第19話 一軍での連投

連投


 一軍に昇格した翌日。


 俺は、何事もなかったかのようにベンチに座っていた。

 昨日の登板を祝う声はない。

 肩を叩かれることも、特別な視線もない。


 ――それが、一軍だった。


 「霧島」


 投手コーチが、ベンチの奥から短く呼ぶ。

 余計な感情は、一切含まれていない。


 「今日も行くぞ」


 想定内だった。

 抑えたからではない。

 使えると判断されたからだ。


 七回。

 スコアは同点。


 ブルペンで肩を作る。

 昨日より、指先がわずかに重い。

 だが、問題ない。


 ――握力だけは、誰にも負けない。


 そう信じて、ここまで来た。


 マウンドに上がると、視線の数が増えているのが分かる。

 打者も、ベンチも、スタンドも、

 「二度目のナックル」を見に来ている。


 一球目。

 未完の魔球。


 ストライク。


 だが、沈みが浅い。

 昨日より、ほんの指一本分。


 二球目。

 横にズレる。


 捕手のミットが、わずかに弾いた。


 嫌な感覚が、指に残る。

 声は、出さない。


 三球目。

 ファウル。


 四球目。

 ボール。


 五球目。

 ――沈まない。


 打球は、三遊間を抜けていった。


 ヒット。


 ランナー一塁。


 昨日と、明らかに違う。

 それを一番強く感じているのは、

 俺自身だった。


 二人目の打者。


 初球。

 ナックル。


 抜ける。

 ボール。


 二球目。

 少しだけ、力を入れる。


 ――入れすぎた。


 回転が、消えすぎる。

 浮く。


 打球音。

 ライナー。


 センターが前に出て、捕る。


 一死一塁。


 捕手が、マウンドに来た。


 「……昨日より、指が遅い」


 図星だった。


 「握れてる。でも、離れが遅い」


 握力がある分、

 疲労が溜まると“離せなくなる”。


 前世でも、同じだった。


 ――忘れていた。


 三人目。


 バントの構え。


 一球目。

 ワンバウンド。


 捕手が止める。


 二球目。

 未完。


 今度は、沈みすぎる。


 空振り。


 三球目。

 同じ握り。


 だが、力を抜く。


 ボールは、

 沈まず、揺れず、

 ただ――遅れた。


 詰まったゴロ。


 二塁封殺。


 二死一塁。


 最後の打者。


 四番。


 昨日、抑えた相手。


 だが、今日は違う。

 目が、完全に合っている。


 初球。

 ナックル。


 見送られる。


 ストライク。


 二球目。

 同じ軌道。


 ファウル。


 三球目。


 ――握れない。


 指が、言うことを聞かない。


 それでも、投げる。


 ボールは、

 中途半端に沈み、

 中途半端に浮いた。


 打球音。


 高い。


 深い。


 フェンス際。


 ――取れ。


 レフトが、

 ジャンプして、

 グラブに収めた。


 チェンジ。


 マウンドを降りると、

 コーチが待っていた。


 「今日は、ここまでだ」


 責める声ではない。

 評価を下げる声でもない。


 管理の声だった。


 ベンチに戻る。

 肩が、重い。


 昨日は感じなかった疲労が、

 今になって、はっきりと出ていた。


 ロッカーで、

 一人になる。


 指を、開く。


 まだ、力は残っている。

 だが――

 精度が落ちている。


 未完の魔球は、

 疲労を、誤魔化さない。


 完成していないからこそ、

 コンディションが、露骨に出る。


 スマホが、震えた。


 早乙女からだった。


 《連投は、きついだろ》


 《捕る側でも分かる》


 俺は、短く返す。


 《未完だからな》


 《でも、これを越えないと残れない》


 画面を閉じる。


 一軍は、

 抑えた者を評価する場所じゃない。


 抑え続けられるかを、試す場所だ。


 未完のまま、

 どこまで耐えられるか。


 それが、

 俺の一軍での仕事だった。


落とされるか。

 残されるか。


 答えは、

 次の登板にある。


 俺は、

 氷で指を冷やしながら、

 静かに息を整えた。


 ――まだ、終われない。

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