第3話 計画
大和号暦三〇四年五月二十日。この日も、なんて事のない普通の日常になるはずだった。しかし、それは突如訪れる。
乙県十二番市阿倉田町付近の地面が突如として大爆発したのである。直後、爆発地点に向かって猛烈な風が吹き荒れた。この風は、かつて地球で使われていた風速換算で約百メートル毎秒を超えた。約五分にわたって吹き荒れた暴風は、多くの家屋を倒壊させ、ありとあらゆる人々を地面の下に吸い込ませた。
暴風は自然に止んだが、それでも吸い込まれるような風は感じるほどだ。消防、保安、環境維持省、行政府など、関係各所が総出動して事態の収束に当たった。
原因は地面の下、宇宙船内部の与圧兼居住区画の外側にあった放熱主配管の劣化によるものだった。沸騰した冷却液によって水蒸気爆発が発生。その後二次災害として、宇宙船内部の空気が吸い出された、というのが環境維持省の出した答えだ。
この重大事故によって、死者は四千人超、負傷者は一万人に迫るほどであった。
しかし、乗客に被害が出たことはさして問題ではない。問題は、主配管が爆発するほどまで大和号が劣化していることだ。
大和号はすでに宇宙空間を進んで三世紀も経過している。強力な銀河宇宙線を浴び続け、化学的・電気的・機械的劣化が進むことは想像に難くないだろう。当然、建造当時の技術者も懸念要素として上げていた。それを見越した上で、頑丈に建造したはずだった。
残念ながら、形あるものは風化する。いずれの例外もない。鉄は錆び、水は汚れ、肉は腐る。その宿命は、人の手によって作られた大和号も同じである。
環境維持省の技術者の計算では、大和号は三十年以内に確実に崩壊すると予測された。
しかし大和号の崩壊に対抗すべく、宇宙船建造時から一つの計画が進行していた。その名も『フラクタル計画』である。
フラクタル計画の内容は単純だ。宇宙船の内部で、一回り小さい新しい宇宙船を建造するというものである。現在ある物資や人員を大量動員することで、入れ子式に新型宇宙船を建造出来るのが利点だ。欠点は、あらゆる人員を動員することにより、大和号内部の経済活動が停滞し、日常生活に支障をきたす恐れがあることだろう。
しかし、そのようなことを検討している場合ではない。今すぐにでも新しい宇宙船の建造に入らなければ、ここで文字通り宇宙の藻屑と化してしまうのだ。
そして、この日のために乗客全員への教育を施してきた。船舶工学、宇宙工学、電気工学、材料力学、情報工学、その他エッセンシャルワーカーの労働等々……。「使えない人間などいない」という標語の元、未曾有の建造が始まった。
建造にあたり、建造総指揮監督者もといゼネラルマネージャーとして、環境維持省所属の横元主幹技師が充てられた。
「今回の建造は、大和号が建造されたときとは訳が違う。建造場所に限界があり、かつ建造現場は居住区に隣接する状態になる。これまでいろんな技術を身に着けてきたつもりだが、それでも予想を遥かに上回る厳しい現場になるだろう」
起工式の神事の前に、上層部の関係者に向けて挨拶する横元技師。言い表せないような緊張感が漂っている。
「それでも、我々はやり遂げなければならない。工事の遅れは、すなわち我々の死に直結しているからだ。身を粉にする思いで工事を進めたいと思う」
こうして起工式を執り行い、大和号後継船の建造が始まった。
まず最初に行うのは、材料のかき集めからである。新品の資材はもちろん、廃棄場にて処分された鉄くずまで拾い集めてくる。それをあらゆる町工場に分配し、鋼板として生まれ変わらせる。
完成した鋼板は、大和号の中心部を貫く軸柱に沿って配置していく。中心部は無重力に近いため配置自体は簡単だが、与圧服を着て作業しなければならない。しかも鋼板は異様に分厚い。溶接もままならないだろう。
このように不慣れな作業が延々と続くため、初期から工期に遅れが生じている。
「うむ……。この調子では船体完成までに二年ほどの遅れが出る……」
一刻の猶予もない現状では、工期の遅延は致命傷である。
それをなんとかしなければならない横元技師の精神的苦痛は、どんな拷問よりも酷く苦しいものだろう。それでも、確実に工事を遂行せねばならなかった。
そこで横元技師は、救急現場で行われているトリアージの概念を取り入れ、これを実践した。詳しく説明すると、まず工事の内容を「必須完了工事」、「部分的完了工事」、「未完了工事」の三つに振り分ける。必須完了工事は後継船が進宙するまでに工事が終わっていないといけない工事、部分的完了工事は進宙前後に完了すれば問題ない工事、未完了工事は進宙後に回しても支障がない工事だ。
外部装甲一体型船体は、完成しなければ宇宙船として致命的な影響を与える。そのため、これは必須完了工事に分類される。一方で、居住区の区画整理は進宙後でも行えるため、未完了工事になる。
このように、真っ先に手を付けないといけない工事を集中的にまとめることで、大和号の崩壊前にある程度の生活ができる環境を完成させるのが狙いだ。
横元技師は環境維持省や行政府に対して説明を行い、これの理解を求めた。とは言っても、現場側が音を上げている状態に近いため、行政側は無理は言えない。結果、工期の遅れは二年から半年以下にまで短縮した。
その上で、横元技師は作業員の人員配置を見直し、大胆にも三交代制から四交代制へとシフトを変更した。人間は長い時間集中力を持たせるのが難しいとされている。そのため短い時間だけ集中してもらい、同じだけの時間休憩を挟んで、再び集中して作業する。
実質的に労働時間が伸び、休憩時間が減ってしまう提案だったが、後継船の建造は乗客にとっては総動員された戦時と大差ない。自分たちの生活に直結している労働のため、拒否できないのも事実だが。
「これで工期は十五年弱……。切羽詰まっているが、かつて地球にあったとされるサクラダ・ファミリアよりかはマシだろう」
こうして乗客を労働力とした戦時的総動員により、昼夜問わず後継船の建造が進んでいく。
もちろん全てが順調だったわけではない。資材搬入時による前方不注意で死者を出す労働災害が発生しているのを筆頭に、隔日で死傷者が発生している。通常なら、労災が発生している時点で工事は中断されるのだが、そんなことをしている暇はない。対策案を講じながら工事が進んでいく。
そして後継船の建造を決定してから十五年と少し。後継船はほぼ完成した。行政府は後継船の名前を「武蔵号」と命名する。
ここまで工事をやり遂げた横元技師は、船尾付近にある推進機管制室から武蔵号を見上げる。
「ここまで来るのに、多くの犠牲を出してしまった。しかし、その他の大勢を救うためのやむを得ない犠牲と考えれば、彼らの功績はとても大きいものだ」
そして宇宙空間につながるエアロックに向かう。これから最後の工事が始まるのだ。
それは、大和号で使用していた推進機をそっくりそのまま武蔵号に乗せ換える作業である。
資源などというものが存在しない宇宙船にとって、使えるものはすべて使うのが大原則だ。武蔵号が進宙すれば、大和号の外部装甲を兼用していた船体を丸ごと回収する予定である。
『こちらアルファ地区、三千人の作業員の配置完了』
『ベータ地区四千人、シータ地区三千五百人の配置完了を確認』
『ミュー、タウ、ガンマ区画それぞれ二千人の配置完了とのこと』
「横元主幹、作業員の配置完了しました」
「主柱三本と、支柱一二三本の準備は?」
「滞りなく」
「超大規模貯蔵電源の電力残量は九九.四%、仮設電線も配線済みです」
「よろしい。今回の工事において、事故は絶対に許されない。宇宙船の生命線を失わないよう、細心の注意を払って工事を完遂しよう」
そういって、右の人差し指で最後の指差呼称をする。
「ツールボックスミーティングの実施は良いか!?」
『ミーティング実施良し!』
「安全確認は良いか!」
『安全確認良し!』
「今日も一日、ご安全に!」
『ご安全に!』
作業員全員の合唱の後、工事が始まった。まずは大和号船尾の外部装甲を外すところからだ。すでに大和号内部の大気は、武蔵号に移している。
それでも大和号の内部にはわずかに空気が残っている。それを排出するために、大和号のあらゆるエアロックを開放した。全方向に向かって空気が排出される。
「大和号の内部気圧がゼロになりました」
その報告を受けた横元技師は、次の指示を出す。
「大和号船尾の爆破解体を実行する。作業員は爆破の衝撃に備えよ」
船尾に取り付けられたプラスチック爆弾の起爆スイッチを押す。すると船体の外周から順番に小規模な爆発が発生し、船尾の装甲を貫いていく。
「爆破作業、正常に終了」
「では推進機と大和号を接続する柱の解体作業に移れ。同時進行で解体した装甲の回収と、新たな主柱を所定位置まで移動せよ」
船尾だった装甲は、金属カッターによってその場でさらに細かくされ、資材として回収される。それと同時に、推進機を武蔵号に固定するための巨大な柱が、推進機へ接続される。
当然ながら、この工事は一昼夜では終わらない。常に作業し続ける工事なのだ。見積もられた工期は二ヶ月。この工期で終わらなければ、すでに武蔵号に乗船している乗客の生命に危機が発生する。
各区画につき常に五百人いる状態で工事を進める。中には数時間ほどの休憩を取る以外は現場に出ている作業員もいた。
「常に現場にいるのは危険だ。作業した時間と同じだけ休憩時間を取ってほしいのだが……」
横元技師はそのように嘆くものの、彼らが働き続ける原動力を察していた。後世に生まれてくる子孫のためを思って、自分の身を犠牲にしているのだと。
そのような作業員の働きもあって、工事は一ヶ月半で完遂できた。
そしてこれにより、フラクタル計画の一つである武蔵号建造計画が終了した。
「おめでとうございます。横元主幹」
「ありがとう。工事開始から十五年と半年ほどかかったか。これで宇宙船は新しくなり、さらに未知なる航海に進むことができる。だが、まだ残っている懸案事項もある。これからも更なる工事が続くだろう」
彼の言う通りである。まだ大和号の船体が残っている上、各種保守点検も行わなければならない。まだ道半ばといった所か。
「しかし、今日くらいはお祝いしてもいいんじゃないですか?」
「……それもそうだな」
そういって横元技師は、祝いの酒を一杯だけ飲む。
酔っている暇はない。まだまだ宇宙の旅は続いていくのだから。
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