応援コメント

七五三の記憶」への応援コメント

  • 七五三のお祝い。三日間は初めて聞きました。
    それだけ、坪の方たちの交流の深さとお祝いしたい気持ちが伝わります。
    長男長女だけあるあるですね。子供にとったら晴れ着は嬉しいですものね。

    作者からの返信

    当時は結婚式もお葬式も三日間でしたよ。
    冠婚葬祭の他に、道路の修理をする「道普請」、共同区域のお掃除をする「奉仕作業」など共同でする作業が色々ありました。
    お勤めの人が多くなるにつれて簡略化されたり中止されたもののも多いです。
    お星様、ありがとうございました。

  • 七五三のはっきりとした記憶はないのですが・・

    私の子供時代の田舎では葬儀の時に、小さな子供に晴れ着を着せて出席したようで、18歳上の姉が27歳で亡くなった時、私と4歳の姉の子は晴れ着を着てお葬式に出た写真があります。
    私のその晴れ着は、七五三のお祝いをした時の着物だったと思われます。
    姉たちの子供時代はどうだったか知りませんが、私は四女で末っ子、戦後生まれでしたから、晴れ着を着せてもらうゆとりも出てきたんでしょう。
    七五三のお祝いを、たしか「帯揚げ」と言っていたような、うっすらとですが記憶にあります。
    麻子さんの所の風習のような、大々的なものはなかったようです。

    作者からの返信

    お星様ありがとうございます。
    ローバさんの地域では「帯揚げ」だったのですね。
    私のところは「おびとき」でした。漢字だと「帯解き」でしょうか。
    葬儀も地域によってかなり習慣が違いますよね。
    母の実家の地域では葬儀にお赤飯を炊くので驚いたことがあります。