独裁者の作り方

@cross-kei

独裁者の作り方

「ねえ、ティーチャー」


 窓のない六畳ほどの個室。壁一面の有機ELディスプレイには、環境汚染で黄色く濁った外気を隠すように、偽物の青空が4K解像度で映し出されている。


  僕は首筋のポートに触れ、脳内チップを起動した。西暦2126年。夏休みの自由研究、締め切りまで残り二時間。


「はい、ケンジ君。今日は『ママ』と呼び間違えませんでしたね」

  脳内に直接響くのは、三年前に死んだ母さんの声をサンプリングした、精神安定用のカスタムAIボイスだ。


「茶化さないでよ。でさ、歴史レポートの『滅びた国』シリーズ。この『日本』って国、なんで地図から消えちゃったんだっけ? データが黒塗りだらけで読めないんだ」


 目の前のホログラムには、ユーラシア大陸の東端、今は放射能と瓦礫で埋め立てられた弓なりの無人列島が、かつての姿で浮かんでいる。


「そのデータは、未成年が参照できないように制限がかかっています。ですが、学習目的であれば、申請し参照可能です。……申請完了。ブロックを解除しました。結論から言えば、システムエラーによる自壊です。独裁者という名の致命的なバグを生成し、その排除に失敗して周辺国との戦争に突入。物理的に消滅しました」


「へえ、ドクサシャ」

 僕は栄養ゼリーを啜りながら、入力画面を開く。


「なんか古臭い響き。で、その独裁者って、どうやって作るの? 特別な工場でもあったわけ?」


「いいえ。工場は『社会』そのものです。レシピは非常にシンプルでした」


 AIの声色が、母さんの優しさから、冷徹な管理者へと切り替わる。空中に、無機質なフォントでデータログが表示された。


【検索結果:データログ(Japan Model 2027s-2037s)】


1.【下準備:思考リソースの枯渇】

 - 状態:30年にわたる経済停滞と将来不安。

 - 効果:国民の認知的負荷を増大させ、「複雑な議論」を拒絶する土壌を形成。


2.【素材:空虚なアクター】

 - 選定基準:政治信念を持たず、大衆の怒りを吸収して代弁する「スピーカー」機能と、その演技力を持つ一般人。


3.【味付け:アルゴリズム的分断】

 - 手法:仮想敵の設定。「あなたの貧困は、優遇エリート層と外部侵入者による収奪である」と定義し、社会分断を強化。相互監視機能を有効化。


4.【加熱:安全装置の解除】

 - アクション:緊急事態条項の発動。「改革の加速」を名目に三権分立を無効化。

 - 当時の世論:支持率78%。多くの国民が、民主的プロセスの省略を「英断」と歓迎。


5.【出力:カタストロフィ】

 - 結果:国内失政の隠蔽を目的とした対外戦争の開始。国家機能の全停止。


【結果終了(独裁者生成プロセス)】


「うわ、何これ。単純すぎる」

 僕はホログラムを消し飛ばすように手を振った。


「ねえティーチャー。似たようなバグって、他の国でもあったんでしょ? なんで当時の日本人は、バグだとわかっててインストールしちゃったわけ? セキュリティソフトとかないの?」


「……先日の文学の講義を覚えていますか?」

 AIが問いかける。


「ケンジ君は『蜘蛛の糸』という物語を学びましたね」

「地獄に垂れてくる、細い糸の話でしょ? 覚えているよ」


「当時の日本人もまさに地獄にいたのです。そこに一本の糸が垂れてきた。彼らはそれが『救いの糸』だと信じて群がったのです」


「だからさ」 僕は苛立ちを隠さずに言う。


「その糸が、重さに耐えきれずに切れることくらい、計算すればわかるじゃん。一人ずつ昇れば、全員助かるよね? 馬鹿なの?」


 AIは数秒、沈黙した。 ノイズが走る。まるで、語ることを禁じられた領域に触れようとしているかのように。


「……地獄で待つことなど、人間にはできませんよ。そして、その糸は『救いの糸』ですらないのです」


「え?」


「それは、天空に潜む捕食者が、獲物を釣り上げるために垂らした粘着質の『罠』でした。掴めば二度と離れない。引き上げられた先にあるのは極楽ではなく、捕食者の胃袋です。彼らは救いを求めて、自ら咀嚼されに行ったのです」


 ホログラムの列島が赤く明滅し、崩れ落ちるアニメーションが表示された。


「うわっ、趣味悪いなあ。糸が切れなくても食べられちゃうの? 救いのない話」


 僕は興味を失い、レポートの結論欄に『昔の人は、目の前の餌に飛びついたから滅びた』と短く打ち込んだ。


「送信完了。これで宿題終わりっと」


 その時、部屋の照明が警告色である赤に変わり、壁のスクリーンが強制的に切り替わった。


『臨時放送です。偉大なる総統閣下より、反逆分子の制圧完了について重大な発表があります』


 軍服を着た男が映し出される。AIがビッグデータから算出した「最も国民に安心感を与える顔立ち」をした指導者だ。


「あ、総統閣下だ。カッコイイな」


 僕は無意識に背筋を伸ばし、画面に向かって右手で敬礼をした。 誰に強制されたわけでもない。そうするのが、僕の身体に刻まれた「仕様」だからだ。


「お疲れ様でした、ケンジ君」 脳内で、母さんの声をしたAIが優しく囁く。


『バイタル正常。瞳孔反応、同期完了。……素晴らしい忠誠心(ロイヤリティ)です』


 僕の耳には、その称賛が心地よい音楽のように響いた。


 画面の中の独裁者が微笑むのに合わせて、僕も幸せそうに微笑み返した。獲物が、消化液の中で溶けていくとも知らずに。


(完)

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