第6話 声が聴きたくて
友人のいない俺は、土日になると暇になる。
今日はそんな、なんの予定もない土曜日。
こういう一日中何もない日は、ジムでトレーニングをして過ごしている。
オイオイお前そういうキャラだったのか? ぼっち陰キャじゃなかったのかと言いたい気持ちはわかるがちょっと待って欲しい。
ジムトレこそ陰キャにもっとも向いている趣味なのだ。
俺たち陰キャは群れることをよしとせず、競い合うことをよしとせず、日の光が苦手などっかの鬼みたいな連中だ。
だからこそジムがいい。
基本日の光の入らない薄暗い空間。人は大勢いるが、その殆どは一人で黙々とトレーニングに励んでいる。
何より、ここには他者との競い合いが存在しない。順位もランキングも存在しないから、誰かと比較することなく、純粋に自分と向き合うことができる。
完全に己との対話の時間なのだ。
費やした時間とリソースは絶対に自分の成長に返ってくる。
ゲームでいう「経験値を貯めてレベルアップ」という事象を、自分の身体で実感できるのだ。
しかも、誰とも会話をすることもなく……だ。
「そんなこと言って、筋肉とか重量でマウントを取り合っているだろ? そういうギスギスした空間なんだろう?」と思うだろう。
確かにそういうジムもあるのだろうが、少なくとも俺が通っているジムではそんなことは一切ない。
このジムでは、ムキムキマッチョマンからダイエット目的の中年、体力維持を目的とした老人など、様々な層が利用する。
自分より凄そうな人を尊敬こそすれ、初心者たちを見下すような真似は一切しない。
会話こそないけれど、心の中で「がんばれよ」と声を掛け合っている。
そんな孤独で温かい、孤高の趣味がジムトレなのだ。
「ふぅ……今日もいい汗をかいたな」
備え付けの湯に入り汗を流す。着替えを済ませて外に出ると、日が沈み始めていた。
どうやらトレーニングに夢中になりすぎていたようだ。
「どこかに寄って飯でも食うか。いや……」
早く帰ってラノベの続きが読みたい。
昨日借りた4巻をもうすぐ読み終わるところなのだ。
「なら、バスだな」
俺の通うジムはバスで片道15分のところにある。時刻表通りなら、もうすぐバスが来る頃だ。
その時だった。
スマホがブブブと震えた。
「通話? 望月から?」
なんだろうと思い、出てみる。
『もしもし。桜庭くん?』
「望月か。電話なんてどうしたんだよ、珍しいな」
『うん。ちょっと物足りなくてね』
「物足りない?」
電話の向こうで望月が頷くのがわかった。
『ほら。今週は私たち、ずっとラノベの話をしてたじゃない? でもお休みでそれがなくなると、なんだか寂しくなっちゃって』
なるほど。確か望月はこういったオタク趣味を友人たちと共有できていないんだったな。
普段望月を取り囲む陽キャ集団を思い出す。あのメンバーとは、ラノベの話などできないだろう。
『というわけで趣味の話がしたくなったのです……迷惑だったかな?』
「いや……」
バス停に目を向ける。すると、乗る予定だったバスが乗り入れてきたところだった。
全力ダッシュすればまだ間に合う。
だが。
『ごめんね、やっぱり忙しいよね』
「いいや。実はこれから帰り道でさ。一時間くらい歩くから、寧ろ通話できると助かる」
『本当! よかったぁ』
はしゃぐ声に心が満たされる。どこかで俺も、望月の声を聞きたいと思っていたのかもしれないな。
「ちょっと待っててくれ。イヤホンに切り替える」
イヤホンを接続し、手を自由にする。これで歩きながら通話する準備は完了だ。
「そういえば借りてた本の続き、読んだ」
『本当? どこまで?』
「4巻の途中」
『滅茶苦茶熱いところじゃん!』
「ああ。今から読むのが楽しみでな」
『ふふ。そんな風に言って貰えるとオススメした甲斐があったよ』
「あと……」
『うん?』
「読んだ後、こうやって望月と話せるのも嬉しい」
『そ、それは……どういたしまして?』
なんだよそれ。
その後、俺が今借りている『学園異能のスキルオーバー』の話だったり、望月が今ハマっている作品の話だったり、執筆中の小説の進捗だったり。
そんな話をした。
「あ、そろそろ……」
『うん?』
「いや、なんでもない。続けてくれ」
時間はあっと言う間に過ぎて、一時間。自宅に到着してしまった俺は、何故かそのことを言い出せず自宅をスルー。そのまま近所の公園のベンチに腰を下ろした。
「こういうのも楽しいもんだな」
望月が楽しそうに話している声を聞くだけで、こんなにも満たされた気持ちになるのは何故だろう。そんなことを考えながら、さらに一時間ほど通話は続くのだった。
***
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