第4話 勝負所の一球

 七回表。

 スコアは 1―0。


 一点を守る展開。

 球場の空気が、変わった。


 ランナー一塁。

 ノーアウト。


 ――最悪の場面だ。


 ベンチから、監督の視線が刺さる。

 ナックルは、勝負所のみ。


 早乙女が、マウンドに来た。


 「ここだ」


 短く、それだけ言う。


 サインは、出ない。

 だが、分かる。


心臓の音が、やけに大きい。


 ――落ち着け。


 一球目。

 あえて、ストレート。


 外角いっぱい。

 ゴロ。


 ワンアウト。


 だが、ランナーは二塁へ。


 次の打者は、四番。


 長打力のある右打者。

 ここで打たれれば、終わる。


 早乙女のミットが、

真ん中低めに構えられた。


 ――ナックル。


 喉が、鳴る。


 前の人生なら、

逃げていた。


 今回は、逃げない。


 ボールを指先に置く。

 握らない。

 支配する。


 放った。


 ボールは、一直線に――

来ない。


 途中で揺れ、

わずかに沈む。


 四番のバットが、

空を切った。


 スタンドが、ざわつく。


 ストライク。


 二球目。

 同じコース。


 今度は、さらに遅い。


 四番の体が、前に流れる。


 ファウル。


 カウント、追い込んだ。


 三球目。


 早乙女が、一瞬だけ

ミットをずらした。


 ――低め、外。


 最後のナックル。


 投げた瞬間、

風が吹いた。


 ボールが、

予想より大きく揺れた。


 ――まずい。


 だが、指が反応する。


 無意識に、

回転を殺す。


 ボールは、

ギリギリでゾーンに落ちた。


 四番は、

完全に見送った。


 ストライク。


 見逃し三振。


 球場が、爆発した。


 マウンドで、息を吐く。


 早乙女が、

小さくガッツポーズをした。


 ベンチを見る。


 監督は、腕を組んだまま。

 だが――うなずいた。


 ――通った。


 この球は、

勝負球として、認められた。


 マウンドを降りるとき、

早乙女が言った。


 「次は、

 もっと使える」


 俺は、笑った。


 ようやく、

スタートラインに立った気がした。

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