第2話 捕れるのは、ひとりだけ

春季大会一回戦。

 球場は地方大会特有の、少し緩い空気に包まれていた。


 無名校同士。

 観客もまばらだ。


 だが、俺の隣に立つ捕手――早乙女は違った。


 「最初はナックル禁止」


 ミットを構えたまま、淡々と言う。


 「様子見。四隅に集める」


 視界に、ステータスが浮かぶ。


調子:普通

集中力:◎


――分かってる。


 俺はうなずき、セットに入った。


 一球目。

 インコース低め、ストレート。


 ズバン。


 審判の右手が上がる。


 思わず、早乙女が口元を歪めた。


 「……やっぱり。

 そのコントロール、反則だな」


 二球目。

 外角低め。

 同じコースに、同じ球。


 打者のバットは、空を切った。


 ――狙っても、当たらない。


 三球目。

 サインが、変わる。


 ナックル。


 一瞬、スタンドがざわめいた。


 俺は深く息を吸い、

指先から力を抜いた。


 投げる、というより――

離す。


 ボールは、途中で失速し、

ふわりと揺れる。


 打者の体が、泳いだ。


 空振り。


 捕球音が、やけに静かだった。


 「……は?」


 打者が、振り返る。


 ベンチが、ざわつく。


 次の打者も、同じだった。


 ナックルを見せて、

コントロールで詰める。


 打たせて取る。

 奪三振じゃない。


 だが、前に飛ばない。


 三回を終えて、被安打ゼロ。


 ベンチで、監督が腕を組む。


 「……あんな投手、いたか?」


 四回。

 相手も、慣れてきた。


 見逃しが増える。

 カウントが、深くなる。


 そのとき、早乙女が言った。


 「――逃げるな」


 ミットが、真ん中に構えられた。


 ナックル、ストライクゾーン。


 正気かと思った。


 だが、信じる。


 放った。


 ボールは、真ん中に来て――

途中で消えた。


 打者は、固まったまま。


 ストライク。


 球場が、どよめく。


 「……嘘だろ」


 誰かの声。


 五回終了。

 無失点。


 球数は、異常に少ない。


 マウンドを降りると、

早乙女が小さく言った。


 「公式戦でも、通用する」


 俺は、うなずいた。


 視界に、見慣れない表示が浮かぶ。


評価:D → C

スカウト注目度:小


まだ、始まったばかりだ。


 だが確かに――

俺は、戻ってきた。


 ナックルで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る