世界の均衡は社畜の不満でできている~神に選ばれた俺は、奴隷のいる異世界を救うらしい~

エスヤマ

第1話理想を失った社畜

 月曜日の朝が来るたびに、俺は思う。

 ――今日こそ、何かが変わればいいのに。


 もちろん、変わったことなど一度もない。


 満員電車。押し潰される身体。

 スマホを見下ろす無数の顔は、誰一人として楽しそうじゃない。

 なのに、全員が同じ方向へ運ばれていく。


 会社に着く前から、もう疲れていた。


 俺の名前は佐藤真司。

 どこにでもいる、取り柄のない会社員だ。

 夢は特にない。目標もない。

 昔はあった気がするが、いつの間にか思い出せなくなった。


 努力すれば報われる?

 そんな言葉を信じていた時期もあった。


 でも現実は違った。

 努力は「当然」になり、結果が出なければ「自己責任」になる。

 評価されるのは才能と運。

 残った俺みたいな人間は、文句を言わずに働く部品だ。


 ――逃げたい。


 それが、俺の一番正直な感情だった。


 会議室の席で、俺は俯いていた。

 正面では、牧田部長が淡々と話している。


「いいか、佐藤。これはチームの問題じゃない。お前の問題だ」


 いつもの言葉。

 責めているようで、実は誰も責任を取らない魔法の言い回し。


「期待してるから言ってるんだぞ」


 期待。

 その言葉が、俺には一番重かった。


 期待されるほどの人間じゃない。

 でも、期待されているフリをしないと、この場所には居られない。


 だから俺は、何も言わずに頷いた。


 ――逃げたい。

 ――消えたい。

 ――最初から、ここに居なければよかった。


 そんな負の感情が、胸の奥に溜まっていく。

 吐き出す場所もなく、誰にも見せられず、ただ沈殿していく。


 昼休み、屋上に出た。

 誰もいない場所で、俺は空を見上げる。


 青い。

 やけに、どうでもいいくらいに青かった。


「……何やってんだろ、俺」


 生きている意味を考えるほど、俺は真面目じゃない。

 死ぬ勇気もない。

 ただ、流されているだけだ。


 そのときだった。


 視界が、歪んだ。


 眩暈とは違う。

 現実そのものが、ひび割れるような感覚。


「――え?」


 次の瞬間、俺の足元から光が溢れた。


 声が聞こえた気がした。

 女の声。冷たく、感情の温度を感じさせない声。


『観測完了』


 意味が分からない。

 理解する前に、世界が裏返る。


 空も、屋上も、すべてが遠ざかっていく。


 その意識の底で、

 誰かの“評価”が、淡々と下された。


『英雄ではない。

 だが、使い潰すにはちょうどいい』


 最後に思ったのは、

 ――ああ、結局俺は、何も選ばずに流されてきただけなんだな、ということだった。


 その流れ着いた先が、

 神と魔法と、奴隷のいる世界だとも知らずに。


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