正しい恋愛?―正しさに縛られた恋愛について

漥塚󠄁 亞禮

第1章 正しい恋愛って息苦しい

 「恋愛は内面だよね」


 いつからか、その言葉は説明されることもなく、正解として置かれるようになった。


 誰かに教わった記憶はない。

 でも、飲み会でも、職場の雑談でも、SNSでも、同じ言葉が繰り返される。


 外見やお金で選ぶのは浅い。

 中身を見て好きになるのが大人の恋愛。

 ちゃんとした理由で始まらない関係は、長続きしない。


 反論しようと思ったことは、ほとんどなかった。

 それらの言葉は、あまりにも「正しい顔」をしていたからだ。


 正直に言えば、僕自身もそう思っていた節がある。

 恋愛は軽い気持ちでしてはいけない。

 間違えないためには、内面を見るべきだ。


 そうやって考えていれば、自分は浅い人間ではいられる。

 少なくとも、そう信じることができる。


 でもある日、ふとした瞬間に、違和感が胸に残った。


 正しい恋愛をしているはずの人たちが、

 揃って苦しそうに見えたのだ。


 相手の言葉を過剰に気にしたり、

 本音を飲み込んだり、

 「こんなことで不満を持つ自分は未熟なんじゃないか」と自分を責めたり。


 それは、幸せそうというより、

 試験を受け続けている人たちの顔に見えた。


 ――これが、正しい恋愛なのだろうか。


 そう思った瞬間、僕はその考えを打ち消した。

 こんな疑問を口に出せば、きっとこう言われる。


 「考えすぎだよ」

 「内面で好きになれてるなら、いいじゃん」


 たしかに正しい。

 でも、その正しさが、僕の口を塞ぐ。


 そんな頃、僕は一冊の本を手に取った。

 アドラー心理学について書かれた本だった。


 何気なく開いたページに、こんな一文があった。


 性格とは、生まれつきのものではない。

 それは、自分が選び取ったライフスタイルである。


 思わず、ページを閉じた。


 性格は変えられないものだと、

 どこかで当然のように思っていたからだ。


 もし性格が選択なら。

 もし内面が、後天的に形づくられるものなら。


 「内面で人を好きになる恋愛」は、

 本当にそんなに絶対的なのだろうか。


 内面も、変わる。

 考え方も、価値観も、関係の中で更新されていく。


 それなのに、なぜ恋愛だけは

 「変わらない内面」を前提に語られるのだろう。


 僕は、もう一度ページをめくった。


 人は、原因ではなく目的によって行動する。


 この一文が、胸に引っかかった。


 正しい恋愛を選ぶのは、

 本当に相手を大切にしたいからだろうか。


 それとも――

 間違えたくないからではないか。

 傷つきたくないからではないか。

 「浅い人間」だと思われたくないからではないか。


 もしそうだとしたら。


 正しい恋愛とは、

 相手のためのものではなく、

 自分を守るための装置になってはいないだろうか。


 僕は本を閉じた。


 答えは出なかった。

 でも、ひとつだけはっきりしたことがある。


 恋愛は、

 どこから始まったかだけで

 評価されるものではないはずだ。


 それなのに、この世界は、

 スタートラインばかりを気にしている。


 正しい理由で始まったか。

 正しい動機だったか。

 正しい人間でいられているか。


 その問いばかりが、先に立つ。


 この物語は、

 正しい恋愛を否定するためのものではない。


 ただ、問い直すためのものだ。


 その恋は、

 誰のために「正しい」のか。


 そう問いを抱いたところから、

 僕の物語は始まった。

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