異世界全力ラリアット!~転生しても最強のチャンピオンを目指します~

ねこぢゃらし

序章

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初作品となります。

『イッテンヨン』に合わせて序章のみ公開いたしました。

1月下旬~2月上旬ごろに、順次公開できればと思っております。

気長にお待ちいただければ幸いです。

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 その日はプロレスの歴史に私の名前が刻まれる、最高の一日になる――はずだった。

 

 ――私の名前は松本朱音まつもとあかね

 親元を離れ、豆柴の「がんも」と暮らしをしている。

 普段は黒ずくめの格好が多く、胸元まで伸ばした黒髪のせいで、不本意ながら「陰キャっぽい」とよく言われる。

 趣味はカラオケで、特撮ソングやアイドル曲を熱唱してストレス発散するのが休日の定番だ。

 特に『魔道戦隊マギレンジャー』の主題歌は欠かせない。

 ほぼヒトカラなのは、ここだけの話にしておいてほしい。

 好きなものは焼肉とスイーツ。そんなどこにでもいそうな今どきの二十二歳。

 

 ただ一つ、人と違うのは、職業がプロレスラーであること。

 三年前、日本最大級の女子プロレス団体『シャイニングプロレス』でデビューした。

 リングネームは『アカネ』、ニックネームは『ハートブレイカー』。

 ヒールユニット『ラブデビルズ』のメンバーとしてリングに上がっている。

 身長百四十九センチと小柄ながら、持ち前のスピードとハートの強さで、少しずつキャリアを積み上げてきた。

 

 そして今日。

 プロレスラー全員の憧れである『WWGPシングルベルト』に挑戦する。

 この試合に勝てば、最年少での戴冠。名実ともに団体の顔になれる。


 対戦相手は、練習生時代から面倒を見てくれている先輩。

 尊敬するレスラーであり、誰よりも超えたい壁でもある。

 体格も経験も向こうの方が上。けれど、負ける気はしない。

 あの人に勝つこと、ベルトを獲得することが、私にできる一番の恩返しなのだ。

 

 ――試合開始のゴングは十八時。

 準備のため、昼前には会場入りしておきたい。

 

「がんも、行ってくるよー! チャンピオンベルト獲ってくるからな! 帰ったら記念の高級ジャーキーだぞー!」

「わんっ!」

 

 差し出した手を尻尾を振りながら舐めてくる。

 その温もりに背を押されるように、私は笑顔で家を出た。


 まずは、走って三十分ほどの距離にある、いつもの道場へ向かう。

 このランニングはどんなに天気が悪かろうと欠かさない、毎日の日課だ。


 梅雨の時期だが、今日は快晴だった。

 朝まで降っていた雨で濡れたアスファルトを踏みしめると、靴底が小さく鳴る。

 軽いストレッチで股関節、太もも、足首などを伸ばす。

 筋肉が引っ張られ、血の巡る感覚が気持ちいい。

 

「よっし……今日もやりますか!」


 一歩目から速いペースで走り出す。

 湿った空気の中で、額から流れる汗が心地いい。

 少し走ったところで、川沿いのランニングコースへ合流した。

 日曜の午前中ということもあり人が多い。

 だが、ここからは信号もなく、道場まで一本道だ。

 ギアを一段階あげ、ペースを速める。

 滞っていたものを一つずつ外へ流し出すように走り抜けた。

 

「ふう……、到着!」

 

 倉庫のような建物の前で足を止める。

 その外壁には『シャイニングプロレス』のロゴの他、試合告知や新人募集のポスターが張られている。

 肩で息をしながら、その扉に手をかけた。

 

「おはようございます!!」


 視線が開いたドアに集まり、道場内に元気のいい声が響き渡った。

 だがそれも束の間、皆それぞれ、各々のトレーニングに戻る。

 そんな中、金のインナーカラーを入れた派手髪の女性が、タオルを片手に駆け寄ってきた。


「アカネさん、おはようございます!」

「おはよう、リナちゃん! タオルありがとう」


 差し出されたタオルで汗を拭きつつ、呼吸を整える。


 この子は新人プロレスラーのリナ。

 『ラブデビルズ』のメンバーとして昨年デビューしたばかりの、明るく真っ直ぐな可愛い後輩だ。

 リング脇には、コスチュームやリングシューズの入ったキャリーケースと、ガウンを収納したテーラーバッグが置かれている。

 どれもリナが前日に用意してくれたものである。

 いつも「自分でやるからいい」と言っているのに、こうして全部整えてくれる。

 後輩力の塊みたいな子で、その優しさについ甘えてしまう。

 

「さて、と……。ちょっとだけリングで体あっためるね」

「わかりました! お相手しますか?」

「ううん、軽くストレッチとかロープワークするだけだから大丈夫! ありがとうね」


 パーカーを脱ぎ、ロープの張られた四角い空間に足を踏み入れ、全身を伸ばす。

 プロレスラーにとって、柔軟性は命。


 筋肉をある程度目覚めさせたところで、ロープを握る。

 直径三センチ弱の黒いロープ。

 ゴム製と思いきや、内側はスチールワイヤーが通っており、見た目よりずっと硬い。

 試しにロープワークをした素人が、あばらを折ったなんていうのは有名な話だ。


 ロープに背中を落とし、その反動で走る。

 一歩、二歩、三歩――。

 体勢を入れ替え、逆サイドのロープの反動を使い、また三歩。

 それを何度か繰り返す。

 

 マットを蹴る音、ロープの軋む音が重なり、筋肉が活性化していく。


 最後に、受け身。

 今日の相手の技を想像しながら、前後左右から繰り返す。

 そのたびに、背中を伝って鈍い音が響き、汗が散った。


「……よしっ。コンディション完璧!」


 三十分のランニングに、二十分のウォーミングアップ。

 身体の芯まで熱が通った。

 

「お待たせ、リナちゃん。 そろそろ行こっか!」

「全然です! 先輩、調子よさそうですね。絶対勝てますよ!」

「当然よ!」


 笑いながら、再びパーカーを羽織り、ソール十一センチの厚底ブーツに履き替える。

 これは自分なりの勝負靴だ。

 視線が少し高くなるだけで、世界の見え方も変わる気がする。

 ……もちろん、試合中は専用のリングシューズを履くわけだが。

 

「それじゃあ、会場に向かいましょう!」

「うん、今日もよろしくね」


 道場に残った選手たちに見送られ、リナの車に乗り込む。

 ゴールド免許の私。

 いわゆるペーパードライバーである。

 そもそも車を持っていないので、こうしてリナの車に乗っけて行ってもらうことも多い。

 試合会場までの移動は電車を使うのが主流だが、リナは運転自体が好きなようだ。

 

 目的地は、プロレスの聖地――天楽園。

 高速を使えば三十分ほどで着く。

 

 助手席に深く腰を預け、スマホを取り出す。

 SNSには「アカネがんばれー!」「最年少ベルト期待してる!」といった応援リプがずらり。

 胸の奥がじんわり熱くなり、全身に力が湧き上がる。

 

 近年はSNSでの情報発信も、プロレスラーとして大事な仕事の一つだ。

 自分を魅せるのはリング上でありたいが、これも時代。

 何気ない日常や慣れない自撮りを載せ、発信する。

 ……まぁ、私だって推しのアイドルの通知をオンにしているくらいだ。

 推す側の気持ちは、私自身がよく知っている。

 プロレスだって、今や推し活みたいなもの。

 そう考えるとSNSは別に苦ではない。

 それに、ファンの声が直接届くというのは、やはり嬉しいものだ。

 

 SNSを閉じ、次にブックマークしていた焼肉店を開く。

 その中から一店を選び、メニューを再確認。

 厚切りの牛タンが名物か……ここに決定だ。

 

「勝ったら焼肉行こうね。お店予約しとくから!」

「おっ、いいですね! 驕りですよね?」

「うーん……勝ったらね!」

「じゃあ、驕り決定ですね!」

「あはは……あんまり食べすぎないでよ!」

 

 他愛もないやりとりで心が弾む。

 しかし、そんな気持ちとは裏腹に、リナがブレーキを踏んだ。


「あちゃー、渋滞しちゃってますね。事故っぽいですよ。最悪ー」

 

 見れば、前方の車列が急に減速し、渋滞を知らせるハザードが点滅している。

 リナもそれに続きハザードボタンを押した。


「まあまあ、時間に余裕あるから大丈夫だよ。最悪なのは会場に行けないこと。焦らず行こ!」

「相変わらずポジティブですね……。そういうところ、尊敬します」

「何事もピンチはチャンス、だよ!」

「そうですね! あ、何か音楽でも流しましょうか。今日解禁のアルバム、ありましたよね」

「そうそう! 昨日は早く寝ちゃったからまだ聞けてないんだよね!」

 

 そう言って、あらかじめペアリングしてある私のスマホを操作する。


「今回のアルバムさ、推しのソロ曲が――

 

 ――その瞬間、世界が跳ねた。


 背中から襲う、凄まじい衝撃。

 何が起きたのかを理解するより早く、意識が途切れた。

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