第2話 調整士狩り


 追跡は、

 静かに始まった。


 英雄の咆哮も、

 兵の行軍もない。


 あるのは、

 歪みの消失。


 整えられた痕跡が、

 逆に、

 罠となる。


「……三日前の村」


 ミュゼが、

 地面に触れる。


「歪みが、

 綺麗すぎる」


「調整士ね」


 リゼアが、

 即座に言う。


「しかも、

 複数」


 アルトは、

 黙って頷いた。


 均衡庁は、

 手段を変えた。


 英雄では、

 思想が揺らぐ。


 だから――

 同業者。


「同じ仕事をして、

 同じ結論に

 至らなかった人たち」


 アルトは、

 小さく呟く。


「……一番、

 厄介ですね」


 ◇


 最初の接触は、

 街道だった。


 視界が、

 歪む。


 次の瞬間、

 世界が

 分断された。


「結界!」


 リゼアが、

 剣を抜く。


「遅い」


 声が、

 背後から

 響く。


 振り返ると、

 三人。


 調整士の外套。

 刻印は、

 均衡庁直属。


「アルト」


 中央の女が、

 名を呼ぶ。


「戻りなさい」


「あなたは、

 間違ってる」


 アルトは、

 静かに答えた。


「それを、

 決めるのは

 均衡庁ですか?」


「世界よ」


 女は、

 即答した。


「選択を

 個人に任せれば、

 世界は壊れる」


「だから、

 私たちが

 均す」


 アルトは、

 一歩前に出る。


「壊れた世界を、

 見たんですね」


「ええ」


 女の目に、

 迷いはない。


「だから、

 戻りなさい」


「あなたは、

 優しすぎる」


「均衡庁は、

 その優しさを

 利用してきた」


 沈黙。


「……利用?」


 女の声が、

 わずかに揺れる。


 その瞬間。


 別の調整士が、

 術式を起動。


 歪みが、

 一気に

 収束する。


「っ……!」


 アルトは、

 歯を食いしばる。


 力で、

 抑え込む調整。


 人の意思を、

 無視した均し方。


「やめろ!」


 ミュゼが、

 魔力を放つ。


 リゼアが、

 結界を斬る。


 世界が、

 元に戻る。


 女は、

 目を伏せた。


「……見た?」


「これが、

 必要なこと」


 アルトは、

 首を振った。


「必要なのは、

 選ばせることです」


「失敗も、

 後悔も」


「それを、

 奪う権利は

 誰にもない」


「……綺麗事よ」


 女は、

 苦く笑う。


「その綺麗事で、

 何人死ぬ?」


 アルトは、

 答えなかった。


 答えは、

 分からない。


 だが――


「それでも」


 静かに、

 言う。


「均衡庁は、

 死ぬ数を

 選んできた」


「私は、

 それを

 やめたい」


 空気が、

 張り詰める。


 女は、

 一歩下がった。


「……今回は、

 見逃す」


「でも」


 視線が、

 鋭くなる。


「レグルスが

 来る」


 その名に、

 アルトは

 息を呑んだ。


 最上位調整士。


 均衡庁の、

 意志そのもの。


「逃げなさい」


 女は、

 背を向ける。


「あなたは、

 まだ――

 壊したくない」


 結界が、

 解けた。


 調整士たちは、

 去っていく。


 残されたのは、

 重い沈黙。


「……来るわね」


 ミュゼが、

 呟く。


「ええ」


 アルトは、

 拳を握る。


「本物が」


 リゼアが、

 真っ直ぐ

 彼を見る。


「後悔してる?」


 首を振る。


「してません」


「でも、

 覚悟は

 足りない」


 正直な答え。


 だからこそ。


「……だから、

 進みます」


 調整士狩り。


 それは、

 均衡庁が

 最も恐れる形で

 始まった。


 同じ仕事をした者が、

 違う結論に

 辿り着いた証明。


 その中心に、

 アルトは

 立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る