ノアと冬の魔女

kugi

ノアと冬の魔女

「私は人に理解されることはない。だから、魔女と呼ばれるのだろう」


 雪が降り積もる針葉樹の森。

 ここにある季節は二つ。

 寒い冬と、もっと寒い冬。


 そんな森の奥に、小さな小屋が建っている。

 そこには『冬の魔女』と呼ばれる女性と、その弟子が住んでいた。


 弟子が、袋を抱えて小屋へと帰ってきた。


「ヴェル、薬を売ってきた。パンとチーズを買ったから、ここに置いておくね」

「おかえり、ノア……」

「薬のおかげで、すごく良くなったって喜んでたよ」

「そうか。外は寒かったか?」


 ノアはコートを脱ぎ、腰掛ける。


「そんなに寒くはなかったよ。ヴェルがコートに魔法をかけてくれるから」


 小屋の中も、ヴェルの魔法で暖かくなっていて、過ごしやすい。

 ヴェルはノアのために、ハーブティーを淹れた。


 冬の魔女なんて冷たい名前で呼ばれるが、ヴェルは誰よりも暖かく、優しい人だ。

 だから、誰にも理解されなくていい。

 私だけが、分かればいい。


「ヴェル、本当に美味しい。私が淹れても、こんなに美味しくならないのに。淹れ方を教えてよ」

「……いつかね」


 ヴェルは軽く指を振る。

 調合していた薬や使っていた素材が、ふわふわと宙に舞い、勝手に薬棚にしまわれていく。


 そのとき、薬瓶が一つ落ち、割れてしまった。

 こんなことは、今までなかった。


「ヴェル、大丈夫?」

「心配するな」

「疲れてるの? 私が掃除するから、休んでて」


 私は、箒で割れた薬瓶を片付けた。


 昔はもっと、魔法を使っていて、弟子の私が手伝う隙すらなかった。

 それなのに最近は、必要最低限の魔法しか使わなくなった。

 なぜかを聞きたいが、きっと正直には答えてもらえないだろう。


 昔、年齢について尋ねたときも、そうだった。

 ヴェルの見た目は、二十歳前半の若い女性にしか見えない。

 しかし実際には、もっと長い時間を生きているらしい。

 何歳かを聞いても、少し微笑むだけで、答えてはくれなかった。


 夕食の時間になる。


「ノアも、もう十六か」

「ヴェルに拾われて、八年も経ったんだね」

「長くも、短い時間だな」

「私が、今ここにいるのは、ヴェルのおかげだから」


 そうだ。私は、ヴェルに助けられて、ここにいるんだ。

 あれは、八年前――。


 ――寒い。

 私は、雪原に仰向けで倒れていた。


 私が住んでいた村に、魔物の群れが襲ってきた。

 どんな魔物だったかは、覚えていない。

 私は、ずっと隠れていたから。


 そして、気が付くと、私は一人だった。

 みんなは、魔物の餌食となった。


 私は、生き残った。

 いや、生き残ってしまった。


 私だけで生きていけるわけもない。

 みんなと一緒に死ねなかったことが、子供ながらに、申し訳なかった。


 だから、こうして、雪原に横たわっている。

 この寒さが、私の体温をすべて奪ってしまうのを、ただ待っていた。


「――生きようとは、思わないのか?」


 突然、女性の声がした。

 起き上がり、声のほうを見る。

 黒い三角帽子と古風なドレスを身に着けた、綺麗な女性だった。


「私だけで、生きていきたくないから」

「そうか」


 女性は、私の胸に手を当てる。


「暖かい……」

「私がいるなら、生きていけるか?」

「えっ?」

「私は弟子を探している。そのまま死ぬくらいなら、私のもとに来い」

「……あなたは?」

「私は、ヴェルネッタ。冬の魔女だ」


 ――そうして、今の私がいる。

 夕食が終わると、あとは寝るだけだ。


 二人で、一つのベッドに入る。


「おやすみ、ヴェル」

「おやすみ」


 夜は、更けていく。


 私は、ヴェルのような魔女になれるのだろうか。

 私が魔法を使える気配はない。

 ヴェルは、いつから魔法を使えたんだろう?


 ふわふわと思考が巡る中、そのまま眠りに落ちた。


 次の日も、やることは変わらない。

 私は薬を売りに行き、

 ヴェルのハーブティーを飲み、

 夕食の時間になった。


 暖かいスープが出される。


 スープを飲んでいると、ヴェルは私の目を見据え、話しだした。


「ノア。君には、伝えておかないといけないことがある」

「どうしたの?」

「君は、魔女になりたいか?」


 今まで聞かれたことのない質問で驚いたが、迷うことはなかった。


「――なりたい」

「では、魔女について、ちゃんと話しておかないといけないな」


 ヴェルは、続けて話し出した。


「魔女とは、一種の呪いだ」

「呪い?」

「この呪いを受けた者は、膨大な魔力を得る。それで、魔法が使えるようになる。だが――」


 ヴェルは一度、ナプキンで口元を拭いた。


「この魔力が問題だ。呪いで得た魔力は、日に日に強まっていく。やがて、人間が制御できる範囲を超える」

「それって、どうなるの?」

「意思と関係なく魔法が暴走し、やがて、世界を脅かす存在になる。かつて、この呪いで暴走し、勇者によって討伐された者もいた」


 空気が、凍り付く。


「ヴェルも……そうなるってこと?」

「そうだ。最近、魔法を使うのを減らしているだろう。正直、制御ができなくなってきている。昨日、瓶を割ったのは、その影響だ」

「呪いを、どうにかできないの?」

「いろいろ試したが、どうにもならない。暴走する前に、死ぬしかない」

「そんな……」


「それに、死ぬと呪いが無くなるわけではない。この呪いは、死後、必ず誰かに宿るようになっている。私は、この呪いを持って生まれたのだ。前の持ち主が、自ら死を選んだためにな」

「ヴェル……」


 うまく、言葉がまとまらない。


「……魔女になりたいか、聞いたのはどういう意味?」

「私が死んでしまえば、この呪いは誰かに宿り、また不幸を生むだろう。しかし、呪いを受け継がせる方法がある」


 ヴェルは、テーブルの上に、銀製のナイフを置いた。


「私を殺すことだ。魔女を殺すと、殺した人間に、呪いが継承される」

「――!?」

「ノア。君を弟子にしたのは、私を殺して、呪いを受け継がせるためだった。私のように、望まずに呪いを受ける人が出てほしくなかった。だが――」


 ヴェルは、ナイフを食器棚にしまった。


「君には、魔女になってほしくない。君を八年育ててきて、愛情が芽生えてしまった。この呪いを、受け継いでほしくない」

「じゃあ、ヴェルは……どうするの?」

「一週間後には、死ぬつもりだ。君の前で死ぬのは嫌だから、ここを出ていく。一人にしてしまうのは申し訳ない。ただ、君は愛嬌があるから、村に引き取ってもらえるだろう」

「私が、呪いを受け継ぎたいって言ったら?」

「そうしたくはないが、君の意思は尊重するつもりだ。一週間後までに、どうするか、答えを出してくれ」


 飲みかけのスープは、すっかり冷めてしまった。


 ヴェルと一緒のベッドに入り、私は考えていた。


 私は、どうするべきだろうか?


 ヴェルを殺すべきなのか、殺さないべきなのか。

 魔女になりたいとは、思っていた。

 でも、こんな呪いがあることは、知らなかった。


 愛するヴェルを、自分の手で殺したくない。

 じゃあ、殺さないべきだろうか。


 胃が冷える感覚がする。


 ヴェルは、何を思って、正直に呪いのことを話してくれたんだろう。


 私だけが、ヴェルのことを理解できる。

 何を考えているか、私にしか分からないんだ。


 ヴェルを殺さなかったら、どうなるだろう。

 一人で、寂しく、森の中で死ぬのだろうか。


 そこにあるのは、寂しさだろう。

 誰にも、自分が抱えていた苦しみを理解されることなく死ぬ。

 そして、また同じような人間を生み出してしまう。


 そうならないように、ヴェルは私を弟子にして、殺させようとした。

 でも、やめた。

 ヴェルは、私を巻き込みたくない。

 それを尊重するなら、殺さないべきだろうか。


 私は、思い返す。

 ヴェルは、一度、ナイフをテーブルに出した。


 本当は私に、殺してほしいのではないか?


 誰にも理解されず、一人で死ぬほうが、ずっと悲惨だろう。

 八年前の自分だって、一人で死のうとしていた。

 その辛さと悲しさは、自分でも理解できる。


 ヴェルを一人にはしない。

 そのために、私がいるんだ。


 一週間の時が、流れた。


 小屋の外では、今日も雪が降っている。


「ノア、どうするか決めた?」

「――うん」


 私は、食器棚からナイフを取り出した。


「私が、呪いを受け継ぐ。ヴェルを一人にしたくない」


 ヴェルは、そっと微笑んだ。


「ノア、今までありがとう。愛してる」


 ナイフを持つ手が、震える。

 でも、きっと、私は間違っていない。


 ナイフを、強く握り直す。


「愛してるよ、ヴェル」


 私は、そっと、ヴェルの胸にナイフを刺した。

 肉を刺す、嫌な感触が伝わってくる。


 理解されず、魔女として生きてきたヴェルは、理解するノアによって、人として死んでいく。

 人を殺したノアは、魔女となって生きていく。


 体の中に、何か仄暗い力が入ってくる。

 冷たくなっていくヴェルを、静かに抱きしめていた。


 ――時は、流れた。


 私は、魔法が使えるようになった。

 そして、今でも、あの小屋に住んでいる。


 薬を作り、それを売る。

 ヴェルがやっていたことと、まったく同じだ。


 扉が開き、女の子が入ってくる。


「ノア、薬を売ってきたよ。パンとチーズも買ってきたから」

「外は、冷えただろう。お茶を淹れるから」


 私は、ハーブティーを淹れる。

 それは、ヴェルが淹れたものと、同じ味がした。


「ノア、本当に美味しい。淹れ方、教えてよ」

「いつかね」


 ヴェルから、教えてもらった淹れ方を、いつか、この子にも教えてあげないと。


 教わったんだっけ?


 そもそも、薬の作り方だって、知らなかったような。


 私は、いつ知った?

 弟子のときに、学んでいた?


 そうか。

 呪いが、受け継ぐものは、魔力だけではなかったんだ。


 あのとき、私が理解したと思った、ヴェルという女性は――。


「本当に、可愛らしいものだな」

「ノア、どうしたの?」

「なんでもないさ」


 私は、ハーブティーを飲み、呟いた。


「私は、人に理解されることはない。だから、魔女と呼ばれるのだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ノアと冬の魔女 kugi @coral_nail

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画