第5話 騎士団長の雑用係

 トラブルはあったが、無事に王都の騎士見習いの宿舎に到着することができた。


 王国には四つの騎士団が存在する。


・王族を守護する近衛騎士団。

・王城を守護する第一騎士団。

・王都の城壁を守護する第二騎士団。

・王都の外と平民街を守護する第三騎士団。


 この四つの大きな騎士団が存在しており、それぞれに階級が存在する。


 そして、王国騎士の誰もが目指す階級。


 それは元帥ではない。


 個人で軍隊と同等の強さを持つと言われる。


 クラウンナイツ。


 騎士の最高位であり、それぞれの軍団長よりも上の立場、元帥閣下と同等の権限を持つ唯一無二の爵位の一つでもある。


 王国の騎士になるなら、誰もが目指す場所ではあるが、自分がそんな高い地位につけるとは思っていない。


 クラウンナイツは万夫不当の豪傑であり。


 戦闘力だけでなく、知識、教養、立ち振る舞いまで、全てを評価されるのだ。


「ふぅ、やっと落ち着けるな」


 今回、俺が配属されたのは第二騎士団だった。


 事前に荷物を送っていたので、部屋に入る。


 机とベッド。あとは荷物と服を入れるためのクローゼットだけの簡易の部屋。


 だけど、騎士見習いとしての仕事を頑張ることで、王国一の美女に釣り合う男になるために最初の部屋としては申し分ない。


 王国一の美女と釣り合う男として、目指すのはクラウンナイツではあるが、あくまで目標だ。


 実家を出る前に姉にいわれた言葉を思い出す。


「訓練所に入るのよね?」


 姉さんは朝食の席で、紅茶を飲みながら問いかけてきた。


「ああ、騎士見習いの資格は得た。それに王都で働くことで自分を鍛え直そうと思っているんだ」

「いい顔になったじゃない。ちゃんと目標を持つのはいいことね。頑張りなさい」


 姉さんはいつも俺の味方でいてくれる。


「ただし」

「うん?」

「美女を探すのはいいけど、変な女に捕まらないこと!」

「変な女って、偏見がすごいな……」

「女は女を知るってことよ。女の敵は女だからね」


 姉さんはさらりと言い切った。俺は苦笑いしつつ、パンを口に運んだ。


 王国一の美女が誰なのか、未だに答えは出ない。


 馬車に乗っていた高位貴族の令嬢も十分に王国一の美しさを持っていたように思う。だが、王国一の美女なのかわからない。


 だから、俺は王国一の美女に出会った時、自分が誇れる自分でいたい。



 第二騎士団の宿舎は、王城の外郭に存在する。


 高い石壁。広い訓練場。馬場。槍の的。弓の的。整列用の白線。


 将来の騎士を育てるための場所であり、当然ながら空気が違った。


 雑談すら、硬い。笑い声があっても、どこか短い。


 俺は受付で書類を出し、支給品を受け取り、部屋に荷物を置いて指定された隊列に並んだ。


 周りは同年代の男女。男性の方が比率は多い。7:3ってところだろうか?


 貴族の次男や三男、一代限りの騎士爵の息子、平民上がりの猛者。顔つきは様々だが、目だけは同じだった。


 クラウンナイツを目指す。その意気込みが伝わってくる。


 最初は誰もが、自分こそは頂点の騎士になるんだと夢を抱いている。


 数名の女子もいるが、ここで生き残ることができるのだろうか? ダメだダメだ。人の心配をしている場合じゃない。俺も頑張らないと。


 仕事も、王国一の美女も。肩書きも、実力も、立場も。


 全部、俺はどれ一つ誇れるものはない。


 隊列が整列し終えると、鐘が鳴った。



 訓練場の空気が、一段冷える。


「整列ッ!」


 第二騎士団副騎士団長のバインドさんが怒鳴り声を上げる。


 スキンヘッドに二メートルを超える大男の威圧に新人たちは圧倒される。


 俺も背筋を伸ばして、訓練場の正面を見つめた。


 石段の上に、ひとりの女性が現れる。


 高身長、真っ赤な髪は腰まで伸びていた。


 絶世の美女。


 その言葉が、安っぽくなるくらい美しい女性が、そこに立っていた。


 白銀に近い鎧を身に纏い。陽を受けて、刃みたいに光る瞳は赤く俺たちを見つめていた。


 軍服の上着はきっちり閉じられているのに、主張が激しい胸が見習いたちの視線を釘付けにする。


 大きい。


 反射で視線を上に戻した。……何見てんだ俺。


 違う。違うんだ。俺は美女を探している。いや、探してるけど、いきなりこれは心臓に悪い。


 女性は石段を降りた。たったそれだけで、訓練場の全員が静かになった。


「私は、第二騎士団長。アデルハイト・フォン・グラーツだ」


 声は低く、通る。指揮官としての殺気を含んだ声。


 見習いの中には殺気に当てられて気絶した者が出た。


「今日から諸君らは騎士見習いとして、この第二騎士団に所属してもらう。ここは甘い場所じゃない。貴族だろうが平民だろうが、戦いの前では同じだ」


 まっすぐな言葉。目が、こちらを射抜く。殺気。


 殺す! ハッキリ告げられているような圧を僕はそれでもまっすぐに彼女を見つめ続けた。一瞬だけ目が合うと、フッと笑った気がする。


「ここで残れる者は、命を預けるに値する仲間になるだろう。ここで落ちる者は、王国の盾にはなれない。騎士になることは諦めてもらう」


 アデルハイト団長は一拍置いて、口元だけで笑った。


「……死にたくなければ、死ぬほど鍛えろ」


 笑顔の内容じゃない。なのに、その瞬間。訓練場にいた男の半分が、目を輝かせたのが分かった。


 こちらを煽るのが上手い。やばいな。この人は絶対に人気がある。


 王国一の美女、候補なのかもしれない。


 俺の頭の中で、リストの最上位が勝手に書き換わった。


 見たこともない王女でも、誰もが憧れる聖女でもない。


 今この瞬間、俺の目の前にいるこの人が「王国一」と呼ばれているような気にさせられる。


「貴様!」


 団長の目が、列をなぞる。そして、なぜか。俺のところで止まった。


 ……え? 俺は背筋を固めた。見られてる。真っすぐ。逃げられない。


「名乗れ」


 唐突に言われた。俺は一瞬遅れた。


「ホ、ホートです! ホート・ルベル!」

「ホートか、学園で剣の腕前は?」

「上位……でした。ですが、一位ではありません」


 変に盛らない。団長は小さく頷く。


「正直でいい」


 その一言で、なぜか胸の奥が熱くなった。褒められた。


「ホート見習い騎士生、前に出ろ」


 隣の男が「え?」という顔をした。俺も同じだ。でも、出る。出るしかない。


 列から一歩前へ。


 周囲の視線が刺さる。俺は喉を鳴らして、団長の前に立った。


 近い。近いって。団長、近いと……その……目線のやり場が……。


「貴様は」


 団長が、俺の顔を覗き込むように言う。


「……いい目をしているな」


 胸に何度も視線が落ちそうになるが、今やれば斬り殺される! 殺気を放ち続ける団長。だから、必死に彼女の眼力に耐え続ける。


 訓練場の男どもがざわついた。俺は顔が熱くなるのを感じる。


「あっ、ありがとうございます……!」

「うむ」


 団長は平然としたまま、言葉を切る。


「今日から、貴様に私の雑務をしてもらう」

「……は?」


 声が出た。その瞬間、副騎士団長の目が光る。


 俺は反射で背筋を伸ばした。


「はっ! し、失礼しました! 承知であります!」

「よい」


 団長は、まるで何でもないように許してくれた。


「見習いの中から一人、私の訓練を間近で見せる役が必要なのだ。貴様は私が殺気を飛ばしても視線を逸さなかった。合格だ。お前は逃げない目をしていた」


 逃げない目。不敬斬り殺されるのが嫌で胸を見なかっただけです。


 いや、逃げたい。今すぐ逃げたい。だが、団長はもう決めた顔だった。


「不満か?」

「い、いえ! よろしくお願いします!」


 不満なんて言えるわけがない。


 団長が俺に向けて、最後に一言。


「ついてこい、ホート。まずは地獄を見せてやる」


 背筋に冷たい汗が流れ落ちる。


 地獄。


 いったい何が待っているのか、不安が襲う。

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