第21話 早乙女との対戦
八回裏。
一点差。
監督が、何も言わずにこちらを見る。
それだけで十分だった。
「霧島」
ブルペンで肩を作りながら、相手ベンチを見た。
関西レオニダス。
そして、マスクを被っている男。
――早乙女。
もう、味方じゃない。
マウンドに立つと、空気が張りつめる。
元バッテリー。
それを、全員が知っている。
だがこの回、早乙女は打席に立たない。
捕手として、俺の前にいる。
構えない。
サインも出さない。
ただ、見る。
俺の指。
肘。
呼吸。
――全部、読もうとしている。
一人目の打者。
初球、未完の魔球。
沈まない。
だが、タイミングが合わない。
ファウル。
早乙女のミットが、ほとんど動かない。
――捕れる。
二球目。
同じ腕振り。
今度は横にズレる。
詰まったゴロ。
アウト。
二人目。
早乙女が、初めてミットを構えた。
低め。
――誘ってる。
一球目。
抜ける。ボール。
動かない。
二球目。
沈む。
空振り。
音を立てず、ミットに収まる。
三球目。
同じに見せて、最後で浮く。
打者のバットが止まる。
見逃し三振。
二死。
三人目。
未完。
速め。
遅れたスイング。
レフトフライ。
チェンジ。
マウンドを降りるとき、早乙女と一瞬だけ目が合った。
言葉は、ない。
――まだだ。
九回表。
味方が一点を追加した。
二点差。
九回裏。
もう一度、呼ばれる。
ブルペンは動かない。
続投。
そして――
打順が回る。
早乙女。
スタンドが、ざわつく。
捕手が、打席に立つ。
だが、ただの捕手じゃない。
俺のナックルを、
一番知っている打者。
打席で、目が合う。
ほんの一瞬。
――来い。
そう言われた気がした。
初球。
未完の魔球。
沈まない。
だが、早乙女は振らない。
ストライク。
二球目。
横ズレ。
ファウル。
――合わせてきている。
三球目。
スローナックル。
沈みすぎる。
空振り。
だが、体勢は崩れていない。
カウント、追い込む。
四球目。
捕手は、構えない。
任せる。
――全部、知ってる相手だ。
だからこそ。
未完で行く。
力を抜く。
抜きすぎない。
方向も、決めない。
投げる。
ボールは、
途中で失速し、
一瞬浮いたように見えて、
最後に沈んだ。
早乙女のバットが出る。
――当たった。
打球は、高く上がる。
内野フライ。
二塁手が下がる。
グラブに収まる。
ツーアウト。
最後の打者。
再び、早乙女。
もう一度、勝負。
初球。
未完。
見逃し。
二球目。
同じに見せて、違う。
ファウル。
三球目。
――これで終わらせる。
完成させない。
読ませない。
投げる。
ボールは、
どこにも行かないようで、
どこにもいない。
早乙女のバットが、空を切った。
ゲームセット。
一瞬の静寂。
次の瞬間、歓声が爆発する。
マウンドで、息を吐く。
ベンチに戻る途中、早乙女とすれ違う。
彼は、マスクを外して言った。
「……完成させなかったな」
俺は、頷く。
「ああ」
彼は、少しだけ笑った。
「だから、打てなかった」
それだけ言って、ベンチに戻っていった。
この対戦は、終わりじゃない。
――始まりだ。
次は、
もっと研究される。
もっと対策される。
それでも。
未完で、行く。
それが、
俺とあいつの答えだから。
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