第2話神殿召喚
目を開けた瞬間、世界が変わっていた。
まず、匂いが違う。
会社のフロアに染みついていた、鉄と油と疲労の混じった空気じゃない。
冷えた石と、かすかに甘い香が鼻をくすぐった。
「……ここ、どこだよ」
自分の声が、やけに遠く聞こえた。
身体を起こすと、俺は円形の広間の中央に立っていた。
床一面に刻まれた複雑な模様が、淡く光っている。
見た瞬間、理解してしまった。
――召喚陣だ。
周囲には、ローブをまとった人間が十数人。
全員が俺を見ている。
期待。好奇心。値踏み。失望。
まるで人間を“確認”する視線だった。
「成功……したのか?」
「反応は正常だな」
勝手に話を進めるな。
そう言いたかったが、喉が張り付いたように声が出ない。
そのときだった。
「――静かに」
たった一言で、空気が凍りついた。
声のした方を見る。
広間の奥、玉座のような台座の上に、一人の女が立っていた。
白銀の髪。
感情の色を映さない金色の瞳。
美しい――そう思うより先に、
逆らってはいけない存在だと本能が告げていた。
「あなたが、今回の“対象”ね」
対象。
人ではなく、物に向ける言葉だった。
「……あんたが、ここに呼んだのか?」
思わず口に出した瞬間、周囲がざわつく。
不敬だ、無礼だ、そんな空気が一斉に広がる。
だが女は、眉一つ動かさなかった。
「口調は自由にしなさい。どうせ、矯正する価値もない」
――いきなり全否定かよ。
「私は神。あなたたちの言葉で言うなら、女神ね」
冗談だと思いたかった。
けれど、理屈じゃない部分が理解してしまう。
逆らえない。
それだけは、はっきり分かった。
「……なんで、俺なんだ」
絞り出すように聞く。
「勇者とか、英雄とか、そういうのじゃないだろ。俺は、ただの社畜だ」
女神は、あっさりと頷いた。
「ええ。そうね」
否定すらされなかった。
「あなたは弱い。
自信がなくて、すぐ逃げたくなって、
負の感情を溜め込みやすい」
胸の奥を、直接掴まれた気がした。
「戦闘能力は低い。魔法の才能も平凡。
英雄ではない」
「……じゃあ、なんで」
「使い潰すには、ちょうどいいから」
淡々と告げられる。
怒りより先に、冷たい納得が来た。
ああ、どこに行っても、俺はこういう扱いなんだ。
「この世界は、魔法で成り立っている」
女神が指を鳴らす。
空中に炎が灯り、
水が生まれ、
土が盛り上がり、
光が差した。
「魔法は便利よ。
でも、使えば必ず歪みが生まれる」
「歪み?」
「怒り、嫉妬、不満、不安。
魔法は、人の負の感情を増幅させる」
女神は続ける。
「この世界には、それが溜まりすぎている。
だから、誰かが引き受けなければならない」
嫌な予感がした。
「――それが、あなたの役割」
はっきりと、突き放すように言われた。
「魔法が嫌いでも、
使わされる立場に置かれて、
そのたびに生まれる負の感情を引き受ける」
「……要するに、ゴミ処理係か」
「ええ。分かりやすく言えば、そうね」
即答だった。
胸の奥で、何かが冷めていく。
「……そんな力があるなら、
最初からお前が全部やればいいだろ」
神殿が、完全に静まり返った。
女神の目が、初めて細められる。
「私は日魔法を司る神。
私が直接動けば、世界は簡単に壊れる」
淡々と、だが重く告げる。
「だから人間を使う。
壊れやすい存在に、歪みを押し付ける」
最低だ。
でも、筋は通っている。
俺は、吐き捨てるように言った。
「……魔法なんて、クソだな」
女神は、なぜか少しだけ笑った。
「その反応でいいわ」
その瞬間、
俺の異世界生活は、否応なく始まってしまった。
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