地球号の後継者
紫 和春
第1話 宇宙船
西暦二二〇〇年、地球は荒廃していた。ただちに対策をしなければ、人類は百年以内に滅亡すると予想されるほどだ。
そこで人類は、宇宙に進出することにした。しかし、ただ宇宙に進出するのではすぐに限界が来てしまう。地球を離れ、遠い遠い惑星に移住する必要がある。
それを実現するために、国際プロジェクトが始動する。ブレイクスルー・イミグレーション計画━━直訳で移住障壁突破計画━━だ。ざっくばらんに内容を説明すれば、超巨大な宇宙船を複数建造し、それに移民を乗せて目的の惑星に向かうというものだ。
宇宙船の全長は二〇〇キロメートル、推進機には宇宙船内発電を兼用する超巨大核融合炉を使用する。かつて国際協力によって実験、そして実用化に貢献したイーターの技術を使用し、炉から排出される不純物ガスを推進剤として使用するのだ。
ブレイクスルー・イミグレーション計画は、地球上のあらゆる政府・企業・団体が協力した。いや、「しなければならない」と言った方が正しいだろう。このまま地球に残り続けていても、いずれ滅亡する運命なのだ。
もちろん全人類が宇宙船に乗れるわけではない。しかし、ここで人類の、地球の歴史を途絶えさせるくらいなら、新しい宇宙船に地球の役割を与えたほうが良い、という考えが急速に広まり、自己犠牲の名の元に宇宙船の建造が推し進められた。
当時の日本政府首相高山は、アジア地域での宇宙船建造の統括責任者として抜擢させられた。責任者は必要不可欠。その身が朽ちても責任を負わせる必要があった。
「宇宙船の建造……。本当にこれで良いのだろうか……」
宇宙船の設計が始まった頃から、高山首相は疑問を呈していた。
「人類が宇宙に進出するのは理解出来る。しかし、それは人類の故郷である地球を捨ててまですることなのか?」
「しかし総理。そうでもしなければ、地球は環境破壊により生物が住めなくなります」
「それは理解している。だから、地球を捨てるのではなく、地球と宇宙船の両方が生き残る術を探す必要があると考えているのだ。なにも退路を一本に絞る必要はないだろう」
「今の地球を修復できるような技術はありませんし、これがいちばん現実的な案なのです」
経産省の職員は高山首相を説得する。
「地球上には百億の人間がいる。宇宙にも十万人という桁の少ない規模だがスペースコロニーも存在する。それでは駄目なのかね?」
「欧米の考えることですから。我々はそれに合わせるしかありません」
「こんな時でも、主流は欧米にあるということか……」
政治的駆け引きに、高山首相は溜息をつく。
しかし、責任者として任命されたからには、その責務を放棄するわけにはいかない。高山首相は、地球の環境改善による生存の可能性を見出すため、職員に指示を出す。
「地球でも、人類を含めた全ての生物の生存を見据えた環境改善、及び人類の行動範囲の設定するような取り決めを進めてくれないか」
「しかし、地球を放棄する前提の世論が、世界規模で形成されています。もしそのような意見を国際社会に提示した場合、総理の進退が問われることになるかと」
「それでも良い。私は、全ての生命の故郷を捨てる気にはなれないのだよ」
かくして、宇宙船建造の裏で地球存続のための計画がひっそりと始まったのであった。
それから十年あまり。高山首相が総理大臣の職から降りても、責任者としての仕事を全うしていた。宇宙船は地球の低軌道領域で建造され、すでに全体像が出来上がりつつある状態だ。
この時期になれば、移民として搭乗する対象者の選別に入る。比較的健康体で若く、家族がいることが望ましい。
このように選定を行っていると、一部の国民から反発を食らう。「移民を選定することは、古い時代の選民思想そのものである」と。もちろん、日本政府にそのような意図はない。だが日本国民全員を乗せるほど、宇宙船に余裕がないのも事実だ。そして前述のような移住に望ましい人物をリストアップしていくほど、社会的弱者が残されていく一方である。
その現状を、病床に伏しながらも公務を続行している高山統括責任者は嘆く。
「地球に残される人々は、皆何かしら弱者として生活している。これでは、宇宙船に全ての望みをかけ、地球を見捨てるのと同義じゃないか」
「しかし、ブレイクスルー・イミグレーション計画は最初からそのように設計された物です。今さら声を上げた所で、何も変わりはしないでしょう」
高山の補佐役の一人が、ダルそうに説明する。
何度も繰り返し聞いた説明。それが高山の信念をより強固にする。
「宇宙船ももうじき完成する。完成した暁には、私は統括責任者の座を降り、地球に残る」
「荒廃する地球で、最後の権力者にでもなるおつもりですか?」
「逆だ。私はこの荒廃する地球で、最後まで人々の希望になるつもりだ」
そういって高山は、窓の外を見る。
「最後まで希望を持って、故郷の大地を踏みしめてほしいだけだ」
「お言葉ですが、その希望に殺される人間がいることも忘れないでください」
それからさらに一年。世代交代式恒星間航行用都市国家型宇宙船が完成した。
諸元は、全長二百キロメートル、直径五十キロメートルの円柱型。いわゆる、オニール・シリンダーと呼ばれる形状だ。前方に、宇宙空間に存在する水素分子や塵などの星間物質との衝突を避けるシールドがあり、後方には推進機の役割を果たすトカマク型核融合炉を設置している。
居住区は円柱の内壁に設置され、中心から半径二十三キロメートルの位置に来るようになっている。宇宙船全体を毎時一一.八三回転させることで、地球上とほぼ同じ重力になるようにする。
これから半年をかけて宇宙船を回転させ、さらに半年で宇宙船内に住民を移住させる。それから推進機を点火させ、推進機とスイングバイを使い、二十年以上かけて第三宇宙速度に到達させる予定である。
そして目的の惑星であるが、現在は特に指定されていない。厳密に計算すれば設定することは可能だろうが、いかんせん推進機の推力がどれほどになるのかが分かっていない。そのため、深宇宙に出てから観測を行う予定としている。
地上から見ると、宇宙船はかなり巨大に見える。それもそうだろう。人類史上最も巨大な構造物なのだから。それを見上げながら、高山は感傷に浸っていた。
「こうして見れば、確かに希望の船とも呼べなくはない、か……」
「はい。高山さん、統括責任者としての使命を全うしていただき、感謝します」
日本人の乗客一千万人とあらゆる動植物、大量の物資が積み込まれた宇宙船は「大和号」と命名された。その大和号の行政府が高山に使者を派遣し、こうして感謝の意を述べた。
「高山さんには大和号行政府に来ていただきたかったのですが、それが叶わず残念です」
「私は地球の希望になると決めたのでね。それに、老い先短い病人を乗せたところで邪魔になるだけだろう」
使者は腕時計を見て、部屋の扉に向かう。
「そろそろ推進機が点火します」
「分かった。大和号の無事と安寧を願おう」
こうして大和号を含めた超巨大宇宙船は、ゆっくりと地球を離れていく。
高山は晩年、昼夜問わず空に浮かぶ宇宙船を、愛おしそうに眺めていたそうだ。
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