荷物持ちの俺が、英雄譚の主役になっていた件(第三部)
塩塚 和人
第1話 均衡庁の決断
均衡庁中枢は、
静まり返っていた。
円形の議場。
天井に刻まれた
均衡紋が、
淡く光っている。
誰も、
口を開かない。
沈黙そのものが、
決断を待っていた。
「――報告を」
最上位評議官が、
低く告げる。
「英雄未発生事例、
七件」
「被害率は、
平均以下」
「調整士の
介入痕跡あり」
議場に、
ざわめきが走る。
「……名は?」
「アルト」
その名が出た瞬間、
空気が冷えた。
誰もが、
知っている。
最も従順で、
最も優秀だった
調整士。
英雄を
裏から支え、
歪みを
黙って均してきた男。
「彼は、
支えなくなった」
報告官が、
淡々と続ける。
「英雄の集中を
意図的に拡散」
「街単位での
自立行動を
誘発しています」
「……危険だ」
誰かが、
呟く。
「英雄制度は、
均衡の柱だ」
「それを、
内側から
腐らせている」
評議官が、
手を上げた。
「結論は、
出ている」
「アルトは、
世界均衡を
破壊する存在」
「排除対象とする」
その言葉に、
反論はなかった。
否定できる
論理が、
存在しない。
「追跡は、
英雄を使わない」
「調整士を
当てる」
別の評議官が、
補足する。
「英雄は、
彼の思想に
揺さぶられる」
「同類でなければ、
止められない」
議場の奥で、
影が動いた。
「……了解」
現れたのは、
一人の男。
無地の外套。
装飾のない刻印。
最上位調整士――
コードネーム
《レグルス》。
「彼は、
私が止める」
その声は、
感情を
一切含まない。
「アルトは、
均衡庁の
失敗例だ」
「同じ調整士として、
責任を取る」
評議官は、
静かに頷いた。
「許可する」
「必要なら、
街一つ
犠牲にしてもいい」
「……均衡のためだ」
その言葉に、
誰も疑問を
抱かなかった。
◇
その頃。
アルトは、
森の中を
歩いていた。
焚き火の跡。
小さな集落。
支えなかった場所。
結果は、
完璧ではない。
だが――
人は、
立っている。
「……来るね」
ミュゼが、
歪みを読む。
「ええ」
リゼアが、
剣を整える。
「均衡庁、
本気よ」
アルトは、
空を見上げた。
雲の向こうで、
何かが
動いている。
「……想定内です」
声は、
震えていない。
「でも、
迷いはある」
リゼアが、
横を見る。
「それでいい」
「迷わない選択は、
もう英雄だから」
ミュゼが、
苦く笑う。
「均衡庁は、
あなたを
壊す気よ」
「ええ」
アルトは、
頷いた。
「だから、
逃げません」
「逃げたら、
証明できない」
「英雄がいなくても、
支えなくても」
「人は、
選べるって」
遠くで、
歪みが
鋭く収束した。
追跡者。
調整士。
かつての、
同僚。
「……来ました」
アルトは、
一歩前に出る。
ここから先は、
逃走ではない。
思想と、
思想の衝突。
均衡を守る者と、
均衡を手放す者。
世界の形を、
決める戦いが――
静かに、
始まろうとしていた。
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