古い商品を前に、新しい商品を後ろに置く。こうすれば、古い商品から先に売れる」
「なぜそれが重要なんだ?」
「食べ物には期限がある。古いものが残り続けると、腐って無駄になる」
リーナは頷いた。
「なるほど……。効率的だな」
「次に、『フェイスアップ』」
創太は棚の商品を手前に引き出し、パッケージの正面を揃えた。
「商品を前に出して、顔——つまりラベルを正面に向ける。こうすると、客が商品を見つけやすくなる」
「見た目も大事ということか」
「そうだ。見た目が整っていると、客は『この店はちゃんとしている』と信頼する。信頼は売上に繋がる」
リーナは真剣な表情でメモを取るような仕草をした。実際にはメモ帳がないので、頭の中で整理しているのだろう。
「やってみろ」
創太が促すと、リーナは少しぎこちなく、しかし丁寧に商品を並べ始めた。
最初は手際が悪かったが、徐々にコツを掴んでいく。獣人特有の身体能力が活きているのか、動きに無駄がなくなっていく。
「筋がいいな」
「……本当か?」
「ああ。飲み込みが早い」
リーナの耳が、ぴこぴこと嬉しそうに動いた。
その様子を見て、創太は小さく微笑んだ。
もしかしたら——この少女は、本当に店舗運営を学べるかもしれない。
そしてもしかしたら——彼女だけでなく、他の難民たちも。
「よし、次は——」
創太が言いかけた時、自動ドアが開いた。
「——?」
振り返ると、見知らぬ人物が立っていた。
若い男だった。二十歳前後。整った顔立ちで、短い金髪をオールバックにしている。
そして——背中には、翼があった。
鳥の翼ではない。蝙蝠に似た、革のような質感の翼。それが、折りたたまれた状態で背中から生えている。
「……」
男は店内を見回し、商品棚を眺め、そして創太とリーナを見た。
「ここは……何だ?」
その口調には、警戒と好奇心が入り混じっていた。
創太は一歩前に出た。
「いらっしゃいませ」
いつもの台詞。いつもの笑顔。
「フレンドリーマートへようこそ。何かお探しですか?」
男は呆気にとられた表情で、創太を見つめた。
「……お前、何者だ?」
「俺は店長。鳴海創太」
創太はカウンターを指差した。
「ここは店だ。食べ物や飲み物を売っている。欲しいものがあれば、言ってくれ」
男の目が、再び店内を巡った。
冷蔵ケースに並ぶ飲料。棚に整然と陳列された食品。見たこともない包装、聞いたこともない言葉——
「これは……」
男の表情が変わった。
驚愕。そして——
「すごい」
純粋な感嘆の声が、彼の唇から漏れた。
「なんだこれは。見たことがない。こんな施設は、王都にもなかった」
「王都?」
リーナが警戒心を剥き出しにした。
「お前、王国の人間か?」
男はリーナを一瞥した。
「……獣人か。落ち着け、敵じゃない」
「証拠は?」
「俺は——」
男は苦々しい表情で言った。
「元・騎士団の参謀だ。今は追放された身だ」
「追放?」
「負け戦の責任を取らされた。本当は上層部の判断ミスなのに、俺に全部押し付けやがった」
男は自嘲気味に笑った。
「カイル・エアリース。それが俺の名だ。今は行くあてもない浮浪者だよ」
創太は静かに話を聞いていた。
カイルという名の有翼族の男。元騎士団参謀。追放された——
「腹は減ってないか?」
創太の言葉に、カイルは目を丸くした。
「……は?」
「食事だ。ここには食べ物がある。欲しいなら出す」
カイルはしばらく創太を見つめていた。
「……なぜ、見ず知らずの俺に?」
「言っただろう。ここは店だ」
創太は淡々と答えた。
「客に事情は聞かない。来た者には食い物を出す。それがルールだ」
カイルの表情が、複雑に歪んだ。
困惑。疑念。そして——どこか救われたような、微かな安堵。
「……変な奴だな」
「よく言われる」
創太は肩をすくめ、おにぎりとパンを差し出した。
カイルは一瞬躊躇した後、それを受け取った。
一口かじる。咀嚼する。そして——目を見開いた。
「美味い……」
「そうか。よかった」
カイルは無言でおにぎりを食べ続けた。二つ目、三つ目と手を伸ばし、気づけば皿の上は空になっていた。
「……食べさせてもらっておいて言うのも何だが」
カイルは口元を拭いながら言った。
「お前、本当に何者だ? こんな施設、こんな食料、どこから手に入れた?」
「長い話になる」
「時間ならある。行くあてもないしな」
創太は少し考えた後、頷いた。
「じゃあ、話そう」
創太は、自分がこの店ごと異世界に転移してきたこと、難民たちを保護していること、そして商品が謎の方法で補充されることを、かいつまんで説明した。
カイルは黙って聞いていた。
話が終わると、彼は長い溜息をついた。
「……信じられない話だな」
「だろうな」
「でも——」
カイルは店内を見回した。
「この施設が実在している以上、嘘じゃないんだろう」
「ああ」
「それに——」
カイルの目が、鋭くなった。
「さっき見たぞ。お前があの機械を操作しているところ」
「機械?」
「あれだ」
カイルが指差したのは、POSレジだった。
「あの画面に、何かが表示されていた。数字と、文字と——図形のようなもの」
「ああ、売上データだ。今日何が売れたか、どれくらいの客が来たか、そういう情報がわかる」
カイルの目が、さらに鋭くなった。
「……情報、か」
彼は身を乗り出した。
「もっと詳しく教えてくれ。その『機械』のことを」
その日の午後、創太はカイルにPOSシステムの基本を説明した。
「これが『客層キー』だ。客の性別と年齢を入力すると、『いつ、どんな商品が、どんな客に売れたか』がわかる」
「つまり——傾向を分析できる、ということか」
「そうだ。このデータを使って、明日何が売れるかを予測する。それに基づいて発注する」
カイルは食い入るように画面を見つめていた。
「すごい……。これは——」
彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「戦略に使える」
「戦略?」
「俺は参謀だった。敵の動きを予測し、味方の行動を計画する——それが仕事だ」
カイルは興奮を抑えきれない様子で続けた。
「この機械が集める『情報』を、戦争に応用できないか?」
創太は眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「例えば——敵軍の補給線を把握できれば、弱点がわかる。いつ、どこに、何が届くか。それがわかれば、効果的な攻撃ができる」
「……」
「逆に、味方の補給を効率化することもできる。必要なものを、必要な場所に、必要なタイミングで届ける。それができれば——」
カイルの目が、炎のように燃えていた。
「戦争を変えられる」
創太は沈黙した。
カイルの言っていることは、ある意味で正しい。サプライチェーンマネジメントは、現代の戦争でも重要な要素だ。湾岸戦争でも、イラク戦争でも、物流の優位性が勝敗を分けた。
しかし——
「俺は、戦争をするつもりはない」
創太は静かに言った。
「この店は——人を救うための場所だ。殺すためじゃない」
カイルは一瞬、意外そうな顔をした。
「……だが、魔王軍を倒さなければ、この大陸の人間は救われない」
「わかってる」
創太は頷いた。
「でも、俺のやり方は『戦う』ことじゃない。『支える』ことだ」
「支える?」
「物資を届ける。情報を共有する。疲れた人間に休む場所を提供する。それが、コンビニにできることだ」
カイルはしばらく沈黙した。
やがて、彼は小さく笑った。
「……面白い男だな」
「よく言われる」
「同じ台詞を何度も聞いた気がするぞ」
「事実だからな」
二人は、同時に笑った。
「わかった」
カイルは姿勢を正した。
「お前のやり方に、俺も乗ってみよう」
「……いいのか?」
「俺は追放された身だ。今さら騎士団に戻る気もない。でも——」
カイルは窓の外を見た。
「この大陸を救いたいという思いは、まだ残っている。お前のやり方で、それができるなら——試してみる価値はある」
創太は、カイルの横顔を見つめた。
「……わかった」
創太は手を差し出した。
「じゃあ、よろしく頼む。カイル」
カイルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに手を握り返した。
「ああ。よろしく——」
彼は少し照れくさそうに笑った。
「店長」
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