荷物持ちの俺が、英雄譚の主役になっていた件(第二部)
塩塚 和人
第1話 旅立ちの続き
朝の空気は、澄んでいた。
山間の小さな村に、
不穏な気配は感じられない。
それでも俺は、
足を止めて周囲を見渡した。
「どうしたの、アルト?」
リゼアが振り返る。
肩に担いだ剣が、
朝日を反射していた。
「いえ……
少し、静かすぎる気がして」
俺の言葉に、
ミュゼが小さく笑う。
「歪みは、あるわよ。
ただ、とても薄い」
彼女は地面に膝をつき、
指先で土をなぞった。
「放っておいても、
数日で消える程度ね」
「じゃあ、調整はいらない?」
そう言うと、
リゼアが少し意外そうな顔をした。
「珍しいわね。
あんたが、何もしないなんて」
俺は答えず、
村の方へ歩き出した。
木造の家が並び、
朝餉の匂いが漂っている。
泣き声も、怒号もない。
普通の朝だった。
「英雄様がいなくなってから、
大変だったでしょう?」
そう声をかけると、
村の老人は首を振った。
「最初はな。
だが、慣れるものだ」
「慣れる……ですか?」
「英雄様に頼っていた頃は、
何も考えんでよかった」
老人は、
鍬を持つ手を止める。
「だが今は、
自分たちで考える」
「失敗もする。
怪我人も出る」
「それでも、
次はどうするかを話し合う」
その言葉に、
胸の奥が、わずかに揺れた。
俺は、
歪みを“感じ取っていた”。
確かに存在している。
だが、どこか安定している。
押さえつけられていない歪み。
村の外れで、
小さな魔獣の痕跡を見つけた。
「昨日、皆で追い払ったよ」
若い男が、
誇らしげに言う。
「英雄様がいた頃なら、
全部任せてました」
「でも今は、
村の問題は村で片づけます」
その言葉に、
リゼアが小さく頷いた。
「いい顔してるわ」
俺は、何も言えなかった。
これまで俺は、
歪みを見つければ整えてきた。
英雄が動きやすいように。
被害が出ないように。
それが、
正しいと思っていた。
だが、この村には――
英雄がいない。
それでも、
世界は崩れていない。
村の外れで、
俺は一人、立ち止まった。
意識を研ぎ澄ます。
いつものように、
流れを書き換えようと――
して、やめた。
何もしない。
歪みは、
ゆっくりと薄れていく。
人の営みに押されるように。
「……消えていく」
思わず、呟いた。
「当然よ」
ミュゼが隣に立つ。
「歪みは、
必ずしも敵じゃない」
「世界が動いた痕跡よ」
「動き続ければ、
自然に摩耗するものもある」
俺は、
自分の手を見つめた。
これまで、
支えることしか知らなかった。
だが――
支えないことで、
保たれるものもある。
村を出るとき、
子どもたちが手を振ってきた。
「また来てね!」
英雄に向ける声じゃない。
旅人に向ける、
素朴な声だった。
歩きながら、
胸の奥に小さな違和感が残る。
それは、不安ではない。
疑問だ。
英雄がいない世界。
調整しない世界。
それでも、
確かに続いている日常。
俺は、
その背中を見送る側に立っていた。
支えなくても、
歩いていく人たちを。
そして気づく。
この旅は――
まだ、始まったばかりだ。
英雄のための旅ではない。
世界そのものを、
見直すための旅が。
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