なっちゃんの夏休み ~今日から毎日ラジオ体操!~

山川陽実子

第1話

今日から毎日ラジオ体操!!


   ***


「いってきまーす!」

 なつは大きな声でそう言いながら玄関に向かった。首にはハンコを押してもらう出席カードをぶら下げながら。

 そう。今日から夏休み。小学一年生のなつにとって、初めての夏休みが始まったのだ。

「気をつけて行ってきてね、なっちゃん。知らない人についていっちゃダメよ」

 お母さんがエプロンで手を拭きながらなつの後をついてくる。なつは胸を張った。

「だいじょうぶだよ! なっちゃん……じゃないや、わたし、もう小学生だもん!」

 お母さんはそれでもわずかに心配そうに顔をしかめた。

「本当に一人で大丈夫かしら」

 なつはきょとんとした。

「なんでひとりなの? 隣のみきお姉ちゃんと一緒に行くんじゃないの?」

「公園までは、ね」

「までってー?」

 なつが首を傾げると、外から少女の声が聞こえてきた。

「なーあーっちゃん! いーきましょうっ」

「あ、みきお姉ちゃんだ! じゃあ、お母さん、行ってきまーす」

 

 その時、まだなつは知らなかったのである。お母さんの心配の意味を。


   ***


 7月27日


「今日から毎日ラジオ体操!!」

 なつは硬直した。

 ここはどこだろう。

「新一年生は別の場所で一対一で覚えてね!」

 さきほどまで皆に朝の挨拶をしていたお姉さんがそう言っていた。

 そう。どこも何も、ここは公園の隅っこなのだ。

「ほれ、リピートアフタミー! 今日から毎日ラジオ体操!!」

 いるのは、なつと、目の前で白いランニングと短パンに身を包み声を張り上げているおじいちゃんのみ。

「おじいちゃん、あの」

 おじいちゃんはなつの視線を追うように後ろを振り返った。そして、頭を捻りながらなつに再び向き直った。

「おじいちゃんなどおらんぞ。……さては、お前、見えるタイプか! やるな!」

「なにもやらないもんー」

 なつは泣きたくなってきた。「りぴーとあふたみー」も「見えるタイプ」もなつの辞書にはまだ載っていなかった。わかるのは「このおじいちゃんやべえ」ということのみ。

「おじいちゃん。なっちゃん、みきお姉ちゃんのとこ行くー」

「なんと!」

 おじいちゃんは目を見はった。

「おじいちゃんて、わしのことか!」

 パニックになりながらも、なつはこくんと首を縦に振った。おじいちゃんは遠い目をして少し頬を緩めた。

「わしもおじいちゃんと呼ばれるくらい貫禄が出てきたということか」

 意味がわからない。なつのおじいちゃんは58歳だ。それより少し年上に見えたからそう言っただけだ。

 そこまで考えてなつはひとつ思い出した。

「あ! お兄ちゃんか!」

 先日おばあちゃんのお友達に「おばあちゃん」と呼びかけたら、おばあちゃんが血相を変えて「登喜子さんのことはお姉さんて呼ぶのよ、なっちゃん」と飛んできたのだ。

「お兄ちゃんてわしか?」

 おじいちゃん、もといお兄ちゃんは不思議そうに目を細めた。そして次に再び頬を緩めた。

「確かに。わしのこの若々しい肉体は、お兄ちゃんと呼ぶべきだよな」

 なつはわけがわからないながらも「このおじいちゃんちょれえ」と思った。

 少し落ち着いてきたので、なつは話を元に戻そうとした。が、元の話がなんだったのか、幼いなつの心には刻み込まれていなかった。だから思いついた疑問を口にした。

「お兄ちゃん、りびどーもっこりーってなあに?」

 なつは元気よく大きな声で質問をした。学校で質問するときはそうするように教わったからだ。「りびどー」と「もっこり」は公園で聞いたことがある気がした。それが本当なら少々ヤバい公園であるが。

 お兄ちゃんは足をがくりと一歩後ろに下げた。そして叫んだ。

「これ! 女の子がそんなこと言ってはいかん!」

 突然怒鳴られてなつのパニックは再燃した。

「うえーん! おじいちゃんが怒ったー!」

「す、すまん! 女の子が言っちゃいかんていうのは差別だな! わしはこれでもフェミニストのタツと呼ばれていてな!」

「うわーん、いみわかんないよー」

 なつはひっくひっくと泣き続けた。

 おじいちゃん、もといお兄ちゃん、いや、ここではおじちゃんと言うことにしよう。彼はおろおろしながらなつの周りをうろついた。が、突然何かを思い出したように今は懐かしいラジカセに手を伸ばした。

 てととん、てととん、てとてとてととん……

 聞いたことのない音楽が流れてきた。

「ふえ?」

 なつは泣くのをやめてその音楽に聴き入った。

「――これは、ラジオ体操第二だ」

 おじちゃんの真っ直ぐな瞳がなつの心を射抜いた。

「ラジオ体操第一」は聞いたことがある。それの二番だろうか。

「第二を知りたいか?」

 なつは好奇心が出てきて「うん!」と元気に返事をした。すると、おじちゃんは何かを考えるように目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。

「第二は小学生にはまだ早いのだが、なっちゃんとか言ったな。お前が第一を極めたのなら教えてやってもいいだろう」

「きわめるってー?」

「バッチリ体操できるようになるってことだ――やれるか?」

「うん! なっちゃ……わたしもう幼稚園生じゃないもん、がんばるよ!」


 こうして、なっちゃんの夏休みが始まったのである。


 7月28日


「では、今日は腕を大きく伸ばして背伸びの運動だ!」

「はい!」

 なつは手を上げた。昨日は一連の流れを教えてもらったが、細かい動作については今日から教えてもらうことになっていた。

 ちゃんちゃらちゃららら、ちゃんちゃららららら……

 今日はこれが終わったら水族館に行くのだ。楽しみだ。なつは勢いよく腕を振り回した。

 その腕がおじちゃんの股間にヒットした。

 その日の特訓は何故かそこで終了になった。


 7月29日


「昨日は途中になってしまってすまなかったな! 今日こそ、腕を大きく伸ばして背伸びの運動を教えるぞ!」

「はい!」

 腕を元気に振り回すなつから、おじちゃんはそっと離れてこう言った。腰が引けている。

「もう少しまろやかに回すんだ!」

 なつはなんとなく「まろやか」な感じで腕を回した。

「よし! いい調子だ!」

 おじちゃんはホッとしたようになつの側に戻ってきた。しかし、腰はまだ引けていた。


 7月30日


「わたし、金魚すくいやるー」

 近所のお祭りにお母さんと一緒に来た。

「なっちゃんにはまだ難しいわよ」

「えー、学校のみんなもとってるもん。わたしもできるー」

「仕方ないわねえ」

 なつは金魚すくいの網を手に取った。が、うまく捕まらずすぐに紙は破けてしまう。

「もう一回ー」

「もう一回だけよ」

「ちゃんちゃらちゃららら、ちゃんちゃららららら……」

 どこかでラジオ体操第一の音楽が聞こえた。なつはそれにあわせてまろやかに腕を動かした。

「とれた!」

 なつは知らなかった。その様子をラジカセを持ったおじちゃんが満足そうに見ていたのを。おじちゃんが周りの人に遠巻きにされてしまっていたのを。


 7月31日


「かぶとむしーかぶとむしー」

 なつは歌いながら公園へと向かう。今日はラジオ体操をしたらそのままその公園でカブトムシを捕るのだ。

「おお、なっちゃん。今日は虫とりか」

 ラジオ体操の特訓が終わった後、なつが手に持った虫とり網と虫かごを見ておじちゃんは言った。

「うん。かぶとむしっていうのとるのー」

 するとおじちゃんは難しそうな顔をした。

「カブトムシ、か。クワガタならまだしも、カブトは今ではこのへんじゃ見かけんぞ」

「え……」

 なつはカブトムシに憧れていた。お母さんが好きな歌の名前なのだ。それは女の子が甘い匂いに誘われてカブトムシに変身するというものだ。

「かぶとむし、たのしみにしてたのに……」

 なつは泣きそうになった。

「ま、待て、泣くな。わしがカブトムシになってやろう!」

「は?」

 なつはもう小学生である。普通の人間がカブトムシになれるわけはないし、そんな人間はなつは香川照之以外は認めなかった。

「確かうちに、昔欽ちゃんの仮装大賞に出たときの衣装が……」

 おじちゃんはマジだ。

 なつはもう知っている。カブトムシの着ぐるみを着たおじさんが幼女と一緒にいたら間違いなくおまわりさんがやってくると。そう思ったなつは泣くのをやめた。

 なつはこの夏、ひとつ大人になった。


 8月1日


 今日はお友達とプールに来た。みんなは「わーい!」とすぐにプールに入りそうになっている。なつは止めた。

「プールに入る前にじゅんびたいそうしないとだめなんだよ」

「そうだね、やろー」

 なつはみんなの前に出た。

「腕を大きく上げて背伸びの運動ー! ……そこ! 腕の回しが足りない! あとそこも! まろやかさがなってない!」

 その日、皆はプールの中に入ることはできなかった。


 8月2日


「次は体をねじる運動ー」

 おじちゃんの声にあわせて、なつは体をねじった。手は下に向けて体と一緒にブンブン振るのだ。

「そこで、空に向けて手を振る!」

「ばいばーい!」

「かわいいから、まあ、よし!」




 8月3日


「お兄ちゃん好きな色、なあに?」

「ん? わしか。やはり情熱の赤かな。でも、なんでそんなこと聞くんだ?」

「んーとね。今日わたし麦わら帽子買いに行くの! 何色のリボンがいいかなって思って」

 なつは水色のリボンの付いた麦わら帽子を買った。


 8月4日


「たまにはラジオ体操第一以外の曲に乗せて体操するのも新鮮でいいぞ」

 そう言って、おじちゃんはラジカセのスイッチを押した。


 うーさーぎ、おーいしー、かーのーやーまー


 帰宅後、なつはお母さんに駆け寄った。

「お母さん、わたしうさぎかいたい!」

「あら、いいわねえ。かわいいもんね」

「うん! おしょうゆとおソースどっちがあうかなあ」

「育てて食べる気まんまんなのね、なっちゃん」


 8月5日


「ほら、なっちゃん、これがうさぎさんよ。食べ物じゃないのよ」

 今日はお母さんと動物園に来た。

「わあ、かわいいねえ! あとね、わたしキリンが見たいー」

「キリンね。こっちよ」

「お兄ちゃんがね、KIRINが一番美味しいって!」

「なっちゃん、食べ物から離れて」


 8月6日


「お兄ちゃん、さっきね、きれいな女の人が犬のうんちふんづけちゃってたの」

「おお、いいな。それは運がついてるぞ」

「お兄ちゃん、うんち好きなの?」

「なっちゃん、食べ物から離れて」

「誰も食べるとは言ってないよ」


 8月7日


「わーい、海ー!」

 なつの家は海から少し遠い。だから海に来られるのは年に一度くらい。久しぶりの海になつは大興奮だ。買ってもらったばかりのピンクのビキニを着ておおはしゃぎしていた。

「よう、なっちゃん」

「あ、お兄ちゃんも来てたんだねえ」

 なつはおじちゃんを見て首を傾げた。おじちゃんもなつと同じだったからである。

 お父さんは違うのにな。

「なんでお兄ちゃんビキニ着てるのー?」

「ああ、これか? いいところに気づいたな。夏の海は刺激的だ。わしの美しい肉体を少しは隠さないと浮かれた輩にナンパされてしまわないとも限らん」

「ふーん。そっかー!」

 それでもおじちゃんはナンパされてしまった。おまわりさんに。


 8月8日


 今日は海水浴二日目だ。おじちゃんは昨日とは違う水着を着ていた。

「わー、今日はお父さんと同じ水着だねえ。かわいいー」

「まあな。このタイプの水着は男の憧れだからな!」

「そうなんだー」

 そしておじちゃんとお父さんは、揃いの帆立ビキニを着て肩を組んで自撮りした。



 8月9日


 夏の夜。今日は花火大会。なつの家の庭からはちょうど花火が見える。

「わあ、花火きれいねー」

「ラジオ体操のほうが綺麗だよ」

「なんでお兄ちゃんがここにいるの」


 8月10日


「ぴくにっくー、ぴくにっくー」

 今日は楽しみなピクニック。お母さんとお父さんと一緒に近くの公園に行くのだ。

 なつはお弁当を作るお母さんの手元を覗き込んだ。なつの大好物のたこさんウインナーが入っている。なつはひとつそれをつまみ上げた。

「うでをおおきくあげて、背伸びのうんどうー!」

 なつの大好きなたこさんの腕は無残にももげた。


 8月11日


「へえ! このお弁当はなつも手伝ったのか」

 仕事に行く前にお弁当を手に取って、お父さんは驚いた。

「うん! 昨日お母さんに教わったの!」

「どれどれ、中を見てみるか」

 お父さんはパカッとお弁当の蓋を開けた。お父さんは目を見開いた。

「うお……! 器用だな!」

 お弁当は、白米の上に海苔でラジオ体操の手順が図解つきで描かれていた。おかずはなかった。

 




 8月12日


「明日から三日間、おばあちゃんちに遊びに行くの!」

 なつは背伸びの運動をしながらおじちゃんに伝えた。

 お母さんのおばあちゃんは近くに住んでいるが、お父さんのおばあちゃんに会うのはゴールデンウイーク以来だ。とても優しいおばあちゃんでなつはずっと楽しみにしていた。

 なつはまだ六歳である。毎日続くおじちゃんのラジオ体操第一の特訓が辛くなってきていたと言えなくもなかった。もちろん一日中ラジオ体操をしているわけではない。でも、丸一日おじちゃんと会わない数日の骨休みも必要だろう。

 おじちゃんは「お前の背伸びの限界はそこまでか!」といつものように叱咤激励しながら、ふんふんと聞いていた。

「おばあちゃんの所に行っている間も、ちゃんとラジオ体操第一を極めるべく精進せねばならんぞ」

「うん! りぴっとあったみー。今日から毎日ラジオ体操!!」


 8月13日


「おばあちゃーん! ひさしぶ……」

 なつは見た。

 縁側でお茶を啜っているおばあちゃんのその隣で。おじちゃんがさきいかを囓っているのを。


 8月14日


 出張に行っていたおじいちゃんが帰ってきた。

「わーい、おじいちゃーん!」

 なつは居間を飛び出し玄関に向かった。そして靴を脱いでいるおじいちゃんに駆け寄って飛び付いた。

「おお、なっちゃん。いい子にしてたか?」

「なっちゃんは努力家ですよ」

 すっと横に立ったおじちゃんが、おじいちゃんになつを誉めてくれた。

 なつは嬉しかったが、おじいちゃんは「まさか、京子に限って不倫なんて……」とガタガタ震えていた。




 8月15日


「今日はスイカ割り!」

 なつは張り切った。なんせテレビでは見たことはあるものの、スイカ割りをするのは初めてである。

 おばあちゃんとおじいちゃん、いとこたち、それにおじちゃんとなつはおばあちゃんちの庭に集まった。

「じゃあまずはゲストのラジオ体操のお兄ちゃんからね」

 おばあちゃんは棒をおじちゃんに渡した。

「わー、お兄ちゃんがんばってー」

 なつは良かれと思って応援したのだ。

「よし、じゃあ頑張るとするか。体をまわす運動ー、ふっ!」

 次の瞬間、鍛え上げられた筋肉によって粉砕されたスイカが目の前に現れた。

 なつのスイカ割りデビューは来年に持ち越しになった。


 

 8月16日


「はっぴばーすでーなーっちゃーん」

 なつは鼻歌を歌いながらいつもの公園へ向かった。おばあちゃんちは昨日までで、今日は自宅に戻ってきていた。

「はっぴばーすで、つーゆー」

「おう、なっちゃんは今日が誕生日か」

 おじちゃんにそう問われ、なつは胸を張った。

「うん! もう七さいだよ。お姉ちゃんになったんだもん!」

「そうか、じゃあ、わしからも何かプレゼントをやろうかの」

 なつは警戒した。さすがに三週間もつきあっていると、おじちゃんの思考回路が読めてくる。

「い、いいいいいいよ! おきもちだけでじゅうぶんでござる!」

 なつはおばあちゃん家で見た時代劇の台詞を咄嗟に口にした。きっと「ラジオ体操第一養成ギプス」とかに違いない。

「まあまあ、子供が遠慮などするものではないぞ」

 おじちゃんはいそいそと高島屋の紙袋から何かを取り出した。その紙袋はおじちゃんがいつもタオルやペットボトルを入れているものだ。

「ほら、誕生日おめでとう」

 おじちゃんは腰を落としてなつに何かを差し出した。それは小さな箱のようなものだった。四角くて平べったい。

「ラジオ体操第二のカセットテープだ」

「……お兄ちゃん」

 なつはおじちゃんを見上げた。

 令和生まれのなつは、カセットテープを知らなかった。


 8月17日


 今日はおうちにお友達を呼んでなつのお誕生日会だ。

「なっちゃんおめでとうー」

「これ、わたしたちからのプレゼントー」

「絶対なっちゃんが喜ぶと思うんだー」

 なつは友達たちから四角い包みを受け取った。

「わー、みんな、ありがとー!」

 なつがプレゼントの包みを開けると、中から「エナジーセクシーエクササイズ~フェミニストのタツ、ラジオ体操一筋60年写真集~」が出てきた。




 8月18日


 今日は家族三人とおじちゃんでキャンプに来た。もう誰もおじちゃんが何故ここにいるのかと突っ込まなくなった。


 8月19日


 キャンプを楽しんだあと、おうちに帰った。

「ただいまー」

「おう、おかえり、なっちゃん。ご飯できてるぞ」

「ここはお兄ちゃんのおうちじゃないよ」

 さすがに突っ込んだ。



 8月20日


「なっちゃんはなんの形を作るのかなー?」

 今、なつはおかあさんとお菓子を作っている。初めてのお菓子作りはクッキーだ。お母さんはハートや星の形の抜き型を生地に押し当てた。

 お母さんに問われて、なつはもじもじした。

「んーとね。ラジオ体操のお兄ちゃんにもあげようかなって思って」

「え。自分より年上の息子とか萌えるわ」

「んー?」

「なんでもないよ。お世話になってるもんね。じゃあ、お兄ちゃんにはどんな形にするー?」

「ラジオ体操の形!」


 8月21日


「おお、なっちゃんが作ったのか。こりゃうまそ……」

 袋を開けたおじちゃんは絶句した。

 中には老人の顔が山のように入っていた。


 8月22日


「じゃあ、なっちゃんお化け役よろしくね!」

「うん! わたしみんなを怖がらせちゃうよ!」

 今日は肝試し。裏山に学校の友達と集合だ。

「おばけだぞー!」

「きゃー!」

 前のお化けから逃げてきた友達がなつの目の前にやってきた。

 どきどきしてきた。

 よーし!

「腕を大きく上げて背伸びの運動!」

 なつのあだ名が「ラジオ体操」になった。 


 8月23日


 夏休みの宿題がまだ残っている。

「お母さーん。トイレットペーパーのしんってあるー?」

「なっちゃん、そういうことは早めに言わないと」

 お母さんがなつの部屋に入ると、なつは机の上でチョキチョキハサミを動かしていた。

「ラジオ体操人形とか作るのかな? 芯を胴体にできるもんね」

 なつはキョトンとした。

「なんで? ネコちゃん作るんだよ」

「まさかのここに来て、ラジオ体操関係ない」



 8月24日


「わーん、夏休み今日で終わりなのに宿題終わってないよー。絵日記どうしよ。えーい。覚えてることだけでいいか!」


 7月27日 ラジオたいそうだいいち とおしでならう

 7月28日 ラジオたいそうだいいち うでをおおきくあげてせのびのうんどう

 7月29日 ラジオたいそうだいいち いち、に、さん、し

 7月30日 ラジオたいそうだいいち ご、ろく、しち、はち


「なっちゃん、お母さんが先生に呼び出し食らっちゃうから、ラジオ体操以外のことも書いて」


 8月25日


「今日から毎日ラジオ体操!!」

 なつはガバリとベッドから起き上がった。そして気づく。

 今日から学校であると。

 そして、朝のラジオ体操はもう行かなくてよいのだ、と。

「てととん、てととん、てとてとてととん……」

 なつは呟いた。

 結局ラジオ体操第二は教えてもらえなかった。第一の極意のいい線までいったのだが、なつは体がかたくてどうしても手のひらが地面に着かなかったのだ。

「そんなことでは大地からのエナジーを得ることはできん!」

 そう言うおじちゃんの合格はもらえるはずがなかった。

「てととん、てととん……」

 なつはしょんぼりとしながら、リビングへと朝ご飯を食べに向かった。


 小学校までの通学路。夏休み中毎日通った公園の前にさしかかる。

「あ!」

 なつは目をみはった。そこでは、あのおじちゃんが大きく背伸びの運動をしているところだった。

「お兄ちゃん!」

 なつは駆け寄っていく。

「なんでお兄ちゃんがここにいるの?」

 夏休みは終わったはずだ。

 するとおじちゃんは、何をおかしなことを聞くのかという顔でなつを見た。

「わしは365日、雨の日も風の日も毎日休まずここでラジオ体操をしておる」

「えっ。じゃあ、これからもラジオ体操教えてもらえるの?」

「うむ。お前が早起きして学校に遅刻しないと言うのならな」

 なつに否やはない。

「――ついてこれるか?」

 この一ヶ月。ラジオ体操になつの夏を捧げてきた。

 今度こそラジオ体操第一を極める。そして、今度こそ第二を。

「うん! なっちゃん早起きする!」

 すると、おじちゃんはとても嬉しそうに目を細めた。

 二人同時に口を開く。

「今日から毎日ラジオ体操!!」


 ――なっちゃんの夏休みは、終わらない。


    完


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なっちゃんの夏休み ~今日から毎日ラジオ体操!~ 山川陽実子 @kamesanpo

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