悪魔は黒薔薇を食む

@azhr123

第1話 曇り空と新生活

某日・ブラッディ家


「良いか。この政略結婚は、我がブラッディ家とダズベルト家の交流を安定させるためにある。相手はあの“悪魔”と名高い伯爵だ。くれぐれも失態の無いように。」

父親は羽根ペンを書類に綴らせながら、目の前の娘に言った。

娘は麗しい顔に穏やかな笑みを浮かべた。

「ええ、承知しておりますわ。御父様。」

そう言って、身に纏った漆黒のドレスを両手で摘み、優雅に礼をした。

その姿に、父親は薄い笑みを浮かべる。

「全ては、ブラッディ家のために。」



揺れる馬車の中、ブラッディ家息女、リリーローズは先程の麗しい笑みとは一変、不安げな表情で外の景色に感傷を抱いていた。

「はぁ……………」

(御父様は殿方を悪魔と仰っていたけれど、私は知っている。私も外からは、黒薔薇嬢と呼ばれていることを…………)

リリーローズの家名はブラッディ。

その響きから血や残虐さを連想させるため、家の悪い噂は絶えなかった。

そのせいか、リリーローズは見た目こそ淡く艷めく黒の髪に、黒の瞳、雪のような白い肌を持つ麗しい淑女なのだが、この国ではそれらはあまり見ず珍しいため、卑しみの意を込め黒薔薇嬢と称されているのだ。黒百合もそうだが、花言葉に呪いの意がある。なので、黒薔薇は縁起が悪いものとされているため、悪い方の渾名としてぴったりだったのだろう。

(世間からは悪魔と黒薔薇なんて、格好の似合い夫妻だと思われているのでしょうね。

………本当に、どうでもいい事だけれど。)

馬車は揺れる。

まるで私の心を嘲笑っているようだわ、とリリーローズは思う。

(そう、どうでもいい事よ。私の役目はブラッディ家の安泰を図るための駒。

少しでも、家に貢献するのよ——————)





ダズベルト家の屋敷に着いたのは、それから小一時間が過ぎた頃であった。

空は鼠色に曇っている。

リリーローズは馬車から降り、敷地に足を踏み込む。

辺りには霧が満ちていて、景色はよく見えない。

ふと、リリーローズは立ち止まった。

目の前に重苦しく存在感を放つ壁のそれは、ダズベルト家の門だ。

過去に何度か訪れたことがあったが、この日はそれまでに見た屋敷よりも、一層大きく、冷たい空気がリリーローズを圧倒した。

(いつ見ても寒気がするとは思っていたけれど、今日は格段ね。)

リリーローズは怯みながらも、伯爵の待つ大広間へと足を運ばせた。





大広間に入ってすぐ、伯爵の姿が見えた。

リリーローズは伯爵の前まで行き、丁寧に礼をする。

「御機嫌よう、ダズベルト伯爵。」

「久しいな、ブラッディ嬢。」

顔を上げてはいないが、目の前の伯爵がどんな顔をしているか、ひしひしと伝わってくる冷たい空気で分かる。

「来て早々で悪いが、早速始めさせてもらう。」

感情の篭っていない淡々とした口調。

リリーローズは何の意識もされていないのだと、改めて思った。

(これが、政略結婚…………やはり伯爵は冷徹な方だわ。でも、好都合ね。

お互い干渉しない、形だけの婚約。御父様、見ていてね。私はやり遂げてみせるから———───)





純白のウエディングドレスに身を包んだリリーローズは、冷える手を握り込み、伯爵を待っている。

黒紫の髪は丁寧に結い上げられ、その周りを白薔薇が囲うようにして飾っている。

吐いた息は白く染まり、溶けるように消える。

しばらくすると、向こうから伯爵が歩いてきた。

白で統一されたタキシードに身を包んだ姿は、いつもよりも一層厳格さを増していた。

「それでは行こうか。」

その声は凍てついている。

すっ、と手を差し伸べてきたので、空気を読まんとばかりにリリーローズは手を添える。

手は手袋をはめているのにも関わらず、氷のように冷たい。

リリーローズを見る眼差しは、ずっと見られていたら凍り死ぬのではないか、と感じてしまうくらい無と嫌悪の感情に満ちていた。

(それも仕方ないことよね。だって私は…………)

黒薔薇だから、と心の中で呟く。

ごーん、ごーん、と鐘の音が鳴り響く。

それと同時に、二人の目の前の扉がゆっくりと開き出す。

リリーローズは伯爵の足取りに合わせ、慎重に歩み出した。

一面に空は暗く斑になって曇っている。それはまるで、二人の重苦しい雰囲気を映し出しているかのようだった。





式が終わり、リリーローズは新しく自分の個室となった部屋に居た。

新しい部屋は思いの外広く、さすがは伯爵夫人といった感じであった。

(そうよね、今日から私はダズベルトの人間……………)

不安は雪のように少しずつ募るばかりだ。

リリーローズはしばらく部屋を見渡し、窓際のやや古いソファに腰をかけた。

外の景色は枯れがれとしていて、見ていて体の芯から冷えるようだ。

幕を開けたばかりの慣れない新生活に、ただただ胸の内は騒がしい。

それに、両家の関係を良くする、という重大な役目もある。

(私は上手くやっていけるのかしら…………)

外ではちら、ちらと雪が舞い始めた。





ダズベルト伯爵——ルデウスは書を繰りながら、少し苛立っていた。

(ああ、これだから政略結婚は嫌なのだ。

当人の意志を尊重しない、たかが家同士の密接な関係を築く為という都合で塗り固められた契約上の婚約………………まったく、道理の一つすら通っていない。実に身勝手極まりない。

あの女も、私の事を駒としか見ていない。それよか、悪魔だと心の内では嘲笑っているかもしれない。

悪魔。何処の誰が呼び始めたのか知らないが、ふざけた渾名だ。

………………そういえばあの女も、黒薔薇嬢なんて馬鹿馬鹿しい呼び名があったか—————)

コンコンコン。扉が叩かれる音がして、そんな考えは頭の中を過ぎ去った。

「入れ。」

そう言うと、重めかしく扉が開かれた。

「失礼致します、ダズベルト伯爵。」

入ってきたのはリリーローズだった。

ルデウスはそれを見て顔を顰めそうになったが、無表情で貫く。

リリーローズはふわりと辞儀をする。その拍子に、彼女の髪が黒く艶めいて揺れる。

(黒薔薇……か。確かに黒い髪だな…………)

陶器のような声で彼女は言う。

「まだご挨拶が出来ていなかったので。これからよろしくお願い致します。」

それだけ言うと、リリーローズは早々に部屋を立ち去った。

ルデウスはリリーローズに何処か腑に落ちないところがあった。

(…………まあ、煩く手を焼くような者より、此方の方が清々しくて良いかもな…………)

ルデウスは一息つき、また手元の書を繰り始めた。





殿下は相変わらずの塩対応だ。

リリーローズは大廊下を歩きながらそう思った。

冷徹……氷を感じさせるその出で立ちは、体が震えそうになる。

しかし、何故だろう。

(私と、何となく似ている気がする………………)

そう思ってしまうのは、気のせいなのだろうか。

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