第2話 邪気なき三つの魂



​ 現れたのは、三人の子供たちでした。


​ ランドセルを背負い、黄色い帽子を被った、見るからに低学年の小鬼ガキどもです。

 男の子が一人に、女の子が二人。女の子たちは顔が瓜二つなので、双子といったところでしょうか。


​(……ハズレですね)


​ ボクは心の中で舌打ちをしました。

 子供の願いなんて、たかが知れています。「新しいゲームソフトが欲しい」だの「宿題をなくして」だの、スケールが小さすぎてひねりようがありません。

 まあ、さっさと叶えて、さっさと暖かい場所へ転移することにしましょう。


​「あっ! だいちくん、見て! なんか変なのが埋まってる!」


「ほんとだ。……なんだこれ、カレー入れるやつ ?」


「ちがうよ、これ『魔法のランプ』だよ! 絵本で読んだもん!」


​ 双子の片割れが、ボクの身体(ランプ)を指差して叫びました。

 男の子……「だいち」と呼ばれた少年が、恐る恐る手を伸ばしてきます。

​ 冷え切ったボクの身体に、子供の体温が伝わりました。

 彼は雪を払い除けると、教科書通りにゴシゴシとランプの側面をこすり始めました。

​ はい、召喚成立です。

​ ボクは演出用の紫色の煙とともに、ランプの注ぎ口からニュルリと飛び出しました。

 本来なら空を覆うほどの巨体を見せつけるところですが、この寒さで無駄に表面積を増やしたくありません。

 ボクは子供たちより少し大きい程度のサイズで、宙にふわりと浮遊しました。


​「……おめでとうございます、人間の子よ。ボクは偉大なる魔神。君たちの願──」


​ 言い終わる前に、強烈な北風が吹き抜けました。

 ボクの上半身は裸です。

 物理的な肉体ではないとはいえ、概念としての「寒さ」は精神をむしばみます。


​「──ッ、さ、寒い! ええい、前置きは省略です! 願いを言いなさい! 本来なら三つのところですが、特別サービスで『』にしてあげますから、今すぐ、即座に願いなさい!」


​ ボクは腕を組み、ガチガチと歯を鳴らして子供たちを睨み下ろしました。


 さあ、ゲームか? お菓子か? それとも運動会で一等賞か?

​ しかし、子供たちはポカンと口を開けてボクを見上げ、あろうことか顔を見合わせました。


​「ねえ、おじちゃん。裸足はだしだよ?」


「服、着てないの? 寒くないの?」


「かわいそう……」


​「……はっ?」


​ ボクは思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。

 目の前に、強大な魔力を秘めた魔神がいるのですよ?

 恐怖するか、欲望をむき出しにするのが礼儀というものでしょう。

 なんでボクの健康状態を心配しているんですか、この子たちは。


​「……ボクのことはどうでもいいのです。

さあ、願いを。一生遊んで暮らせるだけのお金とか、嫌いな先生をカエルに変えるとか、あるでしょう?」


​ ボクがうながすと、三人の表情が急に曇りました。

 男の子が、ギュッと唇を噛みしめます。


​「……お金はいらない」


「先生も、そのままでいい」


​ 双子の女の子たち……「そら」と「うみ」という名前のようです……が、男の子の両脇に寄り添いました。


​「あのね、魔神さん。うちら、来週ひっこすの」


「とおくの街に行くんだよ。もう、ここには帰ってこれないの」


​ なるほど……この辺りはダム建設か何かの計画があると聞いていましたが、その立ち退きですか。

 子供たちにとって、友との別れは世界の終わりにも等しい絶望でしょう。

​ だいち少年が、決意を込めた目でボクを見ました。

 そして、三人は互いの手をしっかりと握り合います。

 その手は、寒さで赤くなっていましたが、とても温かそうに見えました。


​「僕たちの願いは、ひとつだけだ」


​ 三人の声が、雪原に重なります。


​「「「ずっと、一緒に仲良くして居たい!!」」」


​「離れ離れになっても、絶対にまた会えるようにして!」


「僕と、空と、海。三人がずっと一緒にいられるように!」


​ ……ハッ。


 ボクは思わず、口元を歪めて笑ってしまいそうになるのを堪えました。


​ なんと純粋で、なんと愚かで、なんと「人間らしい」願いでしょうか。


 永遠、絆、不滅の友情。


 そんなものは、この世に存在しません。


 時間は全てを風化させ、距離は人の心を隔てます。


 大人になれば、今のこの純粋な気持ちなど、雪解け水のように泥に混じって消えてしまうのです。


​(──だからこそ、面白い)


​ ボクの性悪な心に、火がつきました。


​ いいでしょう。その願い、叶えて差し上げましょう。


 ただし、君たちが想像しているような「カワイイ」形ではありませんがね。


​「……ほう。それが君たちの望みですか」


​ ボクはニヤリと笑い、指をパチンと鳴らす準備をしました。


​「承知しました。『ずっと一緒』……その契約、確かに受け取りましたよ」




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