第2話 男たちの宣戦布告
失意の俺が走り去った先で、マグナムが待ち構えていた。
「ホートくんだね」
「ギャラクティカさん」
どんな顔をすればいいかわからない。
怒り? 奪われた悲しみ? 複雑な感情でマグナムを見つめる。
「すまないね。君と彼女が親しいのは知っていた。だが、恋心は自由だ。それに私は公爵家の後継として、彼女を幸せにできるだけの土台がある。わかってくれるね? 身を引いてくれ」
何も言い返せない。頭脳も、家柄も、見た目も、全てが僕よりも格上で、彼女が選んでキスをした相手に、反論する言葉がみつからない。
「……」
「沈黙か、情けない男だ。もっと骨があるかと思ったが、絶望した顔すら見せないとは張り合いがない。君は、本当に彼女を好きだったのか? 私は女性として彼女を手に入れたい。情けない君など相手にしても無駄だったようだ。今後は邪魔しないでくれよ」
立ち去っていくマグナムの後ろ姿を見つめることしかできない。
打ちひしがれた心に、雨が降り出して、俺の気持ちを表しているようだった。
♢
リナと距離をとった俺は、そのまま学園を卒業するまでの日々を虚無で過ごしていた。
数日の寮生活では、悪夢を何度も見た。
リナとマグナムがキスをして、幸せそうに笑っている顔。胸が痛い。
そんな俺に話しかけてくる奴がいた。
「なぁ、お前ってさ。ずっとリナさんとばかりいたよな? 最近どうした?」
それは僕とは違って、優秀な成績で剣で主席を取ったディアスだった。
これまで剣術で共に切磋琢磨してきた。
「ディアス、何か用か?」
心配してくれたのかもしれない。そんなディアスに冷たく応える。
「リナさんと距離を空けているようだな」
「ああ、ちょっとな」
「なら、僕が彼女に交際を申し込んでも構わないか?」
「はっ?」
「ずっとお前に遠慮していたんだ」
ディアスは、父親が騎士をしている。
同学年で剣の腕は最強であり、卒業後は父親の元で騎士を目指す。
真面目な男だ。だからこそ、俺に対して、断りを入れにきたのだろう。
「そうか、律儀だな。好きにしてくれ。それを決めるのは彼女自身だ」
「……腑抜けたか?」
「なにっ?!」
「貴様を認めていたから、遠慮していた。だが、今の貴様に彼女の隣にいる資格はない」
「くっ!」
何も言い返すことができない。
彼女の隣にいる資格。
そんなものが存在するなら、俺は何も持っていない。
マグナム先輩のような家柄や、魔法の才能も。
ディアスのような剣の才能も。
「俺は!」
「ホート。お前が優しくて良い奴であることは認めている。だが、甘ちゃんだ。これから僕らは学園を卒業して社会に出る。遠慮はしないぞ」
ディアスは今まで見たこともない冷たい眼差しで俺を見下ろしていた。
何かを言いかけて、何も言えず、立ち去ることしかできない。
♢
リナを狙う男たちから宣戦布告を受けて、俺は逃げた。
実家の領内に戻り、馬車から見える景色を眺める。
畑と林、気持ちは整理できていない。
胸の中に残ったまま、あの夕暮れの冷たさは、景色が変わっても薄れなかった。
……リナ。名前を思い出すたび、心の奥がきしむ。
馬車の揺れに合わせて指を握りしめた。
結婚するものだと思っていた。でも、違った。違ったのだ。俺は、あの場で「わかった」と言った。
王国一の美女と結婚。
王国一の美女って、誰だよ。
実家の屋敷は、懐かしい匂いがした。
木の床。乾いた薪の匂い。厨房から漂う煮込み料理。
父も母も、俺が帰ることは知っている。隣の領のリナとのことは手紙で告げた。
何も言われなかった。温かく迎えてくれた。
「おかえり、ホート」
僕を迎えたのは姉だった。
他の貴族に嫁いで、子供を授かったことで、実家に帰ってきていた。
居間のソファに腰を下ろし、優雅に紅茶を飲んでいる。いつもより少しだけラフなドレス姿。
俺が見慣れている姉の姿より、どこか柔らかい。
「姉さん……子供を授かったんだね。おめでとう」
「ありがとう。それよりも酷い顔よ」
手紙で告げたことを、家族はみんな知っている。
姉は俺の顔を見て、すぐに眉を寄せた。
「……で?」
「え?」
「座りなさい。聞いてあげるから」
「うん」
向かいの椅子に腰を下ろす。余計に緊張してしまった。
「……リナに言われたんだ。王国一の美女と結婚できるくらいの男になれって」
両親の手紙には、リナが別の男性を選んだこと。
彼女と婚約すると両親も思ってくれていた。
俺の気持ちも知っていたから、誰も何もいわない。
ただ、この理由は初めて家族に話した。
言葉にした瞬間、胸が苦しくなる。
姉は一拍、目を瞬かせたあと
「……ぷっ! あはははははは」
笑った。大声で。昔から姉はそういう人だ。
豪快で快活。よく結婚できたものだと思うが、旦那さんはあまり話をしない寡黙な人で、夫婦の仲は良いそうだ。
「なんで笑うんだよ。姉さん?」
「ごめんなさい。そうね。うーん、あなたにとってはよかったんじゃない?」
「よかった?」
「だって、ようやくなのね、って思って」
「ようやく?」
姉は、にっこりと笑って言った。
「やっとあの女から離れられたのよ! よかったじゃない」
俺は言葉を失った。
「……え?」
思ってもみなかった反応だった。
姉は、俺の顔を見て、ああ、と息をつく。
「あなた、まだ気づいてなかったの?」
「気づくって……」
「リナのことよ。あの子、昔からプライドが高いでしょう?」
言い切られて、反射的に否定しそうになった。
だが、脳裏に浮かぶのは、視線を逸らす癖と、あの沈黙だ。
それに外では常に毅然とした態度で、誰に対しても強く凛々しかった。
俺自身、情けないと何度も叱責を受けた。
「……それはそうかも」
姉は頬杖をついたまま、淡々と言う。
「あなたのこと、顎で使ってたじゃない。頼めば何でもやってくれるって分かってたからよ」
「そんなことは……」
「あのね。あなたとあの子は幼馴染であって、婚約者じゃないの。わかる?」
「うっ、それはそうだけど」
胸が痛い。婚約者なら親同士が後押しをして結婚できたかもしれない。
だけど、リナと俺は幼馴染で、彼女が優秀だったからこそ向こうの親にリナが決めた相手と結婚させると言われていた。
彼女は子爵家の令嬢としても綺麗で、他の高位貴族からも望まれていた。
それに対して、俺は男爵家の三男で、騎士見習い。
釣り合わない。
もしも、騎士として成功して釣り合えば、結婚できたかもしれない。それまでは待てないってことだ。
グルグルと頭の中で考えるが、すでにリア自身がから引導は渡された。
「俺は……それでいいと思って」
姉の声は、柔らかいのに容赦がない。
「あなた、学園でもそうだったんでしょう? リナの荷物を持ってあげて。呼ばれたらすぐ行って。朝は起こして、紅茶まで入れていた。頼まれたら断らない。彼女が嫌がる人間から、あなたが盾になる」
ひとつひとつ、思い当たる。
思い当たるのが、悔しかった。
「……幼馴染だからだよ」
それに好きだったから……言い訳みたいに聞こえて、自分でも嫌だった。
「幼馴染だからって、何でもさせていい理由にはならないわ」
俺は口を開いて、閉じた。
姉の言う「顎で使う」は悪意じゃない。むしろ、俺のことを思ってくれていた。
リナが自然にやってきたこと。
自然に、当たり前に。それが一番、タチが悪い。と姉は言いたいのだ。
俺にはわからない。それが当たり前だったから。
「それにね」
姉が少しだけ声のトーンを落とす。
「あなた、見たことないの? あの子が他の男と話してるところ」
俺の心臓が、嫌な音を立てた。
マグナムとキスをしている姿が浮かぶ。
「……ある、けど。学園だし、同級生と話すくらい普通だろ」
「普通よ。もちろん」
姉は頷く。だが、その後に続いた言葉が冷たかった。
……確かに。リナは、俺の前では常に厳しかった。それに手を繋ぐことも嫌がっていた。
いつも遠目で誰かと話しているのを見た。
俺が近づくと、さっと話を切り上げてしまう。
触れようとすると「触らないで」と離れていく。
嫌われている自覚はある。
「それ、隠してたのよ」
姉は断言した。
「あなたに本心がバレたくないから」
胸の奥に、黒いものが沈む。怒りというより、悲しみに近い。
ああ。俺は、ただの「便利屋」で。
俺は、ただの「当たり前」で。
俺は、ずっと、そうだったのかもしれない。
「……でも、リナは、優しいから」
俺は最後の砦みたいに言った。
姉は、また笑った。
「優しいわよ。あなたに対してはね。……あなたが何でもしてくれるから」
その言葉が、綺麗に胸を突き刺した。
俺は息を吐く。長く、ゆっくり。
「……姉さん。じゃあ、どうしたらよかったんだ?」
姉は、待ってましたとばかりに背筋を伸ばした。
「簡単よ」
そして、残酷なくらい明るく言う。
「王国一の美女を探しなさい。ちゃんと、自分の目でね」
俺は苦笑した。
「結局、そこに戻るのか」
「戻るのよ」
姉は、紅茶を一口飲んでから続けた。
「ただし、条件があるわ。あなたが誰かに選ばれるんじゃない。あなたが選ぶの」
……選ぶ。
その言葉は、俺にとって新しかった。
いつもリナの期待や都合に合わせて、黙って横にいた。
それが「優しさ」だと思っていた。
違う。それは、ただの逃げだったのかもしれない。姉は、俺の顔をまっすぐ見て言った。
「あなたは優しいだけの男じゃないでしょう。優しいっていうのはね、選ぶ責任を持つことよ」
俺は、うなずいた。
胸の奥の痛みは消えていない。でも、痛みの形が変わった。
悲しみから決意へ。
「気になる女性がいれば私に相談しなさい。その子との付き合い方を教えてあげるわ」
「わかったよ。ありがとう」
「弟のためだもの。それに学園の卒業おめでとう。それを言うために実家に帰ってきたのよ」
姉は昔から、一番下である弟の俺を可愛がってくれていた。
そして、卒業式の祝いだと剣を送ってくれた。
「あなたは騎士見習いになるのでしょ。剣ぐらいは上等な物を持っていなさい」
「ありがとう。姉さん」
二度目の礼を告げて、俺は剣を引き抜いた。それはとても美しく。
まだ誰も斬ったことない。新しい刀身だった。
俺は一から学び始める。
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